説教の題名を押して下さい

「だれもイエスをわかっていない」20250302

IMG_9989.jpeg

「誰もイエスをわかっていない」20250302

聖書 マルコ福音書 三章 二十節〜二十一節

            三十一節〜三十五節

 

 ぼくは大阪市阿倍野区で生まれ、二十歳で東京の学校に行くまで実家で生活していたのですから、生粋の大阪人です。いまだに関西弁というよりも大阪弁をたくさん話します。「なかなか大阪弁が直りませんね」と言われた時に「間違っているんじゃないから、直さなあかんもんとちがうやろ」と言い返したことがあります。大阪弁に誇りを持っているので、標準語のつもりで話しても大阪訛りが出ます。

 たまに大阪に行けば、飛び交う大阪弁に驚きますが、大阪弁にも変化を感じます。テレビに流れる言葉も、父が話していたような昔風の綺麗な大阪弁ではありません。

 昔の懐かしい大阪弁を聞けるのは、昔の関西落語くらいなので、ぼくは子守唄代わりに落語を聴いています。父の話し方と一番似ているのは桂米朝(かつら、べいちょう)さんです。その弟子の桂枝雀(かつら しじゃく)の話もよく聞きましたが、今のお気に入りは、ゆっくり話す桂吉朝(かつら きっちょう)です。二十五年から十年くらい前の間に三人とも亡くなってしまいましたが、昔の録音が残っておりますので、古い関西言葉の勉強にもなります。

 大阪を離れて五十年以上にもなりますと、たまに戻った時には文化の変化を感じます。「昔のあの大阪はどこへいったんや」などと思います。繁華街に行きますと、外国語も聞こえてくるのでここは外国かいなと思います。時代の変化は大きいのです。

 

 さて、新約聖書に収められている三つの福音書の内、最初に書かれたマルコ福音書と他の福音書には、著作年代に二十年以上の開きがあります。おおまかに言って、イエスの死から二十年近く後に書かれたパウロの手紙、その二十年ほど後に書かれたマルコ福音書、さらにそれから二十年ほど後に書かれたマタイやルカ福音書、ということですから、この期間の文化の変遷(へんせん)もかなりのものだったと思われます。

 「昔のあの大阪はどこへ行ったんや」と思ったぼくのように、「昔のあのイエスの福音はどこへ行ったんや」と言わざるをえないことが教会の中で起きていたと思います。

 

【家族は噂を信じた】

 今日の最初の箇所には、「あの男は気が変になっている」と言われた「身内の者たちがイエスを取り押さえに来た」(マルコ三章二十一節)と書かれていました。続いて読んでもらった箇所は、間に別の物語が置かれていますが、続きものです。

 イエスは気が狂っていると聞かされた親族は、噂の言葉を信じて、イエスを捉り取り押さえるために、多くの人が群がっているところに来たのです。しかし、人に阻(はば)まれてイエスの近くに行けなかったので、伝言を頼みました。家族の来訪を知らされたイエスは「母や兄弟ってだれのことか」「見なさい。ここにぼくの母、ぼくの兄弟がいる」と周りの人々を見て言ったのです。

 血の繋がった家族にイエスは冷たい人だったと伝えたかったわけじゃありません。それよりも家族がイエスに冷たく接したというのが事実です。

 「気が変になっている」と言った誰かの言葉を信じてしまって、家族はイエスを気が狂った者のように扱おうとしたのです。イエスをよく知っているはずの故郷の人々や、一番近くに居た母や弟は、イエスが伝えていた福音の真理を、理解するどころかイエスを狂った人のように扱ったのです。

 関係の深い家族にこそじっくりと腰を据えて自分の福音を話していなかったのでしょう。そんなもんです。とは言いましても、普段の生活の中でイエスの生き様を見ていたはずの家族が、ちょっと理解しにくいことを始めたからというだけで、気が狂っていると言う人々の言葉を信じるなんて、親族関係も大したことありません。

 

【家族はイエスを理解していなかった】

 弟子たちの愚かさを福音書という物語で指摘してきたマルコ福音書の著者は、ここではイエスの親族の愚かさを指摘しているのだと思います。

 このようなエピソードをマルコが書いた理由は、当時の教会が背景にあるはずです。

 イエスが十字架で殺害されてからマルコが福音書を書くまでの約四十年間は、割礼などのユダヤ教の儀式も取り入れていたために、ユダヤ教の新しい派閥のように扱われていたようです。そのような教会組織の中心にいた十二使徒の不甲斐なさを非難するためにマルコは福音書を書いたのだと言いましたが、実は教会組織には弟子たちの上に立つ人々が居たのです。

 独立して異邦人伝道をしていたパウロが呼び出されたエルサレム教会会議を取り仕切っていたのは主の兄弟ヤコブ(イエスの弟ヤコブ)だったことが判っています。イエスの弟子ではなかったヤコブが初代エルサレム教会の代表になっていたのは、イエスとの血縁関係が尊重されたからでしょう。イエスの母マリアが後に祈りの対象になったのも同じ理由からだと思います。

 イエスの死後に組織されたキリスト教会のトップにイエスから直接に教えを受けてこなかったイエスの親族が立っていたとすればおかしな話です。しかも、イエスの親族たちは、イエスの福音を理解していなかった。それどころか、イエスを取り押さえに来た者たちだったという事実を通してマルコは教会組織のおかしさを訴えているのだと思います。イエスを理解していなかったイエスの家族が教会の指導者になったから、イエス自身が伝えた固有の福音が教会から消えてしまって、ユダヤ教を継ぐような教会ができてしまったのでしょう。

 

【ぼくたちは】

 教会の重鎮になっていたイエスの弟ヤコブやイエスの母マリアがイエスを理解していなかったという現実を伝えるために、マルコは最初の福音書の中にこの物語を書き込んだのでしょう。

 イエスの福音を理解していないイエスの血縁の家族たちが教会を指導してきたから、キリスト教会はイエスの福音から離れて成長してきたのでしょう。そしてその影響は今も続いているのだと考えられます。

 マルコが十二弟子を批判し続けてきたことは今までに何度も伝えてきました。しかし、それ以上に悲惨なことは、十二使徒の上にイエスの親族がいた事実です。多くの人はこれほどの非難が書き込まれていると思わなかったから読み過ごしてきたのでしょう。しかしそんなことでは、教会はイエスが伝えた福音から離れたままです。大切なことは、古い宗教が教える神と神の律法から離れなさいとイエスご自身が教えた福音に帰ることです。イエスの福音によって前教会のみならず全ての人が律法主義から解き放たれることを願い続けています。

1
Today's Schedule
2026.10.26 Monday