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「キリストじゃない」20230903
「キリストじゃない20230903
この世界で生活することは、評価されることの連続のように思います。皆さんは周りの評価をどれくらい気になさいますか。ぼくは評価されることをあまり気にしないように努力しています。
【噂(うわさ)なんか気にしない】
さて、イエスは他人(ひと)の噂(うわさ)や評判を気にしたのでしょうか。
ユダヤの北の外れに近い街に向かう途中でイエスは「人々はぼくのことを何者だと言っているのかな」と弟子たちに尋ねました。弟子たちは「洗礼者ヨハネだと言っています」「エリヤ(昔の有名な預言者の名前)だ」とか「預言者の一人だ」という人もいます、と答えたそうです。
こんな質問をするくらいですから、イエスも周りの評価を気にしておられた、と思うかもしれませんが、そうではないでしょう。なぜなら、ユダヤやイスラエルにおいて、権威ある宗教家をあれほど過激に非難したのですから、周りの評価を気にしていたはずありません。周りの評価を気にして、もう少し賢く振る舞っていれば、もう少し長生きできたはずです。
たとえば、一週間に一日、誰も働いてはならない、と教えられている安息日の規定に反して、イエスは障害者から障害を取り除いたのです。しかも、このような善を行うことは、律法で許されている、と公然と語ったのです。
他の日に癒せば責められません。また、誰も見ていないところで癒すこともできたはずです。よりにもよって、人々が集まっている安息日の会堂で、律法を守るように教えている専門家たちの前で、イエスは障害者を癒しました。権威ある律法学者たちや敬虔なユダヤ教徒をわざわざ敵にしたようなもんです。
この後、ファリサイ派やサドカイ派が手を組んで、イエス殺害の方法を探り合った(マルコ三章六節)と書かれていますから、彼らの逆鱗(げきりん)に触れたということです。野放しにしておけば利権を守れなくなるだろう、と恐れた彼らはイエスを抹殺することに決めたんです。
イエスも、もう少し穏便(おんびん・おだやか)に過ごせばよかったのに、と思う人も多いでしょうが、イエスにはそんなこと出来ませんでした。
過激なイエスには熱烈な支持者もいましたが、多くの反対者もいました。
バプテスト・ヨハネが投獄されたのを知って、イエスは人々の前で堂々と活動し始めたのですから、ヨハネと同様の目に遭うことまで覚悟して、危険を承知の上で活動を始めたんです。
そんなイエスですから、自分についての噂や評価を気にしていません。そうだとすれば、イエスが弟子たちにした質問の言葉には、単なる問いかけ以上の意味があるように感じます。
【イエスと福音書のずれ】
福音書は、イエスの出来事と同時進行で記録された書物じゃありません。一般的な聖書に収められている四つの福音書のうちで最初に書かれたマルコ福音書でさえ紀元七十年ごろ、すなわち、イエスの死後四十年ほどしてまとめられたものです。その頃、すでに存在していた教会(教会堂ではなくて人の集まり)がどんな特徴を持っていたのかという背景を考えなければ、内容を誤って理解するでしょう。福音書の物語が、決してイエスの出来事そのものではなくて、当時の背景にあった教会に脚色された物語であるということを頭に叩き込んでおきましょう。
その上で、弟子たちに対する、イエスの質問がなぜ、そしてどこから出てきたんだろうか、と考えてみました。ひょっとすると、この問いかけはイエス自身の言葉ではないかもしれません。そうだとすると、イエスの問いかけに対するペトロの返答も、そのまま鵜呑みにするべきではないという考えが同時に浮かんできたのです。
「イエスこそキリスト(メシア、救い主、選ばれし者)である」というペトロの信仰告白を土台にして教会は設立されたのだ、とぼくたちは教えられてきました。確かに、今日の物語の並行箇所(マタイ福音書十六章十三節〜二十節)には確かに「岩(ペトロの告白)の上に教会を建てよう」とイエスがおっしゃったと書かれています。そして、これを疑う人はいませんでした。しかし、マタイのこの記事は、イエスの事件から、ずいぶん後に作られたものであると考えられます。その証拠は「教会」という言葉自身です。驚くべきことに、四福音書の中で、教会という言葉が使われているのは、このマタイ一六章十八節と十八章十七節の二箇所だけなのです。
ペトロの告白を土台にして、その上に教会を作るという発想をイエスが持っていたならば、マルコ福音書にもイエスの目的は書かれて然(しか)るべきです。ところがマルコでは、メシア告白したペトロは、イエスに口止めされただけです。
【イエスをメシアにしたのは教会】
イエスこそメシアであるというペトロの告白を土台にイエスが設立なさったのが教会なのだ、と主張し、教会の地盤を確かなものにしたかったのは教会自身であるはずです。
教会を守るために、マタイはマルコが伝えたペトロのメシア告白を逆手に取って教会の土台にしたのでしょう。
しかし、この告白こそが中心なのだと教え強要することで、イエス自身が伝えた福音から逸れていく教会を見たマルコは、ペトロのメシア告白を拒否したイエスの物語を書いたのでしょう。
ローマの属国であるユダヤで、メシア告白をしては危険だ、まだ早すぎる、という意味でイエスはペトロの口を塞(ふさ)いだ、と考える人もいます。しかし、そうではなくて、マルコのイエスはペトロの告白を拒否したのです。それに続いて自分の受難と死と復活の話をするイエスを登場させているように、イエスの生き方を見ろということです。イエスは、当時の民衆が求めていたメシア(キリスト)でもないし、ローマ軍からの解放者メシアでもないし、教会を設立したメシア(キリスト)でもありません。イエスは教会のメシア(キリスト)にされることを拒んでいたのだと思います。
【ぼくたちは】
イエスこそメシアである、という神がかりな告白をマルコのイエスが拒否したのは、メシア告白を求める教会と、何も求めないイエスの福音が別物だと判断したからです。イエスの目標は教会設立ではありませんでした。イエスがぼくたちに期待しているのは、他人の評価によって貶(おとし)められている人を解放するイエスの福音を共に伝える仲間になることだとぼくは理解しています。