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「ガリラヤに行けばイエスに会える」20200412
「ガリラヤに行けばイエスに会える」20200412
聖書 マルコ 十六章 一節〜八節
【十字架で殺されるまで】
先週、復活祭の一週間前は棕梠(しゅろ)の日曜日と呼ばれるのだと話しました。ベタニア村を出発した行列の先頭に子ロバに乗ったイエスがいました。エルサレムに行く道すがら、葉のついた棕梠(ナツメヤシ)の枝を敷いた人々がいたようです。その日から復活の日曜日までは、一週間しかありません。
マルコ福音書によると、エルサレムに登った初日は神殿の辺りを見学しただけで、イエス一行はベタニア(なげきの家)村に戻りました。
次の日、エルサレム神殿の境内(けいだい)に着いたイエスはとんでもない行動に出ました。いわゆる「宮清め」と呼ばれている行動です。
神殿の境内で商売していた人々を、イエスは追い出し、両替人の台や鳩を売る者の椅子をひっくり返したようです。さらに、運搬のために境内を通る人々を阻止したようです。そして、「祈りの家と呼ばれるべき宮を、お前たちは強盗の巣にしてしまった」と非難しました。イエスは暴力的な人ではなかったはずですが、この時ばかりは、暴れ回ったようです。
ぼくは、この記事を読む度に、イエスを平和の王とは呼べないなあ、と思いました。また、子ロバに乗って入城したから、と言ってもイエスが、小さい人だったとは思いません。大工の倅(せがれ)ですもの、結構大柄で、力も強そうに見えたんじゃないでしょうか。そうでなければ、商売人たちに簡単に取り押さえられて、こんなに暴れられなかったはずです。そう思いませんか。
映画のイエスは華奢なイケメンが多いですけれども、映画や絵画に騙されちゃいけません。イエスが金髪の白人であったはずありません。
とにかく、褒められた行いじゃありませんが、このように、イエスは実力行使したわけです。
その背景には、神殿で商売している利権者たちの行いが腐っていたという現実があります。
罪の許しを与えてもらうためには、罪の大きさに見合う犠牲を神に捧げなければならないことになっていました。しかし、鳩を捧げようとしても、家で飼っていたり外で捕まえた鳩では祭司たちに受け取ってもらえません。神殿で商売する権利を買い取っている利権者が売っている鳩でなきゃならなかったようです。たとえ高価であっても、それ以外には許されなかったようです。両替人も、外国から来た人のためにいたんじゃありません。巷(ちまた)で流通しているお金じゃなくて、神殿に捧げるための専用の硬化に高いリベートをとって両替したんです。
専用のコインじゃなきゃ通用しないなんて、まるでカジノみたいです。そんな理由で、神殿で商売して儲けていた人々に、イエスは我慢できなかったんです。神殿で商売している利権者は、民衆の信仰心に託(かこつ)けて神を利用して儲けているんですから、民衆から利益を搾り取っていたんです。そんな社会構造にイエスは我慢できなかったんでしょう。
それにしても、そんな手続きを踏まなければ神から赦しをもらえない、と教える宗教指導者たちの教えを、民衆はよくもそのまま受け入れていたものだなあ、とぼくはあきれます。
全く傷のない動物の犠牲でなきゃ受け取らない、とか誰かの肖像が刻まれている硬貨なんか受け取らない、なんて、そんな神様いるわけありません。ちょっと考えれば、おかしい教えだと判りそうなもんです。なぜ多くの人がそんな教えに騙されるんでしょうか。ぼくには理解できません。
神殿の境内で暴れ、境内での商売を批判したイエスは、神殿での商売の根本を批判したんですから、官憲や利権者が、黙って見過ごすはずありません。祭司長や律法学者たちは、どのようにイエスを抹殺しようか、と謀議(ぼうぎ・はかりごとの相談)をした、と書かれています。昔も今も同じです。
イエス一行は、その日(月曜日)も夕方にはベタニアに戻りました。次の朝(火曜日)にエルサレムに来た一行が神殿の境内を歩いていると、祭司長、律法学者、長老たちが来て、「何の権威でこんなことをしたのか。誰がそんな権威を与えたのか」とイエスに問いただしました。けれどもイエスは、「ヨハネは何の権威で洗礼を授けていたと思いますか」と尋ね返しました。「答えられないなら、ぼくも答える気はありません」とやり込めました。この後、イエスのそんな問答や批判がいくつも記録されております。
聖書の記述に、ちょっとした時系列の乱れがあるかもしれませんが、イエスが水曜日の活動を終えてベタニア村に帰ってからのことです。ぼくたちの感覚では水曜日の夕食、ユダヤでは日の暮れから一日が始まるので、つまり木曜日が始まってすぐのベタニア村での夕食の席で、ある女がイエスにナルドの香油を注ぎました。
翌日(木曜日)の昼前に、最後の晩餐の準備をさせるためにイエスは弟子二人をエルサレムに送り出しました。陽が沈み、ユダヤの金曜日の第一の食事をするために、イエスは残りの弟子たちと「最後の晩餐」の会場に行ったんです。ということは、イエスの「最後の晩餐」は、この地方で「過越の祭」のはじめに食べられる「過越の食事」じゃなくて、その前日に行われた食事です。
祭司長と律法学者たちは「民衆が騒ぎ出すといけないから、祭りの間は避けよう」(マルコ 十四章二節)と言っておりますように、彼らは過越の祭りを始める前に全てを終わらせるつもりだったんですから、「最後の晩餐」が過越の食事でなかったことは確かです。
ぼくたちの感覚では木曜日の夕食、ユダヤの金曜日の第一の食事が、イエスと弟子たちの最後の晩餐です。そこでイエスはパンを裂き、「わたしの身体だ」と言い、ぶどう酒を「わたしの血だ」と言って食い飲みさせました。
ほろ酔い加減であったかどうか知りませんが、会場を出た一行は、歌を歌いながらオリーブ山に向かいました。ゲッセマネ(油搾り)の園でイエスは皆と離れて一人祈ったんだそうです。イエスが皆のところに戻ってみると、五日間の疲れとブドウ酒の影響で、弟子たちは眠っていたようです。そんなことが三度もありましたが、最後に弟子たちを起こしたのは、イエスを捉えるために来た神殿警護の兵隊たちでした。驚いた弟子たちは、イエスを置いて、全員逃げてしまいました。
逮捕されたイエスは大祭司の庭に連れて行かれ、神を冒涜(ぼうとく・汚した)したという罪状を付けられ、死刑にするべきだと決議され、嬲(なぶ)り者にされました。イエスを心配して大祭司の庭に潜り込んでいたペトロが「お前はイエスの仲間だろう」と言われ、三度も否定したことは有名です。そのすぐ後に鶏が二度鳴いた、ということですから、朝が来たんです。でもまだ金曜日の夜明けです。
夜が明けるとすぐに、ユダヤの最高法院はイエスをローマの総督ピラトに引き渡しました。そしてピラトは「ユダヤ人の王」として、イエスを死刑にすることに決めました。イエスは鞭打たれ、愚弄(ぐろう)されたあげくに、十字架を担がされ、ゴルゴダ(されこうべ)の丘で十字架に付けられました。まだ金曜日の午前九時ごろ(マルコ 十五章二十五節)のことです。
それから六時間後、午後三時頃に(同 三十四節)、イエスは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫び、もう一度大声で何かを叫んでから息を引き取りました。
夜中にユダヤの最高法院で死刑判決を受け、夜明けすぐにピラトから十字架刑を言い渡され、九時に十字架に付けられ、十五時に息を引き取ったイエス。最後の晩餐から、わずか二十時間前後の出来事です。
金曜日の陽が落ちてしまえば、土曜日、すなわち安息日ですから、誰も何もできません。イエスの遺体を十字架につけたままにしておけなかったアリマタヤのヨセフは、イエスの遺体を引き取って、金曜日の日が沈む前、すなわち安息日が始まる前に急いで墓穴に納めました。
【復活の朝】
金曜日の日が落ちてしまえば、安息日ですから、何も動きはありません。土曜日(安息日)の日が落ちて、真っ暗な日曜日の夜を過ぎるまで、全く誰も動けませんでした。日曜日の夜が明けて、空が白み始めるとすぐに、イエスを葬る準備の品を整えた女たちが急いでイエスの墓に行きました。イエスの最期から遺体が収められるまでを見て、確かめていたのは女たちだけでしたから、すぐに動くことができたのは、女たちだけだったんです。
墓に着くと、心配していた扉の石はすでに取り除かれていたので急いで中に入ると、白く長い衣を着た「若者」が右手に座っていました。びっくりした女たちに、若者は「驚くな」と言います。もう遅い(笑)・・。入る前に声かけてよ、という感じです。若者は「十字架につけられたナザレのイエスを探してるんだろうが、あのかたは復活なさって、ここにはおられない。あのかたは君たちより先にガリラヤへ行かれる。かねておっしゃっていた通り、そこでお目にかかれる、と弟子たちとペトロに告げなさい」と言ったということです。しかし、女たちは墓を出て逃げ去りました。震え上がって正気を失って、恐れていたので、誰にも何も言いませんでした。
大事なことですから、はっきり言っておきます。マルコ福音書の本文はこれでおしまいです。女たちは誰にも言わなかったということで終わりですから、弟子たちは何も知らない、ということです。これは弟子たちに対する非常に激しい批判です。イエスの最期と墓を確認していなかった弟子たちには、イエスの復活を知る機会もなかった、ということです。
【復活の意味】
マルコ福音書のイエスは、殺害されたバプテスト・ヨハネの後を継いで、自分の福音を発表しました。その噂を聞いたヘロデは「あれはわたしが首を跳ねたヨハネが復活した姿だ」と告白しています。また、十字架で殺されたイエスを、真下から見上げていたローマの百人隊長が「この人はまことに神の子だった」と告白しています。そして墓にいた若者は「イエスは復活して、ガリラヤに先に行って活動している」と告白しています。これらの告白を言わせたマルコは、弟子たちにこれらの告白をさせません。そしてイエスの復活について知らされたのは、教会が伝えている復活物語では全く軽視されている女たちだけだった、とマルコは声高く言っているんです。ここに、弟子の出番はありません。復活のイエスに会うためにガリラヤに行ったのは、本当は女たちだけだったかもしれません。
殺されたイエスが、もう一度弟子たちの前に姿を顕す意味などありません。弟子の作り話でしょう。どうせ天にあげられて見えなくなってしまう復活のイエスなんて幽霊と同じで意味ありません。
【ぼくたちは】
イエスが復活したヨハネだと言われたように、あなたやわたしが復活のイエスだと言われることがイエスの復活です。そのような仕方で、イエスは時代を超えて生き続けています。それが永遠の命の意味です。復活も永遠の命も個人のものじゃありません。人間の関係の中に起こる出来事です。だから、あなたやわたしがイエスを復活させることにより、永遠の命が継がれていくことを願っています。