インフォメーション
(1)強いお酒はもう古い?
中国を代表するお酒といえば、「白酒(アルコール度数50度前後の蒸留酒)
」。中国の宴席には欠かせない存在です。しかし、中国の大手新聞社の調査に
よると、80年代生まれの中国人男性のうち白酒を好む割合はわずか2%と、若
年層の白酒離れが深刻化しています。
(2)実は赤ワイン消費量が世界一
白酒とは対照的に絶好調なのがワイン(赤)。経済成長による生活レベルの
向上と、それに伴う健康志向の高まりにより、アルコール度数が低くて健康
的、かつスタイリッシュなイメージのワインが富裕層を中心に数年前から大人
気。今では庶民でも楽しめる一般的なお酒になりました。現地スーパーに並ぶ
品数の多さからもその人気ぶりが窺えます。ちなみに、赤ワインが人気である
理由のひとつには「赤はおめでたい色だから」という中国ならではのものも。
(3)日本食ブームが追い風に
一方日本酒はというと、一般的に「日本料理店で飲む高級な酒」もしくは「
贈答品・日本土産」として認識されており、まだまだ馴染みの薄い存在。しか
し、和食のユネスコ無形文化遺産登録などを背景とした世界的な日本食ブーム
のなか、ここ中国においても日本料理店が急増中。中国人が日本酒に触れる機
会は確実に増えてきています。中国で日本酒文化普及に取り組んでいる日本料
理店オーナーに話を聞くと、最近は中国系メディアからの取材が増え、中国人
の日本酒に対する関心の高まりを強く感じているとのこと。実際に中国への日
本酒の輸出量は伸び続けています。
(4)日本酒ブーム到来の予感
中国人の多くは日本酒に対する知識はまだほとんどなく、日本酒の奥深さに
愉しみを見出すのはこれから。関税率の高さがネックではあるものの、ワイン
と同程度のアルコール度数であることやワインブームを経験したグルメ層の存
在など日本酒を受け入れる土壌はあります。近年の日本食ブーム、訪日ブーム
の流れの延長として日本酒ブームが到来する可能性は高いのではないかと感じ
ています。
(北京事務所 中川所長補佐)
在シンガポール日本大使館の調査によると、2015年6月現在、シンガポールに
は日本食レストランが1,105店舗あります。また、シンガポール統計局の調査で
はシンガポール国内に飲食店が約6,800店舗あるとなっていますので、約6店舗
に1店舗が日本食レストランである計算となり、日本食の人気ぶりがうかがえま
す。このような日本食人気の中、「日本食に合うのは日本酒」という認識も広
がりを見せつつあり、日本酒の輸入量は増加傾向にあります。
(1)どんな日本酒が人気?
シンガポールは年間平均気温が26~27度の暑い国ですので、淡麗な味の吟醸
酒等の冷酒が喜ばれているようです。ただ、まだ日本酒の種類や飲み方、銘柄
までは理解が広がっていないため、販売員がいる日系デパート等で説明しなが
ら売り込むことが重要です。シンガポールの伊勢丹では食品売り場に日本酒を
有料でテイスティングできるバーカウンターを設置しています。
(2)シンガポールの日本酒の価格は?
シンガポールでの輸入時に関税はかかりませんが、アルコール度数に応じた
物品税が課されます。例えば、アルコール度数15%の日本酒1升の場合、約2,0
00円の物品税が課税され、さらに流通コストもかかるため、一般に小売価格が
日本の約3倍になると言われています。
(3)シンガポール人はどのくらいお酒を飲む?
2014年に世界保健機関(WHO)が行った「アルコールと健康に関する調査」
によると、シンガポールの人口一人当たりの年間飲酒量は日本の3分の1に満
たない量でした。また、シンガポールの保健当局の調査では、週に1回以上お酒
を飲む人の割合は人口の約1割のみとなっています。
このように日本に比べて飲酒の習慣が少ない国民性ですが、同時に若年層を
中心にお酒を飲む人が増えてきていることも同じ調査で分かっています。
(シンガポール事務所 加藤所長補佐)
多くのレストランやバーが軒を連ねるニューヨークでは、休日前ともなれば
どの店も大変な賑わいを見せています。ビール、ワイン、カクテルは比較的ど
この店でも用意されていますが、日本で定番の日本酒や焼酎は、いわゆる「ス
タメン」ではありません。それでも和食の浸透により、「Sake(日本酒)」を
扱うレストランやバーが増え、日本食レストランに限らずとも、気軽に「Sake
」を楽しむ機会が増えたように感じます。
2015年の酒類(日本酒・ビール・焼酎など)の海外への輸出量は約390億円と、
前年と比較して1.33倍増加しています。マンハッタンでは、「Sake Expo」など
日本酒を紹介するイベントが定期的に開催され、日本酒が広く浸透してきたの
も、ニューヨークを訪れ、あるいは実際に住みながら地道な営業活動を重ねた
日本酒の蔵元やメーカーの努力の賜物だと思います。
山口県産の日本酒「獺祭(だっさい)」は、ホワイトハウスで公式晩餐会が
開催された際に、オバマ大統領と安倍首相夫妻の乾杯に使用されたことをご存
知の方も多いと思いますが、日本酒は、和食を海外に広めるだけでなく、日米
の友好の架け橋としての役割も担っています。日本酒に加えて、焼酎や梅酒な
どの日本の酒が海外で広く浸透すれば、酒の肴として日本産の農産物や水産物
、漬物などが普及するチャンスも生まれます。先日、筆者が訪れたチェルシー
地区の日本料理店では、日本酒以外にも焼酎がなんと90種類以上も取り揃えら
れ、店内では日本のメーカーが梅酒の試飲会を行うなど、大変な賑わいでした。
ニューヨークの酒市場ではまだまだ新規開拓の余地があり、焼酎や梅酒など
は「Sake」に続いて広く普及する可能性を秘めています。冬の寒いマンハッタ
ンでも、仕事帰りのビジネスマンがカウンターで熱燗や焼酎のお湯割りを一杯
飲んでから帰宅するという日本の居酒屋のような光景が見られるのもそう遠く
ないのではないでしょうか。
(ニューヨーク事務所 建道所長補佐)
本調査報告書は、オーストラリアにおける今後の日本食普及と日本産食品の輸出の可能性を検討するため作成したものである。
オーストラリアの消費者、日本産食品輸入の現状、日本産食品市場の現状、検疫・食品安全基準、食品の流通状況、外食産業の現状について最新情報をまとめたほか、2015年1月に発効したEPAの影響についても触れている。また、日本食関係業者リストを加えた。
本調査結果が同国への日本産農林水産物・食品の輸出拡大の一助となれば幸いである。
レポートをご覧いただいた後、アンケート(所要時間:約1分)にご協力ください。
発行年月:2016年03月
作成部署:ジェトロ農林水産・食品課、ジェトロ・シドニー事務所
総ページ数:46ページ
PDFファイルのダウンロード:
- 日本食品消費動向調査(オーストラリア)(2016年3月) (1.23MB)
今回から、ふたたび「マーケティング戦略」に戻り、企業成長の重大な柱となる「個性化戦略」について、アメリカの事例を交えながら説明をしよう。
個性化戦略(1) |
「新しいビジネス・プランの企画開発」が成功すると、必ずといって良いほど、追随する企業が登場する。この追随を許されないためにも、他社が真似のできない「個性化戦略」を確立しなければならない。
[1]マーケティング・ミスティクス
(1)マーケティング・ミスティクスを学ぶ目的
「新しいビジネス・プランの企画開発」の成功のカギは、「お客様の立場に立つマ-ケティング戦略」を的確に確立することであるが、多くの場合「成功事例」を学ぼうとする。このケースでは、「創造的なマ-ケティング戦略」を確立するのを忘れ、ついつい「成功事例」を模倣してしまい失敗に終わることが多い。
逆に、「失敗事例」を学ぶと、失敗の轍を踏まないことを先人が教訓として残してくれている。しかし、「失敗事例」は、企業の恥として、あまり資料として残っていないが、アメリカのフ-ドビジネスの企業での事例が参考になるので紹介していこう。
また、「失敗事例」の共通の内容として、熊沢孝が、次のようにまとめているので、とても参考になろう。
1.保守謝儀が原因の誤り
2.過大な成長による誤り
3.マーケティング戦略の誤り
4.社会制約を無視した誤り
(2)バ-ガ-・キングの事例
① 創業年度
「バ-ガ-・キング」は、いまでもアメリカのハンバ-ガ-・ビジネスにおいて、「マクドナルド」に次ぐ大チェ-ンである。「バ-ガ-・キング」の創業が1959年で、「マクドナルド」は1955年の創業とわずか4年のスタ-トの違いであるが、売上高ランキングこそあまり変化はないが、売上高の格差は開くばかりである。
② エリア・フランチャイズ・システムの採用
「バ-ガ-・キング」の創業者であるジェ-ムス・W・マクアモアとディビット・R・エッジャ-トンは、全国展開のスピ-ドをあげようとして、「エリア・フランチャイズ・システム」を採用した。
その内容としては、「エリア・フランチャイザ-」に店舗開発の裁量権を与えた。その対価として1店舗について2万5,00ドルの「イニシアル・フィ-」は徴収したが、「ロイヤリティ」はわずか売上高の1%というものでした。この結果、「バ-ガ-・キング」の収入は少なく「マクドナルド」に追いつくための成長力はつかなかった。
③ エリア・フランチャイザ-のパワ-
「エリア・フランチャイザ-」の「チャ-ト・ハウス」の例では、独自の経営力によって急成長し、他の「バ-ガ-・キング」を買収するほどになり、失敗こそしたものの、「バ-ガ-・キング」の本体を買収しようとしたように、相当なパワ-を持ち、本体を凌駕し、独自の「組織」をつくり、「教育訓練」や「物流システム」を確立するほどになった。
④ マクドナルド・システムの採用
「バ-ガ-・キング」は、食品会社「ピルスベリ-」に1967年に買収されたが、1977年に「ビルスベリ-」ウイリアム・H・ス-プア会長は、「マクドナルド」のNo.3のドナルド・N・スミスをスカウトした。
スミスは、「マクドナルド」の「システム」を持ち込み、「広告戦略」を洗い直して、お子様をタ-ゲットにし、「フランチャイジ-」に店舗の改装を勧め、チェ-ンのイメ-ジの刷新を図った。
また問題とされていた、「エリア・フランチャイズ・システム」を「マクドナルド」の「システム」に改定した。この「システム」というのは、本部自身が土地・建物を所有し、「フランチャイジ-」にリ-スするという「ライセンス・システム」である。
さらに、「チャ-ト・ハウス」のような巨大な「エリア・フランチャイザ-」とは、協調路線を確立して「マネジメント」の安定を図ったが、スミスは1980年に「ピザ・ハット」に移ってしまった。
⑤ 失敗の要因
その後、「バ-ガ-・キング」は、「バ-ガ-・ウォ-ズ」といわれたチャレンジ「広告戦略」を展開し、マ-チャンダイジングをはじめとする積極策を展開した。確かに売上高は増えたものの、コストの増大をカバ-しきれず、結局は利益を減少させるばかりであった。しかも、「マクドナルド」を追従できるどころか、格差はますます開く結果になってしまった。
この要因は、当初の「エリア・フランチャイズ・システム」で急成長を図ろうとした失敗策が、ここまで尾を引いたことであった。かつて、「マクドナルド」も「エリア・アランチャイズ・システム」を採用したことがありましたが、不利な点をいち早く察知し中止をした。
