インフォメーション
ムーラン・ルージュの秋冬新メニュー、出ました!
■世界で一番有名なムーラン・ルージュとは?
1889年10月6日、当時としてはたいへん大きな規模で、他に類をみないほど豪華でエレガントなキャバレーとして、ムーラン・ルージュは誕生しました。
世界的に有名な踊りフレンチ・カンカンや、画家トゥールーズ=ロートレックによって描かれた踊り子達のポスターにより人気を博し、パリを代表する観光スポットの1つになりました。ムーラン・ルージュのダンサーは「ドリス・ガール」と呼ばれ、現在でも伝統的な本場フレンチ・カンカンを踊っています。
世界各国から集まった60人のダンサー達が、現在毎晩2回上演中なのは、歴代のレビューの集大成「Féerie(フェリ)」。羽飾りやスパンコールのあしらわれたきらびやかな衣装、豪華な舞台装置とオリジナルの音楽で、その名の通り夢の世界が広がります。(Féerie(フェリ)とはフランス語で「妖精・魔法・おとぎの国・夢の世界」の意味です。)
126年もの間、多くの観客がこの世界一有名な場所で人気のレビューを楽しむために訪れています。
■ここでフレンチ・カンカンが生れたのは126年前。
1889年10月6日、ムーラン・ルージュでは「カドリーユ」を元にした新しい踊り「フレンチ・カンカン」を発表しました。若いダンサーたちはドレスやスカートの中に凝ったフリルの装飾を施した衣装を着用し、熱烈なリズムにのりハイキックでスカートを捲り上げて巧みに操る刺激的なダンスを披露したのです。
当時のダンサーたちは皆素人で、昼間は洗濯やお針子などの仕事をしており、夜になると踊り子として舞台に立っていました。
このように歴史あるフレンチ・カンカンは126年たった今も毎晩ムーラン・ルージュで見ることができます。本場の伝統を受け継ぐため、新入りのダンサー達は5週間にも及ぶ練習と舞台稽古に励んだ後で、はじめて舞台に立つことが許されます。
■ムーラン・ルージュの新しいシェフ
常に最高の料理を求められる厳しい環境のムーラン・ルージュに、2015年4月デビッド・ル・ケレックが新しいシェフとして就任しました。
デビッド・ル・ケレックはわずか5歳で料理の世界に魅了され、成長し徴兵されていた時には軍の上層部向けに料理を作っていました。そしてミシェランガイドの星付きのパリの有名なレストラン「ルドワイヤン」や「タイユヴァン」、さらにホテルジョルジュサンクの「ル・サンク」で腕を磨いた後、 ホテル
・コンコルド・オペラ・パリ」で料理長として働いていました。
彼はムーラン・ルージュでお客様に最高のメニューを提供するために、副料理長のアレクシ・マテと共に25人の調理チームを結成。そして120人のホール・スタッフが毎晩600人分もの食事を給仕します。デビッド・ル・ケレックのシェフ就任により最高級の食事と「フェリ」のエレガンスなショーの組み合わせが実現。毎年、2時間の素晴らしいショーを堪能しに訪れる約60万人の観客達を、パーフェクトな世界へと誘います。
■ムーラン・ルージュのレストランで一年間に飲まれるシャンパンボトルの数は?
ムーラン・ルージュでは1年間になんとシャンパンボトル24万本が飲まれています!食事は“トゥルーズ・ロートレック”、 “ベルエポック”、“VIP”の3つのメニューから選ぶことができ、さらに“ア・ラ・カルト”にはベジタリアン用のメニューも用意されています。オーケストラの演奏を聴きながら食事をし、ダンスフロアで踊りを楽しんだ後、いよいよ9時からお待ちかねのショーがスタートです!
■10/23(金)から秋冬新メニュー“トゥルーズ・ロートレック”がでました!
メニュー名:トゥルーズ・ロートレック(ハーフボトル・シャンパン付)
〈オードブル〉
カレイのブランマンジェ、
アボカドのカルパッチョ、
グレープフルーツ、新芽野菜
又は
スコットランド産サーモンのヴォッカマリネ、
アイスバーグレタス、カリカリ野菜
〈メイン・ディッシュ〉
ホタテのブロシェット
レンズ豆、生フォアグラ、シブレット
又は
ランド産チキンのシュプレム
甲殻類のビスク
季節の野菜のフリカッセ
〈デザート〉
オペラケーキ、
チョコとヘーゼルナッツのソース
又は
ライムとレモンのメレンゲタルト
*オードブルとメイン・ディッシュはすべてムーラン・ルージュの自家製。
*健康のためお酒の飲み過ぎにご注意を。節度をもってお楽しみください。
*上記メニューは食材入荷の都合などにより変更となる場合がございます。
http://jp.france.fr/ja/news/88273
シンガポール 2015/11/02(月曜日)
外食産業の生産性向上、自販機導入など支援[商業]
シンガポールのリム・フンキャン通産相(通商担当)は10月30日、外食産業の生産性向上計画の第2弾を開始すると発表した。作業手順の見直しなどで既存の業務形態の生産性向上を支援することに加え、自動販売機など人手がかからない業務形態の導入を促進していく。
5カ年計画で、自販機のほか、調理・包装済み食品の販売など外食産業に新たなフォーマットの導入を促進し、労働力への依存度を低くする。計画に関心のある外食企業には、通産省傘下の規格生産性革新庁(SPRINGシンガポール)から詳細な情報を提供する。
SPRINGシンガポールは、チキン・カレーとビリヤニ(インド風炊き込みご飯)やホーフン(米粉でできた平らな麺)など温かい食事の自販機を運営する地場JRフーズや、調理済み食品を店舗やスーパーマーケットで販売する地場レストラン・チェーンのスープ・スプーンを、外食産業の新たなフォーマットとして例示。商業施設内や住宅地において革新的な新フォーマットの店舗を展開する外食企業を、ほかの政府機関と連携して支援する。
SPRINGシンガポールによると、2011年に開始した第1弾では、自動化や業務手順の見直し、製品改良など600社が計3,700店舗で実施した940件のプロジェクトを支援。第1段から引き続き、モバイル端末による注文などデジタル・サービス化、食器洗浄の集中化、調理場の自動化などの支援も行う。
穀物全体の生産量は、前年度より減少。消費量を下回り、期末在庫率は低下する見
込み。穀物全体の期末在庫率(21.8%)は前年度(22.1%)を下回る見込み。
(1)生産量:24.74億トン(前年度比-1.1%)
(2)消費量:24.80億トン(前年度比+0.4%)
(3)期末在庫率:21.8%(前年度差-0.3ポイント)
【品目別の需給見通し】
<小麦>
生産量は、インド、カナダ等で減少するものの、中国、豪州等で増加することから、
世界全体では史上最高となった前年度を更に上回る見込み。生産量は消費量を上回り、
期末在庫率は上昇する見込み。
(1)生産量:733百万トン(前年度比+1.0%)
(2)消費量:716百万トン(前年度比+1.3%)
(3)期末在庫率:31.9%(前年度差+1.9ポイント)
・米国の生産量は、冬小麦は減少するものの、春小麦及びデュラム小麦が増加するこ
とから前年度を上回る。期末在庫率も上昇。
・EUの生産量は、収穫面積の減少及び単収の低下から前年度を下回るものの、史上
2番目の水準。期末在庫率は上昇。
・中国の生産量は、収穫面積の増加及び単収の上昇から、前年度を上回り、史上最高。
期末在庫率も上昇。
<とうもろこし>
生産量は、中国で増加するものの、EU、米国、ブラジル、ウクライナ等で減少す
ることから、世界全体では前年度より減少する見込み。生産量は消費量を下回り、期
末在庫率は低下する見込み。
(1)生産量:973百万トン(前年度比-3.6%)
(2)消費量:981百万トン(前年度比-0.8%)
(3)期末在庫率:19.2%(前年度差-0.7ポイント)
・米国の生産量は、収穫面積の減少及び6月からの記録的な多雨による単収の低下か
ら、前年度を下回る。期末在庫率も低下。
・中国の生産量は、収穫面積の増加及び単収の上昇から、前年度を上回り、史上最高。
期末在庫率も上昇。
・ブラジルの生産量は、とうもろこしから栽培コストの低い大豆に転換されることか
ら収穫面積が減少し、前年度を下回る。期末在庫率も低下。
<米>
生産量は、中国等で増加するものの、タイ、インド等で減少することから、世界全
体では前年度より減少する見込み。生産量は消費量を下回り、期末在庫率は低下する
見込み。
(1)生産量:474百万トン(前年度比-1.0%)
(2)消費量:488百万トン(前年度比+0.6%)
(3)期末在庫率:18.1%(前年度差-2.9ポイント)
・中国の生産量は、収穫面積の増加及び単収の上昇から、前年度を上回る。消費量の
伸びが生産量の伸びを上回ることから期末在庫率は低下。
・インドの生産量は、収穫面積が増加するものの単収が低下し、前年度を下回る。期
末在庫率も低下。
・タイの生産量は、収穫面積の減少及び単収の低下から、前年度を下回る。期末在庫
率も低下。
<大豆>
生産量は、アルゼンチン、米国等で減少するものの、ブラジル、インド等で増加す
ることから、世界全体では前年度より増加し、史上最高の見込み。生産量は消費量を
上回り、期末在庫率は上昇する見込み。
(1)生産量:321百万トン(前年度比+0.5%)
(2)消費量:311百万トン(前年度比+4.2%)
(3)期末在庫率:27.4%(前年度差+1.2ポイント)
・米国の生産量は、高単収を記録した前年度に比べ単収が低下し、収穫面積も減少す
ることから前年度を下回る。期末在庫率は上昇。
・ブラジルの生産量は、とうもろこし価格の低迷により大豆に転換されることから、
収穫面積が増加し史上最高。期末在庫率は低下。
・中国では、生産量が減少し、消費量が増加することから、輸入量が増加し、世界全
体の貿易量の64%を占める。期末在庫率は低下。
詳しくは、「食料需給インフォメーション」
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/jki/index.html
内「海外食料需給レポート」
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/jki/j_rep/index.html
でご覧ください。

| 特徴 | ●LA発スロー"ファスト"フードのデリ&レストラン。野菜を知り尽くした船山義規シェフがメニューを開発。常時10~12種類のデリでサラダ、肉料理、スープ、デザートが昼夜問わず味わえる。コールドと呼ばれるサラダ7~8種類に、日替わりのロースト(肉料理)2種類、スープ1種類のほか、デザートやドリンクも充実。 ●料理は26cmのプレートに好きなだけオーダーし、サーブしてもらうスタイル。1ポーション(1スクープ)400円~。さらに女子にうれしいチアシード入りプリンなどのデザートもあり、昼夜問わず、お茶だけ、食事だけのカフェとしての利用も可能となっている。 | ||||
|---|---|---|---|---|---|
| 業態 | デリ&レストラン | ||||
| 営業期間 | 2015年11月2日(月)~ | ||||
| 住所 | 東京都渋谷区広尾5-19-6 | ||||
| 電話番号 | 03-6450-4789 | ||||
| ファックス | |||||
| 最寄駅 | 広尾駅 | ||||
| 営業時間 | 11:30~23:00 | ||||
| 定休日 | 月 | ||||
| 席数 | 32席 | ||||
| 客単価 | 昼1,200円、夜2,500円 | ||||
| |||||
| 店舗HP | |||||
| 経営母体 |
「おもてなし」の第14回として、フランスのパリのミシュラン・ガイドの三つ星レストラン「マキシム・ド・パリ」が日本に出店して、「真のサービス」について日本人の心に植え付けたので紹介しよう。さらに、日本万国博覧会によって、世界の料理が日本に紹介され、アメリカの企業が日本に進出した状況についても説明しよう。
(6)マキシム・ド・パリ
現在は、フ-ドサ-ビス産業として位置づけられているが、1960年代までは、飲食業とか水商売とかと揶揄されていて、社会的地位はかなり下にみられていた。このような中で一番驚かされたのは、1966年(昭和41年)5月に東京・銀座ソニ-ビルに開店した「マキシム・ド・パリ」であった。
「マキシム」というのは、当時フランスのパリでミシュランガイドの三ツ星に輝いて、その店が再現されたものであった。当時のソニ-のファンダ-であった盛田昭夫のアイデアと進出にあたって、尽力されたことはあまり知られていない。当時、わが国には本格的なフランス料理の店はほとんどなかったが、「マキシム」はフランス料理の発展に大いに貢献した。
「マキシム・ド・パリ」の店の格調の高さと最高の料理は、最高と芸術であるが、接客サ-ビスについては、当時のパリ「マキシム」の社長であるポ-タブルは「真のサ-ビスとは、一人の男の人生を捧げつくしても、到底極めることができぬ“最高の芸術”だ」と説明しているが、これがレストラン・ビジネスにおいて格調高いサ-ビスの重要性についての始まりであった。
(7)日本万国博覧会
日本の飲食業界に驚愕が走ったのが、1969年(昭和44年)3月に第二次資本の自由化で、あたかも鎖国時代の1853年7月(嘉永6年)にアメリカの特使ペリ-が浦賀に現われ日本に開港を迫るために黒船で来日をしたのを称して黒船来るというように飲食業界は騒然となった。
これに追い討ちをかけるように、1970年(昭和45年)大阪北千里で3月14日から9月13日間開催された日本万国博覧会(EXPO70)で、世界から77ケ国が参加して、各国のパビリオンでは、その国の自慢料理を味合うことができるだけでなく、接客サ-ビスの良さについては多くのレストラン経営者に衝撃を与えた。
特に、アメリカよりケンタッキ-・フライド・チキンやハワ-ドジョンソンが出展し、巨大な売上をあげているのを目のあたりにし、アメリカの黒船の威力に驚くと同時に、レストラン経営者の危機観を持つ動機となった。
この日本万国博覧会は、世界の祭典ではなく、わが国の人々に海外旅行ブ-ムを呼び起こすとともに、レストラン経営者ばかりでなく、お客様にとっても世界的な接客サ-ビスの良さに関心を持つようになり、日本の接客サ-ビスを見直すようになった。
(8)アメリカ企業の日本進出
資本の自由化によって、特にアメリカの企業の日本進出はめざましく、日本の企業が数多く倒産するのではないかと、予測しているマスコミや識者がいた。しかし、結果として日本の飲食業界をフ-ドサ-ビス産業の確立に大いに貢献したのであった。
アメリカ企業の日本進出の主な企業としては、「ケンタッキ-・フライド・チキン(KFC)」が、1969年(昭和44年)11月新宿高野が7店舗の集合体ワ-ルドスナック・アルキペゴラに出店、日本万国博覧会にも出展していたが、本核的な出店は三菱商事と合弁会社を設立し、1970年(昭和45年)11月:名古屋名西ショッピングセンタ-であった。
ついで、ダスキンがフランチャイズ契約によって、「ミスタ-・ド-ナツ」を1971年(昭和46年)4月大阪郊外の箕面に出店した。「マクドナルド」は藤田商店と合弁会社を設立して、1971年(昭和46年)7月東京銀座の三越の店頭に開店した。またイト-ヨ-カ堂がフランチャイズ契約によって、「デニ-ズ」を1974年(昭和49年)4月神奈川・上大岡のイト-ヨ-カ堂に併設して開店した。
これらの企業に共通している点は、「店舗運営の原理原則」として「Q=Quality:品質第一」「S=Service:最高のサ-ビス」「C=Cleanliness(清潔感一杯)」の通称「QSC」と言われるもので、さらにチェ-ン・オペレ-ションの三大原則として、「Simplification:単純化」「Standardization:標準化」「Specialization:専門化」の「3S主義」をもたらし、
わが国の飲食業界に新たな息吹を吹き込むと同時に科学的な思考によって、産業化を目指すようになった。
これらのなかで、「マクドナルド」のメニュ-ボ-ドに「スマイル0円」とか、「デニ-ズ」の来店客に対してデニ-ズ・レディの「いらっしゃいませ!デニ-ズへようこそ!」などで、接客サ-ビスについて日本の業界でかなりの話題になった。
