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2026-08-08 14:51:00
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「獺祭以外モ、アリマスカ?」 カンボジアで広がる日本酒  

2026年7月29日 03:30

【連載バックナンバー】
■4 麻辣湯がアジアで脚光 ブームの先駆け「七宝麻辣湯」
■3 台湾でハマる人が続出 うま辛酸っぱいスープ「刁民酸菜魚」
■2 マレーシア発「オリエンタル・コピ」 行列のできるレストラン
■1 シンガポール「明治屋」 感動体験で日本酒の人気広げる

【連載】アジアのフードビジネス新潮流 第5回

株式会社 Green Create
代表 滝口 智子

「獺祭だっさい以外モ、アリマスカ?」。2026年2月、カンボジアの日本大使館で開かれた天皇誕生日祝賀会、その日本酒ブースで聞かれた一言です。現地の政府高官やビジネス界のリーダー、富裕層が集まる中、グラス片手に具体的な銘柄でお目当てを探す来場者が見られました。カンボジアで今、日本酒は単なる「ニッポンのお酒」から「銘柄や味で選ばれる酒」へと少しずつ変貌を遂げています。そんなカンボジアの、日本酒マーケットの最新事情をレポートします。

米が主食で日本酒になじみやすい

人口が約1790万人のカンボジアは若年層が多く、実質国内総生産(GDP)成長率は5%前後で推移しています。消費意欲が旺盛なミドル層が台頭中――そんなカンボジアに23年4月から日本酒を輸出しているのが、株式会社蔵楽(くらく)の代表取締役社長である高橋理人(まさと)氏。

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日本大使館の日本酒コーナーにて。駐カンボジア日本大使の植野篤志夫妻(左)と、蔵楽の高橋社長(中央右、蔵楽提供)

「酒蔵を世界一働きたい仕事場に」を企業理念に掲げ、国内では酒蔵のデジタルトランスフォーメーション(DX)化をはじめ、さまざまな経営・販売支援に取り組んでいます。輸出先にカンボジアを選んだ理由を、彼はこう説明します。

「カンボジアは世界的に評価の高いジャスミンライスの輸出国。主食が米なので、日本酒に対してなじみやすい土壌であると考えたから」(高橋氏)

実際、米をよく知っているがゆえに、日本酒が米からできていることをカンボジア人に伝えると「米なのに、なぜこんな味がするの!?」と非常に驚き「日本酒の話が深く刺さる」(同)そうです。

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約400人が来場した在カンボジア日本大使館でのイベント(蔵楽提供)

しかもカンボジア人は親日で、仏教徒が大多数なので宗教的制約が少ないことも彼を後押ししました。「カンボジアの輸入規制は周辺国に比べ比較的緩やか。酒ボトルのラベルの貼り替えや商品登録が不要など、今のところ実務負担が比較的軽いというビジネス上のメリットもあります」と高橋氏。

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蔵楽が主催した日本酒イベント「SAKE OPEN」での鏡開きに参加する高橋氏(右、蔵楽提供)

「カンボジアは隣国タイの10〜20年前のような感じ。成熟した市場も魅力的ですが、まだ日本酒の進出例が少なく、市場の『型』が決まりきっていない面白さがあります。カンボジアで日本酒の文化を一から自分たちの手でじっくり醸成したいと思った」と彼は振り返ります。

「お酒とおつまみをたしなむ」ビール大国

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カンボジア人の富裕層たち。超高級和食店「KYO(きょう)」で日本酒とともに「OMAKASE」(おまかせ)の注文スタイルを楽しむ。店の平均客単価は約300米ドル(4万8500円)だという(蔵楽提供)

カンボジアの日本食レストラン数は25年には約370店舗(農林水産省)へ急増。「同じく米を主食にする近隣国ベトナムよりも、一人当たりの日本食レストランの数は多い」と高橋氏は語ります。首都プノンペンを中心に地方都市や、ローカルが経営する飲食店にも和食の人気が広がり、それに伴って日本酒の認知度も上昇。「カンボジアへの日本酒の年間輸出額は現在、約1億3000万円前後で推移している」(高橋氏)といいます。

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現地のカジュアル居酒屋で開催された「千代むすび」(鳥取、千代むすび酒造)の試飲イベント。店の客単価は約15〜20米ドル(2400〜3200円、蔵楽提供)

一方、カンボジアはアジア屈指のビール消費大国。アンコールビール(Angkor Beer)などが広く流通し、氷を入れて飲むスタイルが一般的。 「お酒好き」が多く「お酒とおつまみをたしなむ食文化」がすでに根付いていることも、日本酒参入の追い風となっています。
 
そんな中、現在カンボジアで圧倒的な知名度を誇る日本酒は「獺祭」(山口、獺祭)と「久保田」(新潟、朝日酒造)。そして「白鶴」(兵庫、白鶴酒造)など。味は個性的なものよりも、日本酒らしいスタンダードなものが好まれています。

高橋氏は「現地の日本酒ビギナーは有名銘柄や、甘口で飲みやすいフルーティーなお酒から入ることがほとんど。そして次第に辛口のお酒に好みがシフトしていくことが多いです」と語ります。

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「八海山」(新潟、八海醸造)、「松美酉」(神奈川、中沢酒造)、「盛升」(神奈川、黄金井酒造)の試飲コーナー(蔵楽提供)

最近では「獺祭以外モ、アリマスカ?」「このタイプが好き」と、自分好みの銘柄や味を探求し、日本酒の多様性に気付き始めた人もいます。
 
ちなみに。現地で日本酒の人気を左右する要素の一つが、ラベルのデザイン。 英語表記の方が読みやすいので人気かと思われがちですが、実は伝統的な漢字のラベルに「日本らしさ」を感じる人が多く、評価が高いのです。

「カンボジア料理&日本酒」のペアリングが楽しい! 

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現地の定番料理である牛肉の甘辛ステーキ「ロックラック」(左、蔵楽提供)。キレのある「澤乃井 純米大辛口」(東京、小澤酒造)をペアリング。ラベルの漢字も人気の要因(右、小澤酒造提供)

高橋氏は現地レストランとのコラボ試飲会を年に数回開催しています。そこで注力しているのが、日本酒とカンボジア料理とのペアリング。ローカルが営む居酒屋で、代表的なカンボジア料理と日本酒を組み合わせ、自社制作したペアリング資料などを配布しながら日本酒の魅力を伝えています。

「カンボジア料理はタイ料理ほど強烈な辛味はなく、和食のように魚料理が多いです。『プラホック』(魚醤)というカンボジアの食には欠かせない発酵調味料や、ハーブで爽やかな風味を効かせた料理も多く、日本酒とも非常に合わせやすいのです」と高橋氏。

例えば濃厚なうまみのプラホックのディップには、米のうまみがどっしりと広がる純米酒をペアリング。蒸しエビやハーブを使った海鮮料理には、華やかでやや甘口の吟醸酒を合わせることで、素材のうまみを際立たせるペアリングを提案しています。

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カンボジアの代表的料理である魚のココナツハーブ蒸し「アモック」(左、蔵楽提供)。京都、松井酒造の「純米 神楽KAGURA 無濾過・無加水・生酒(ルリ)」を合わせている 。商品名に生酒とあるが、現地では1回火入れが流通 (右、松井酒造提供)

「和食店で味わうお酒」から「カンボジア料理とも合う、日常の新しいお酒」へ。彼は日本酒の裾野を広げ、次の次元へとステップアップさせることが自分の使命であると考えています。

和食市場が拡大する一方、乗り越えるべき日本酒市場の課題もあります。最大のネックは現地での「知識不足」。例えば吟醸酒・純米酒の違い、温度による味の変化は、現地にはまだ浸透していません。そこで、独立行政法人 酒類総合研究所が日本語で発行した「日本酒ラベルの用語辞典」を、クメール語に翻訳し、冊子を制作・配布しています。

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「日本酒ラベルの用語辞典」をクメール語に翻訳したもの(蔵楽提供)

もう一つの課題は、店での「品質管理」。「ボトルを開けても期間内に売り切るのが難しく、品質が落ちてしまう。小規模店の導入ハードルになっている」と高橋氏。
 
一方で、現地ではグラスではなくボトル売りがメイン。「日本酒という嗜好(しこう)品は、辛口と甘口など、飲み比べによって魅力を深く理解できるもの。もっとグラス売りを普及させたい」と彼は意気込みます。

知識不足と品質管理、これらに必要なのは「教育」です。現地にはソムリエや唎き(きき)酒師のような酒の伝道師がまだいません。前述の冊子の他に、輸入酒の銘柄の一覧と味わいマトリックス、温度帯ごとの提供法などをクメール語で加えて、もっと分厚いオリジナルテキストを制作していきたいと考えているそうです。

アンコールワットの国で、若者に新しい日本酒を 

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プノンペン市民の憩いの場として親しまれる観光名所「シソワットキー」(Sisowath Quay)。週末は若者で大にぎわい(蔵楽提供)

 さて、高橋氏が今後のターゲットとして有望視しているのがプノンペンのトンレサップ川近く、リバーサイド地区の若者たち。土日になるとリバーウオークと言って、約3キロメートルにわたる遊歩道に屋台やナイトマーケットなどが出現します。夕暮れになると、この一帯は若者たちの熱気で活気に包まれるのです。

若者にとってお酒との接点でもあるこの最先端スポットで、SNSやインフルエンサーも活用して、デジタルネイティブな若年層に日本酒の魅力を伝えたい。そのためにカジュアルな「カップ酒」や日本酒の「缶」など、新スタイルのお酒の提案も、彼は検討しています。カンボジア人が「獺祭」以外の銘柄を口にする日が、もうすぐ来るのかもしれません。

【筆者後記】
2025年10月、日本からのカンボジア直行便が運航再開。タイなどの周辺国から格安航空会社(LCC)でカンボジアへ飛ぶ従来のルートに直行便が加わり、カンボジアはまた少し近くなりました。酒蔵関係者もより現地を訪問しやすくなり「造り手ならではの熱量」にカンボジア人が直接触れる機会も増えることでしょう。

和食市場に比べれば、日本酒の市場はまだ発展途上。ただ決まった成功モデルが存在しないマーケットだからこそ、新しい飲み方や価値を生み出せる余地は大きく、ビジネスの面白さもあります。

※円換算は2026年6月27日時点


滝口 智子(たきぐち・ともこ)
株式会社 Green Create 代表取締役

国内外の飲食プロモーションを手掛けるGreen Createの代表で、国内外で取材活動をしている飲食ライター、文筆家。書籍『海外出店のリアル』(日本フードビジネス国際化協会・著、旭屋出版、21年)を執筆。ソムリエと国際きき酒師の資格を持ち、日本産酒類を特に応援している。テレビやラジオなどにも出演。

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「獺祭以外モ、アリマスカ?」 カンボジアで広がる日本酒  |NNAカンパサール