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2025-04-05 09:28:00

米飲食業界の革命児「チポトレ」、その創業者が「異端のビリオネア」と呼べる理由

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チポトレの創業者のスティーブ・エルズ・2004年撮影(Glen Martin/The Denver Post via Getty Images)

ファストフードとカジュアルレストランの中間の業態である「ファストカジュアル」の代名詞といえるチポトレを創業したスティーブ・エルズが、最初の店をコロラド州のデンバーでオープンしたのは1993年のことだった。その後の約30年を経て現在59歳の彼はようやくビリオネアの仲間入りを果たした。

 

エルズの資産は10億ドル(約1500億円)に達し、今年のフォーブス『世界長者番付』に新たに加わる288人の1人となった。彼はその中でも「最も意外な新顔」といえるかもしれない。というのも、ブリトーやタコスなどのメキシコ料理を提供するチポトレは現在、マクドナルドとスターバックスに次ぐ世界で3番目に企業価値の高いレストランチェーンで、時価総額は680億ドル(約10兆円)に達しているからだ。

クラシックな料理の訓練を受けたシェフであるエルズは、店舗の収益性よりも食材の由来について語ることが多い人物で、これまで自身をわざとビリオネアへの道から遠ざけるかのような、いくつかの個人的な判断を下していた。

エルズは1998年以降に、自身のチポトレ株の持ち分の大半をマクドナルドに売却し、その見返りとしてマクドナルドの支援を受けて店舗数を16店舗から約500店舗へと拡大した。そのため同社が2006年に上場した際に、最も恩恵を最も受けたのは創業者のエルズではなく、マクドナルドだった。

 

チポトレの91%を保有するマクドナルドの持ち分の価値は、新規株式公開(IPO)の初日に10億ドル(約1500億円)を突破した。しかし、エルズの持ち分は4%にも満たず、その当時の価値はわずか4400万ドル(約66億円)だった。

その後もエルズは、わずかに残っていた株式をすぐに売却し始め、株価が急騰しても売却を続けた。チポトレ株は、2014年になるとIPO価格から1400%上昇していたが、エルズの保有比率は1%にまで減少し、フォーブスは彼が「ビリオネアではない」だけでなく、「今後もなれないかもしれない」と記していた。

しかし、その後もチポトレは成長を続け、2010年に1000店舗、2016年には2000店舗を突破した。その間、エルズを含む幹部陣には、株価の上昇と連動したエグゼクティブ向け報酬パッケージによって、大量の新たな株式が付与された。

エルズは、2020年に取締役会を退任する頃までに税引前で推定3億ドル(約450億円)を株の売却から得ており、なおもチポトレ株の約1%を保有していた。その後もチポトレ株はさらに250%上昇し、市場全体の上昇による投資収益も加わったことで、ついにエルズは世界長者番付に名を連ねることとなった。これは、彼が最初の店舗を開いてから30年以上が経ってからのことで、しかも彼は、安値で株を売却し、その後に株価が上昇するというパターンを繰り返していたにもかかわらず、ビリオネアになったのだ。

エルズは、フォーブスの資産の推計に関するコメントを拒否した。

「料理界のハーバード大学」出身の起業家

エルズはもともと、大衆向けにブリトーやタコスを作って金持ちになることを目指していたわけではない。製薬業界の重役を父に持つ彼は、コロラド州で育ちコロラド大学ボルダー校で美術史の学位を取得したのちに、「料理分野のハーバード」と呼ばれる世界最高レベルの料理大学、Culinary Institute of America(カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ、通称CIA)に進んだ。

 

その後サンフランシスコに移った彼は、2000年代初頭に閉店した伝説的なレストランStars(スターズ)の副料理長として働いた。そして現地の「タケリア」と呼ばれるメキシコ風軽食店に刺激を受けた彼は、自身のタケリアを開こうと思い立ってデンバーに戻った。だがそれは、彼の本当の夢である高級レストランを開業するための資金を稼ぐための手段だった。

1993年にオープンした最初のチポトレは、奇妙な名前に限られたメニュー、独特のカウンター形式、高めの価格設定という風変わりな店だった。タコベルが59セントのブリトーで人気を博した時代に、エルズの店のブリトーは4ドル以上もした。

「客たちは、店のドアを開けて頭を突っ込んで覗いたかと思うと、くるっと回って出ていった」と、彼は昨年6月のウォール・ストリート・ジャーナルのイベントで語った。「誰も理解してくれなかった」

 

だが、ファストフードのスピードで質の高い食事を提供するというエルズのアイデアは、しばらく経つと受け入れられ、高級レストランの夢を早々に捨てた彼は、1995年に2号店、1996年に3号店を開店した。その2年後には16店舗にまで拡大したが、さらなる成長のためには資金注入が必要だった。

「私たちは、レストラン業界に特化したベンチャーキャピタルや投資銀行などの13社に事業計画書を送ったが、そのすべてに断られた」と、父親のボブ・エルズは2015年のブルームバーグに語っていた。

そして、その当時に買収を積極的に進めていたマクドナルドが投資を決定した。同社は、まもなくチポトレの過半数を保有するに至ったが、それでもエルズは経営を続け、店内調理による新鮮な食材の使用を守り続けた。

数年後、マクドナルドはコア事業に集中する方針へと舵を切り、2006年1月にチポトレを上場させ、その後の9カ月で91%の持ち分のすべて売却した。当時のチポトレの時価総額は約20億ドルだった(この91%の持ち分は現在620億ドル相当になっている)。

「サンドイッチ」を第2のチポトレに

その後、全米だけでなくカナダやヨーロッパへと店舗を拡大したチポトレの売上高は、2006年の8億2300万ドル(約1233億円)から2017年には45億ドル(約6730億円)にまで上昇した。しかし、エルズは一連の食中毒騒動の責任をとって、2018年にCEOの座をブライアン・ニコルに譲った。ニコルはチポトレの立て直しを成功させ、株価は過去最高を更新した。エルズは2020年まで執行会長として残った後に退任し、取締役会からも去った。

 

メディアにはあまり登場しないビリオネアとして知られるエルズは、マンハッタンに複数の不動産を購入しており、2021年にはグリニッジ・ヴィレッジのタウンハウスを3000万ドル(約45億円)で購入し、8カ月後に500万ドル(約7億4900万円)の利益を得て売却したと報じられた。

現在、「未来のレストラン」の構築を試みている彼は昨年、Kernel(カーネル)という、調理支援にロボットを使うファストカジュアルの完全ヴィーガン店舗を開業したが、そのメニューは不評だった。エルズは、その路線を変更して、Counter Service(カウンターサービス)と呼ばれるサンドイッチ専門店をマンハッタンに開店し、第2のチポトレを目指している。

7月のウォール・ストリート・ジャーナルのイベントで、同紙の記者は、「あなたは、まったくのゼロから大きなものを生み出してきましたよね?」と問いかけた。エルズはこれに対し、「私は大きなものをひとつ生み出したけれど、それを複数にできるかどうかを見ていてほしい」と答えていた。

 

(forbes.com 原文)

米飲食業界の革命児「チポトレ」、その創業者が「異端のビリオネア」と呼べる理由 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)

 

編集=上田裕資