インフォメーション

2023-03-18 16:09:00

ファストフード店のメニューが“見づらく”作られている、納得の理由行動経済学で読み解く

2023年03月15日 08時30分 公開
[スギモトアイITmedia]

 「ファストフード店で注文する際に、自分自身で食べたいものを決めている自信はありますか?」――そんなことを唐突に聞かれたら、おそらく大半の人が「そんなこと、考えたことすらなかった」と回答するだろう。

 では、なぜ今回このような問いを投げたのか。それは、消費者がファストフード店で行う購買選択が、実は企業にそっと誘導された結果によるものかもしれないからだ。

ファストフード店での注文は、企業にそっと誘導された結果によるものかもしれないとしたら?(写真は本文とは関係ありません、提供:ゲッティイメージズより)

 東京大学大学院で行動経済学を教える阿部誠教授はファストフード店のメニュー選びにおいて、消費者は「企業が購入してほしい商品」を無意識的に選択している可能性があると指摘する。なぜそのような事象が発生するのか? ファストフードのメニュー表に張り巡らされた“仕掛け”を行動経済学の観点から読み解いていこう。

意図的に設計された「読みづらいメニュー表」

 無意識的な購買選択を引き起こす要因として阿部氏は「ファストフード店のメニュー表は、企業が売りたい商品を販売しやすくする工夫が凝らされています」と話す。どういうことか。阿部氏によると、各社は単品商品など単価が安いものを探すには見づらく、一方でセット商品など単価が高いものが目に付くようなメニュー表にしているのだという。

 実際にいくつかのファストフード店を回ると、単品商品が見つかりにくく、一方でセット商品が目立つメニュー仕様になっていると感じた。

 本来は自分が頼みたいメニューや予算を優先すべきなのに、メニュー表に誘導されてそれとは反する非合理的な意思決定をしてしまうのはなぜなのだろうか?

 背景には、ファストフード店では直感的に食べたいものを決める「ヒューリスティック処理」が起こりやすいことがあると阿部氏は解説する。

 人間には主に2つの情報処理の方法がある。一つはヒューリスティック処理といい、直感的に「この選択肢が良さそうだ」と決めるやり方だ。情報処理や意思決定を単純化することで、時間短縮や労力の削減につながる。

 もう一つが、システマティック処理だ。ヒューリスティック処理とは対照的で、選択肢ごとの効用を細かく整理し、「どれが一番自分に良いのか?」を考える方法だ。時間はかかるが、個々人の考えに従った正確な答えを導くことができる。入試や商談など、自分の人生や将来に強い影響を及ぼす事柄にはシステマティック処理が適用される傾向にある。

ヒューリスティック処理とシステマティック処理の違いは?(画像:東京大学「淡青」より)

 どちらの処理を選択するかは「その事柄がどれだけ重要で、かつ決断に労力をかけたいか」で決まるという。全ての場面においてシステマティックに最適な判断を下せるのが理想的ではあるものの、時間や労力などわれわれの資源には限りがあるため、適宜これらの処理を使い分けている。

 実際にファストフード店の場合でも、なんとなく来店している人はヒューリスティック処理を実行する一方、来店が楽しみで仕方がなかった人やコストパフォーマンスや栄養バランスなどに強いこだわりを持つ人はシステマティック処理を実行する可能性が高い。

 「昼休憩を有意義に使うために、ファストフードを利用するビジネスパーソンもいるでしょう。その場合、少ない労力で素早く注文する方法としてヒューリスティック処理を行う傾向にあります。もし注文に失敗したとしても金銭的な被害が小さいので『次回、美味しいものが食べられればいいや』と考えるようになります」(阿部氏)

モバイルオーダーではどうなる?

 ここまで、店頭でヒューリスティック処理が起こりやすい理由を説明してきた。では、コロナ禍を機に導入が進んだ「モバイルオーダー」はどうだろうか。整頓されたメニューを誰にも邪魔されることなく見られるので、ノイズが少ないように感じる。果たして、モバイルオーダーでもヒューリスティック処理は働くのだろうか。

 「クーポン表示などの金銭的な施策は、ヒューリスティック処理を引き起こすには有用です。アプリ限定で利用できるクーポンを配布することで、特定の商品が選ばれやすくなります。スマートフォンの普及に伴い、クーポンを配布・利用しやすくなった状況も後押ししています。今後、『あなたへのおすすめメニュー』のように個人の好みに合わせたメニューが提案されるようになってくると、より顧客の意志決定に影響を与えるかもしれません」(阿部氏)

試しにバーガーキングのアプリを取得し、開いたところクーポンが表示された

 では、店頭とアプリではどちらがヒューリスティック処理を誘導しやすいのだろうか。阿部氏は、店頭とアプリで誘導のしやすさは大きく変わるわけではないと話す。

  • 生産性はJavaの3倍、ノンコーディングのアプリ開発で成功した19社の事例

  • 「Windows Server」と「Linux」 2大サーバOSの違いは

  • スマートフォンのポテンシャルを最大化、アプリ内製化から始める現場主導のDX

 例えば、店頭のメニューでは、新商品を大々的に訴求していたり、単品価格よりもセット価格の方がパッと見つけられるように太字で記載されていたりする。一方、アプリでは訴求したいメニューのクーポンをポップアップで表示したり、購入してほしいメニューが目に留まりやすくなるように設計されたりしている。それぞれの利点を生かし、ヒューリスティック処理を起こしやすくしているため、一概に「こちらの方が誘導しやすい」とは言えないのだ。

 企業によっては、一部店舗でタッチパネル注文を取り入れている。タッチパネルからでもヒューリスティック処理を起こすことは可能なのだろうか。阿部氏は次のように持論を展開した。

 「タッチパネルはその性質上、ハンバーガーやドリンクなどの種類別に分類されています。例えば、分類ごとのページの階層が深く、欲しい商品が見つけづらい設計になっていれば、面倒くささからヒューリスティック処理が起こる可能性もあります。階層が複雑になるほど、システマティックな処理が行いにくいからです。そのほかにも、クーポンが表示されたことで、購入しようと思っていた商品ではないものを選んでしまうこともあるでしょう。商品の配置、階層の組み込み方なども企業がバイアスを加えやすいポイントです」(阿部氏)

注文のタッチパネルでもヒューリスティック処理は起こる可能性はあるという(写真はイメージです、提供:ゲッティイメージズ)

消費者に見やすいメニューとは?

 ここまでの話から、企業は消費者に商品を購入してもらうため、さまざまな仕掛けをメニュー表に凝らしていることが分かった。では逆に、消費者にとって「ヒューリスティックな処理が起きにくいメニュー表」、つまり消費者にとって見やすいメニュー表とはどのような形式なのだろうか。

 「理想的なメニュー表は、各商品の特性や機能などの属性を比較し、商品属性を一覧表にまとめたものです。これは、家電量販店などでよく利用されている形式です。比較表なら、情報処理の負荷をより低く抑えられるので、初めて見た人でもすぐに内容を理解し、合理的に処理できるでしょう」(阿部氏)

 ただし、ここまでの話を考えると、消費者にとって見やすいメニュー表は、企業の売り上げを毀損(きそん)するものになりかねない。この点に関して、阿部氏は次のように指摘する。

 「消費者に最適化されたメニューを提示することで、消費者は自身の予算内でより自分にふさわしい商品やサービスを選択できるようになります。短期的には企業の利益が減少したとしても、結果的に顧客満足度の向上、ひいては企業に長期的なメリットをもたらすこともあるでしょう」(阿部氏)

消費者に最適化されたメニューによって、消費者の意思決定は変わるかもしれない(画像:ゲッティイメージズより)

 ファストフードのメニューには私たちが思いもよらないような工夫がなされていた。ただし前述したように、全ての消費者が企業の術中にハマるわけではない。クーポンが適用できるメニューしか注文しない人、単品しか注文しない人、その時々でセットとサイドの組み合わせを決める人など……ヒューリスティック処理からシステマティック処理まで、人によって考え方は変わるだろう。

  • 中堅・中小企業向け、統合脅威管理(UTM)の主要ベンダー一覧表:100~300台クラス

  • 脱クラウドどころか「クラウドを使わない」が有力な選択肢に

 ここまでファストフードのメニュー戦略を見てきたが、街の飲食店のランチメニューを観察していると「Aセット」「Bセット」「Cセット」など3つの価格帯に分けられているのを目にする。

 それは「松竹梅の法則」と呼ばれ、商品を3つの価格帯に分けて展開した場合、多くの人が真ん中の価格帯の商品を購入する傾向にあるという法則だ。なので、一番売りたい商品を中間の価格帯に設定することが好ましいとされている。

 ランチ一つとってもさまざまなマーケティング戦略を学ぶことができる。自社ビジネスに生かせるようなヒントが意外と身近にゴロゴロ転がっているかもしれない。

ファストフード店のメニューが“見づらく”作られている、納得の理由:行動経済学で読み解く(1/3 ページ) - ITmedia ビジネスオンライン