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2020-01-25 10:52:00

マクドナルドから肉が消える日
アメリカ発!メシ新時代(1)

アメリカ発!メシ新時代
スタートアップ
サービス・食品
北米
2020/1/19 2:00 (2020/1/20 2:00更新)
 

 

 
 
ハンバーガー、本物の肉はどれ?
 
 
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米西部カリフォルニア州サンカルロス市。金融関連のソフトウエア会社を経営するアート・コテ(62)は2020年の仕事始めの朝食として、ドーナツやハンバーガーを扱うファストフード店「ダンキン」を選んだ。

■ファストフードで植物肉

注文したのは「ビヨンド・ソーセージ・ブレックファスト・サンドイッチ」(4.79ドル=約520円)。ソーセージといってもパンに挟んであるのは豚肉や牛肉ではなく、緑豆やココナツ油など植物由来の材料で作った人工の肉だ。通称「フェイクミート(偽物の肉)」とも呼ばれる。コテは畜産が環境に与える影響に配慮して肉の摂取を控えている。「ダンキンで植物肉のメニューを選べるようになるなんて、1年前は考えもしなかったよ」

 

 

外食チェーンが相次ぎ植物肉メニューを「目玉」にし始めた(写真はカリフォルニア州のダンキン)

外食チェーンが相次ぎ植物肉メニューを「目玉」にし始めた(写真はカリフォルニア州のダンキン)

19年、本物の肉の味わいに似せた植物肉は米国で一大ブームになった。「バーガーキング」「カールスジュニア」「ウマミ・バーガー」「サブウェイ」。肉は好きだが環境問題や健康に対する意識が高い若者を取り込もうと、ファストフード店が雪崩を打って植物肉をメニューに採用したためだ。米調査会社NPDグループによると、植物肉の購入者の90%は普段肉を食べている。必ずしも宗教上の理由などから厳しい菜食主義を貫く「ビーガン」とは限らない。環境や健康に配慮し、ときどき肉を食べない日を設ける「フレキシタリアン」が増え続けている。

 

外食チェーンが相次ぎ植物肉メニューを「目玉」にし始めた(写真はバーガーキング)

外食チェーンが相次ぎ植物肉メニューを「目玉」にし始めた(写真はバーガーキング)

植物肉を提供する飲食店はもはや珍しくない。カリフォルニア州を縦断する旧街道エル・カミノ・リアルを車で走ると「プラントベースド(植物由来)」というポスターを掲げる店が次々と目に入る。メニュー名には「ビヨンド(超えた)」か「インポッシブル(ありえない)」のいずれかの名前が入っている。

 

ビヨンド・ミートのイーサン・ブラウンCEO

ビヨンド・ミートのイーサン・ブラウンCEO

 

■2人のブラウン

その由来は、燃料電池企業出身のイーサン・ブラウン(47)が09年にロサンゼルスで創業した「ビヨンド・ミート」と、米スタンフォード大学の生化学研究者だったパット・ブラウン(65)が11年にシリコンバレーで興した「インポッシブル・フーズ」。この2社が米国の植物肉ブームのけん引役だ。「肉食文化に一石を投じた男たち」と注目を集める2人のブラウンが、ブームを大きな潮流へと変え始めている。

 

インポッシブルのパット・ブラウンCEOはテクノロジーの祭典「CES」で植物肉の社会的な意義を強調した(6日、ラスベガス)

インポッシブルのパット・ブラウンCEOはテクノロジーの祭典「CES」で植物肉の社会的な意義を強調した(6日、ラスベガス)

「気候変動の時計の針を巻き戻そう」。1月8日夜、インポッシブルのパットは、ラスベガスのホテルに集まった政治家や企業幹部ら600人の前で熱弁を振るった。世界有数のテクノロジーの祭典「CES」に「時の人」として招かれたのだ。2日前の記者会見で豚肉に似せた味わいの新製品を発表し、展示会場で2万5千個のサンドイッチを配ったパット。インポッシブルはいまや企業価値20億ドルとも目されるユニコーン企業に成長した。

 

インポッシブルは「CES」で豚肉の味わいに似せた植物肉を発表し、話題を集めた(6日、ラスベガス)

インポッシブルは「CES」で豚肉の味わいに似せた植物肉を発表し、話題を集めた(6日、ラスベガス)

 

■「彼は他の誰とも違った」

インポッシブルの最初の社員で今は海外事業を担うニック・ハーラは、パットと出会った9年前のことを思い出す。11年6月、カリフォルニア州パロアルト市のダウンタウンにある「クーパカフェ」。ベンチャーキャピタルと起業家が出会う場所として知られるシリコンバレーの老舗カフェに、パットはオレンジ色の野球帽をかぶってやってきた。

ハーラは食品大手ゼネラル・ミルズで3年半働いた後、スタンフォード大で再生可能エネルギーについて学んでいた。太陽光発電、電池、輸送の効率化。教授や同級生たちと日々議論するなかで「サステナビリティ(持続可能性)」に関しては誰よりも詳しいと思っていた。

だがこの日、その自信は打ち砕かれた。「本当に持続可能性を追求したいなら、最大の課題は食料システムにおける動物の使われ方だよ」。パットは語り始めた。世界の陸地の45%、水の30%が牛や豚などの畜産に費やされていること、生物の多様性を破壊する要因になっていること――。「彼は他の誰とも違った」(ハーラ)

 

インポッシブル・フーズのパット・ブラウンCEO

インポッシブル・フーズのパット・ブラウンCEO

今でこそ、畜産の環境負荷は広く知られる。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は19年8月、世界の土地利用と気候変動に関する報告書で、食料システムから出る温暖化ガスは人の活動による排出量の21~37%になると推定。温暖化対策のためには穀類中心の食事がよいと推奨した。

ただ、11年の時点ではそれほど目立った研究対象ではなかった。パットの話を聞いて自ら調べ始めたハーラは気づく。「3%でも改善すれば大きな効果があるのに、その技術がまだ存在していない」。農家出身で食品会社のエンジニアをしてきた自分は適任のはずだ。

■惑星企業(プラネットカンパニー)

一獲千金をめざす若者が集うシリコンバレーで「僕らはテック企業で食品企業だが、それ以前に惑星企業(プラネットカンパニー)だ」と理想論を語るパットにほれ込んだ。インポッシブルに入社すると、血の滴る肉らしい味わいを再現する独自原料「ヘム」の開発に明け暮れた。

完成したハンバーガー用パティは見た目だけでなく、味や食感も本物の肉そっくり。「これはいける」という自信はあったが、当初は受け入れてくれる飲食店はなかった。変化が芽生えたのは16年。ニューヨークのレストラン「モモフク・ニシ」がインポッシブルのパティの採用を決めた。

 

2016年に、人気レストランの「モモフク・ニシ」がインポッシブルの植物肉をメニューに取り入れると決めた

2016年に、人気レストランの「モモフク・ニシ」がインポッシブルの植物肉をメニューに取り入れると決めた

米国に70万軒近くあるレストランのうち、たった1軒だが、モモフクを率いるデイビッド・チャンはネットフリックスに自分の番組を持つほどの人気シェフだ。米国のレストランシーンをけん引するチャンが同社の植物肉を採用したという噂はまたたく間に業界で広がり、インポッシブル製品の取扱店は1万5千店に拡大した。19年9月には生鮮食品店での「ひき肉」の販売にも乗り出した。「パットは20年後、50年後を見据えて今とつなげる天才だ」とハーラは言う。

■マクドナルドが採用

一方、インポッシブルと対照的に、まず家庭に浸透したことでファストフード店の人気者へと躍り出たのがビヨンドだ。

 

マクドナルドはカナダで植物肉バーガー「P.L.T.」を試験販売した=ロイター

マクドナルドはカナダで植物肉バーガー「P.L.T.」を試験販売した=ロイター

19年11月、イーサンはカナダのオンタリオ州にいた。米ファストフード大手マクドナルドの店舗を訪ねるためだ。マクドナルドは9月30日から約3カ月にわたり、ビヨンドの植物肉をパティに使う「P.L.T.(プラント・レタス・トマト)」を28店舗のメニューに載せた。サンドイッチの定番メニュー「B.L.T.(ベーコン・レタス・トマト)」をまねた名前だ。イーサンは3店舗をまわって1個6.49カナダドル(約540円、当時)のP.L.T.を購入し、口に運ぶと胸が震えた。「大きな進歩だ」

あくまで試験販売で、場所も米国ではない。それでも手ごろな価格設定と積極的なフランチャイズ展開によって20世紀にハンバーガーを米国の国民食に育て、世界で約3万8千店舗を展開するマクドナルドは「肉食文化」の象徴の一つだ。米国でP.L.T.の本格販売が始まれば、その規模は年2億5千万個を上回る見込み。イーサンの手応えを裏づけるように、マクドナルドは1月14日、P.L.T.の販売店舗を52店に広げた。

■自動車よりも肉

カナダのマギル大で環境学の教授をしている父を敬い、太陽光や風力発電といったビジネスを渡り歩いてきたイーサン。ビヨンドを起業する直前は燃料電池企業のバラード・パワー・システムズで事業開発をしていた。ただある日、ステーキを食べながら環境技術について議論する同僚たちを見て考え込んだ。「最大限にインパクトのある仕事をしたいなら、自動車よりも気候変動への影響が大きい肉の生産に切り込むべきではないか」

 

ビヨンド・ミートは2016年に生鮮食品店「ホールフーズ・マーケット」での販売を始め、知名度を高めた

ビヨンド・ミートは2016年に生鮮食品店「ホールフーズ・マーケット」での販売を始め、知名度を高めた

インポッシブルがモモフク・ニシのチャンを口説いた時期と前後して、イーサンは地元食品や有機野菜の品ぞろえで人気を博していた中堅の生鮮食品スーパー「ホールフーズ・マーケット」を味方につけた。棚の目立つ位置に置かれた植物肉「ビヨンド・ソーセージ」は米国の家庭の食卓にのぼり始め、それを見たファストフードチェーンの担当者たちがビヨンドに声をかけた。いまや世界で5万8000店以上のスーパーや外食チェーンに製品を供給する。ビヨンドの創業初期に投資したオブビオス・ベンチャーズのジェームズ・ジャクィンは「ここまでのうねりになるとは想像以上だ」と舌を巻く。

 

ビヨンド・ミートは19年5月にナスダック市場に上場した=ロイター

ビヨンド・ミートは19年5月にナスダック市場に上場した=ロイター

ウーバーテクノロジーズやリフトなど、業績や株価が期待を裏切る企業が相次いだ19年の米国の新規株式公開(IPO)銘柄のなかで、ビヨンドは公開価格(25ドル)を上回る株価と四半期ベースでの黒字を達成した。インポッシブルのパットもメディアの取材に「競争相手はビヨンド・ミートではなく市場の99%を占めるリアル・ミート」と答えつつ、イーサン率いるビヨンドの上場が植物肉への理解を深めたと認める。

■市場は世界へ

いま、2人の仕掛けは米国を超えて世界へ波及しつつある。ビヨンドとインポッシブルは食肉の最大市場である中国への本格進出をもくろみ、その中国では珍肉(ジェンミート)といった新たな植物肉企業が生まれている。日本でも伊藤ハムや大塚食品が参入し、米コンサルティング会社のA・T・カーニーは40年に植物肉の市場が4500億ドル規模になると予測する。人々が植物肉を月1回食べるようになるだけでも、市場は爆発的に広がる。

 

ビヨンド・ミートは世界最大の食肉市場、中国への本格進出をもくろむ(写真は19年11月に北京で開かれた見本市)=ロイター

ビヨンド・ミートは世界最大の食肉市場、中国への本格進出をもくろむ(写真は19年11月に北京で開かれた見本市)=ロイター

人は12歳までに食べてきたものを一生食べ続ける――。マクドナルドを日本に持ち込んだ藤田田はこう語った。2人のブラウンが投じた一石が波紋を広げ、次世代の日常の味になるならば、マクドナルドから肉がなくなる日も現実となるかもしれない。

=敬称略、つづく

(シリコンバレー=佐藤浩実)