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2011-04-16 14:24:00

今回も「マ-ケティングの定義」の続きを説明しよう。

 

マ-ケティングの定義⑪

 

(4)1980年代(マーケティング不在時代)

① 円高不況とバブル経済の到来

 1980年代前半は、石油ショックから立ち直ったものの、貿易摩擦拡大と情報化技術革新の時代を迎えた。後半に入ると、1985年(昭和60年)10月4日のプラザ合意があり、輸出の伸びが止まり円高不況になった。1987年(昭和62年)4月1日に国鉄が民営化され、「JR」となり、民活が発揮された。また10月19日に「ブラックマンデ-」を迎えた。しかし、1986年(昭和61年)に底にした景気は上昇し、バブル経済期になった。

② 主婦の収入の個人化

 1980年代に入ると、経済の低成長が定着したので、個人消費はその中で動いた。これは耐久消費財の充足度が高かったことと、主婦のパ-トタイマ-による収入は、生活への充足から自分のための消費に変わったものによるものである。

③ 意識の未把握

 個人の生活は、自由時間の増大とダブルインカムによって、価値観の多様性がみられ、消費も多様化や個性化の兆しが出てきたにもかかわらず、消費者の「ニ-ズ」や「ウォンツ」が読み取れてなかった。特に、中流意識が低下しているのにかかわらず、自らつくり出した中流意識の虚構のマボロシを負い続けたのであった。

④ 独自商品の開発

 この時代になると、情報を中心にR&D(Research & Development)とマ-ケティングをミックスにした、企業の創造性を問う組織運営が求められた。その結果誕生した商品は世界で初めてとか、わが国で初めて大量生産を可能にしたものであった。

 ちなみに代表的な商品をあげると、ファクシミリ、デジタル時計、家庭用VTR、パソコン、ウォ-クマン、CD、ファミコン、コンピュータ制御からめ、電子手帳、ウォッシュレットなどである。しかし、これらの商品が、貿易黒字を一段と進行させてしまった。

⑤ 経営組織の転換

 経営組織も、事業部制の再編成、マトリックス組織の開発、分社化の推進、社内ベンチャー化、戦略事業単位の組織化が一段と進み、組織の減量化も積極的に推進された。さらに、生産に関する「かんばん方式」や小売業の「連邦経営」というのが、脚光を浴びたのもこの時期であった。

⑥ POSシステムの登場

 この年代の情報化の特徴としては、POSシステムによる店頭販売管理の情報システムが開発され、特にコンビニエンスストアを中心に、「ジャスト・イン・タイム」のマ-ケティング手法が確立されていった。これは当然のことながら、ロジスティクスの構築への足がりとなり、流通の新たな編成が行われた。

⑦ 経済の低迷

 1985年(昭和60年)のプラザ合意を受けた円高進行には、重厚長大産業のほとんどの企業が流通サ-ビス産業へ進出を検討したが、あまりにも体質の格差があることで、独自の道を切り開かねばならなくなった。1986年(昭和61年)になると、ブラックマンデ-が襲って来て、株価の暴落による経済の低迷は一段と進んだ。

⑧ バブル経済に突入

 円高不況の反省がないまま、景気回復が予想外に早く、バブル経済に突入してしまった。このバブル経済は土地ブームや財テクブ-ムを誘い、消費者の目を狂わせ、普段手の届かない高額商品である宝石とか毛皮とか装飾品の購入に走らされた。この結果、戦略不在を招き、高額品中心の百貨店、専門店、高級レストランが隆盛を極めた。

⑨ 理論の進展

バブル経済に関係なく、レビットの「マ-ケティングの革新」「マ-ケティング・イマジネ-ション」、レビット&コトラ-の「ハ-バ-ト・ビジネスのマーケティング・サクセス」、コトラ-の「マーケティング・マネジメント」「マ-ケティング原理」、ドラッカ-の「イノベ-ションと企業家精神」などが紹介されている。

⑩ 小売業の動向

 1980年代に入ると、消費の低迷と既存店の売上の伸び悩みと同時に大店法の強化によって、総合スーパーが苦戦に陥った。PB商品や無印商品の開発が積極的なると同時にディカウントストアへの進出を図った。

 1981年(昭和56年)には、わが国最大のショッピングセンタ-「ららぽうと」が千葉・船橋にオ-プンし、キイテナントは百貨店と総合ス-パ-、専門店と飲食店で構成され、さながらアメリカを彷彿させるタイプであった。

⑪ フ-ドビジネスの動向

 海外企業の進出としては、1980年「ウエンディズ」「サバティ-ニ(フイレンツエ)」、「ココス」1982年「ジョ-ズ・スト-ンズ・クラブ」1983年「スパゴ」「ハ-ド・ロック・カフェ」、1984年「トゥ-ルダルジャン」「ハ-ゲンダッツ」、1985年「スパゴ」「ドミノピザ」「ホブソンズ」、1987年「フロ」が登場した。

わが国の登場企業としては、1980年「ジョナサン」「ドト-ルコ-ヒ-」、1983年「藍屋」「カ-ニバルプラザ」が話題になると同時に、「キイウエストクラブ」が東京・原宿に開店し、「カフェブ-ム」の先駆者となった。1986年「バーミャン」「ちりめん亭」、1987年「プロント」が開店した。

 1987年(昭和62年)1月に「マクドナルド」が「サンキュ-セット」を販売を開始し、それを追うように「ロッテリア」が「サンパチセット」を販売し、ディスカウント戦争が巻き起こった。

⑫ サ-ビス業の動向

 1983年(昭和58年)4月15日に「東京ディズニ-ランド」がオ-プンし、本格的なテ-マパ-ク時代の幕開けとなった。1987年(昭和61年)「ダスキン」が病院給食、1988年(昭和63年)「タ-ミニックス」を開業した。

⑬ フランチャイズ・ビジネスの動向

1980年代は、持ち帰り弁当と居酒屋のブ-ムが起こると同時に第3次ブ-ムとなる。また米菓、漬物、健康食品、靴下、自動車工具、漢方薬局、回転寿司、寿司宅配、飲茶、ピザ宅配、フロ-ズン・ヨ-グルト、害虫防除、レコ-ドレンタル、総合レンタル、洋服のリフォ-ム、不動産仲介、引越しサ-ビス、絵画リ-ス、カルチャ-スクール、電話金融、ダンススク-ル、スポ-ツクラブ、ファミコン、ふとん乾燥、パティ用品レンタル、家事代行、TVゲ-ム・リサイクル、のフランチャイズ化が開始された。