その店はインド南部の都市、チェンナイ(Chennai)の中心市街地から車で50分ほど、ベラッカリー(Velachery)と呼ばれる地区の、ショッピングモールの脇道沿いにあった。ラーメン専門店「秋平 AKI BAY」。ガラス窓から中を覗くと、和風の内装とカウンター、テーブル、揃いのTシャツを来た数人のスタッフの姿が見える。
間違いない。日経ビジネス9月28日号特集「インド人CEO 世界を制す」の取材で訪ねた複数の日本人駐在員が「今、チェンナイで一番ホットな話題」と、異口同音に語っていた店だ。
ホットな理由は3つある。
1つ目は、チェンナイではラーメン専門店という業態自体が珍しいこと。気温30度を超える日が珍しくなく、冬でも最低気温が19度と温暖な地域のため、「熱い汁に麺を入れて食べる」という習慣がない。それゆえ、日本食レストランでラーメンを用意している店はあっても、AKI BAYのようなラーメン専門店は他に1店舗あるだけだった。またその店の顧客も、チェンナイに約800人いる日本人駐在員とその家族が中心だった。
そんな土地に「インドの人がターゲット」と明言してベジタリアン向けメニューを揃え、製麺からこだわる店が出てきたものだから、地元紙「Hindu」や「Deccan Chronicle」などがこぞって取り上げた。
2つ目は、店主である秋元聡氏(42歳)のバックグラウンドだ。秋元氏は日本でラーメン店を経営していたわけでも、外食チェーンの海外展開部隊としてインドにやってきたわけでもない。彼は2012~2013年まで日産自動車のチェンナイ拠点に駐在していた、元エンジニアなのだ。新興国市場向けブランド「ダットサン」のシャシー開発に携わっていた。
秋元氏は2014年春に日本に帰国した後も日産で働いていたが、ラーメン評論家の石神秀幸氏による職人養成塾の存在をテレビ番組で知ったことが転機になる。「意欲ある若者に投資をして、インドにラーメン文化を紹介できたら面白い」とひらめいたのだ。
しかし、投資プランを練れば練るほど、「チェンナイに地の利がある俺が適任者ではないか」という考えに変わっていったそうだ。ラーメン作りの経験はなかったが、職人養成塾で修行し、今年3月末で日産を退職。4月には再びチェンナイに渡った。
そして3つ目は、開業を決めてからのスタートダッシュが華々しいことだ。インドは地下鉄の工事しかり、日本企業の進出しかり「遅々として進む」と評されることが多い。そんな中、秋元氏は渡印からわずか3カ月でのオープンを果たし、AKI BAYは開店1カ月目から黒字発進した(単月収支ベース)。最近では平日で約50杯、土日は約100杯のラーメンを販売し、主要ターゲットに掲げたインド人のお客さんも全体の6割を占めるようになってきている。
現地では決してメジャーな食べ物ではないラーメンの専門店を、元エンジニアの日本人が、うまく経営している。これが「ホットな話題」と言われる所以だ。(もちろん、日本人駐在員にしてみれば、インドにいながら日本のラーメンが食べられるというだけでも大きな話題ではあるが)
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