米国の老舗高級レストラン、新型コロナ対応で見事な業態転換(画像)

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)対策のために世界中で封鎖措置が取られるなか、外食産業が悲鳴を上げている。米シアトルにある家族経営の老舗高級レストランは機敏に対応し、ビジネスモデル全体を設計し直した。「変わっていないことが2つある。人は食べる必要があり、働く必要があるということだ」――。

米シアトルの老舗高級レストラン「Canlis(キャンリス)」のサイト。業態転換することが告知されている
米シアトルの老舗高級レストラン「Canlis(キャンリス)」のサイト。業態転換することが告知されている
[画像のクリックで拡大表示]

 「Canlis(キャンリス)」は、語り継がれる歴史を誇り、レイクユニオンを一望できるシアトル屈指の老舗高級レストランだ。だが、ここワシントン州、特にシアトルがあるキング郡は今、米国で新型コロナウイルス危機の震源地になっている。このため、共同経営者のマークとブライアンのキャンリス兄弟は、高級料理を楽しむことなど誰も考えないようなときに経営を持続するには、ビジネスを見直す必要があることが分かっていた。

ダイニングルームを閉鎖し、3つのポップアップ店をオープン

 新型コロナウイルスのパンデミックに直面し、兄弟は顧客が“いる場所”で顧客と会うことに決めた。顧客の自宅がその場所だ。

 キャンリスは2020年3月16日にレストランのダイニングルームを閉鎖した。創業69年の歴史上、3度目のことだ(過去に一時閉鎖したのは、ジョン・F・ケネディ大統領の暗殺事件の後と、15年にレストランの近くで起きた「悲惨な交通事故」の後だった)。そして通常店舗の代わりに3つのポップアップ店舗をオープンした。ベーグルショップとドライブスルー式のハンバーガーショップ、そしてワインが1本付く「ファミリーミール」宅配サービスだ。3つのサービスすべてを平日に提供する。

 このアイデアが生まれたのは、会社全体に不安感が漂う中で開かれた20年3月4日のチーム会議でのことだ。シアトルでは観光業の収益が既に落ち込み、レストランも大きな打撃を受けていた。マーク・キャンリス氏によると、当初は生き残るための戦略を模索していた。

 だが、「そこには希望がない」と同氏は言う。「守備を固めるのと同じくらい攻撃も仕掛けなければならない。であれば、1から作り直すとしたら、うちのレストランはどんなふうになるか考えた。もし街に食べ物を与え、復興するのが自分の仕事だとすれば、新しいルールの中でやらなければならない」。

業務システムや物理的なスペースを一から見直し

 20年3月9日、チームはレストランの業務システム全体を再設計し始めた。フライヤー(揚げ鍋)が1台しかない調理場を拠点として1日1000個のハンバーガーを提供するにはどうすればいいか。スタッフの能力を最大化するにはどうすればいいか。115人の従業員を維持するにはどうすればいいか。それぞれ考える必要があった。

 幸い、あるレストラン用品会社がフライヤー1台と業務用ミキサーを寄付してくれた。一方、調理場の仕切り役のメリッサ・ジョンソン氏が「ベーグルの女王」になり、レストランの庭に設置された貨物コンテナでベーグルを焼くことになった。そして接客係は配達員として動員された。

新しいアプローチは、レストランの物理的なスペースを新たな目で見直すことも意味した。キャンリスはダイニングルームから美しい景色を見渡せるが、交通量の多いハイウエーがすぐそばを走っている。高級レストランでは、この立地は必ずしも強調したい要素ではない。だが、テークアウトを提供するのであれば、セールスポイントになる。

 

 マーク氏によると、キャンリスはハンバーガー1000個に加え、1日400~500個のベーグルを焼き、夜には1晩200個の持ち帰り用ディナーを作る見込みだ。ちなみに従来、普通の日には、キャンリスには150~200件の予約が入っていたという。

 

地域コミュニティーが結束

 

 キャンリスのこうした適応には、地域のコミュニティーが力を合わせて店に協力したことが大きく寄与している。地元のシーフード会社は、誰も買ってくれないため、魚介類をキャンリスに寄付した。パッケージ会社は容器などを寄付した。そしてキャンリスは予約管理プラットフォーム「Tock(トック)」と協力し、ものの数日で「レストランを宅配サービスに変えた」。

 

 キャンリス側も誓ったことがある。今後も高級レストランのときと同じ取引業者から材料や機器を買い続けることを約束したのだ。ただし、牛肉は当面、ひいてハンバーガー用パティにする。

 

 この新しいモデルの職場で働き続けるかどうかは、従業員の任意の選択としたが、全員が残った。また、キャンリスは従業員に無利子の融資も提供する。「キャンリスがこういうことをやっているのは、たいしたことじゃない」とマーク氏は言う。「誰かにこの記事を読んでもらい、たとえレストランやキッチンを経営していなかったとしても、『これは自分にも当てはまる、彼らがやっていることは自分にもできる』と思ってほしい」。

 

 キャンリスの準備はタイミングがよかった。20年3月15日の日曜日、ワシントン州のジェイ・インズリー知事が州内のバーとレストランをすべて一時的に閉鎖すると発表したからだ。テークアウトと宅配サービスはまだ営業を許される。

 

「創造的、楽観的に考える許可さえあればいい」

 

 新型コロナウイルスが猛威を振るい、感染が拡大するにつれ、さらに多くの都市や州が、ワシントン州知事の決定に追随するとみられている。営業を続け、従業員の雇用を守るために、レストランは新たなモデルを見つけなければならない。

 

 「変わっていないことが2つある。人は食べる必要があり、働く必要がある、ということだ」。マーク氏はこう話す。「世の中には素晴らしい解決策を生み出せる素晴らしい人が大勢いる。我々はただ、創造的かつ楽観的に考える許可、『自分たちにはできると思う』と言う許可さえ与えてもらえればいい」。

 

By LILLY SMITH

 

オリジナル記事はこちら

 

オリジナル記事はマンスエト・ベンチャーズの一部門であるファスト・カンパニーが掲載
©2020 Mansueto Ventures LLC.

https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00079/00049/