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2020-05-16 17:26:00

Withコロナ時代のフードテック5つの視点 「食の再定義」が始まる

 
 
 
 
 
 
 
岡田 亜希子
シグマクシス Research/Insight Specialist
瀬川 明秀
シグマクシス Principal
Withコロナ時代のフードテック5つの視点 「食の再定義」が始まる(画像)

 

植物肉や培養肉といった代替タンパク質、食のデジタル化を象徴する「キッチンOS」プラットフォーマーの勃興など、世界で巻き起こる食分野のイノベーションを取り上げる本特集。第1回は、猛威を振るう新型コロナウイルスの影響下で今、食分野では何が起き、フードテックはどんな貢献をしていけるのか、探った。

外出自粛が続く中、コンタクトレスのフードデリバリーが代表するように、食分野のビジネスも大きく様変わりしていく(写真/Shutterstock)
外出自粛が続く中、コンタクトレスのフードデリバリーが代表するように、食分野のビジネスも大きく様変わりしていく(写真/Shutterstock)
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 新型コロナウイルスによるグローバル規模の大流行(パンデミック)により、人々の健康、生活、産業活動すべての側面でディスラプション(崩壊、混乱)が起こっている。いまだ、未曽有の危機が続く中、世界のフードテックコミュニティーでは、「コロナ禍で私たちが学ぶべきこと」「どんなアクションを取るべきなのか」など、活発な議論がなされている。

パンデミックで食分野はこう変わった

 新型コロナ感染の拡大で国ごとロックダウン(都市封鎖)を実施し、厳格な外出制限がかかったイタリア。ロックダウン開始後、食料品のオンラインデリバリー販売がそれ以前と比べて90%も増加している。学校も閉鎖されたことで、子供たちの食事へのアクセスが制限され、給食向けに卸していた食材は行き場を失っている。

 また、米国の外食業界では、70%がレイオフを実施、44%が一時的な閉店に追い込まれた。一方、これまで苦戦してきたミールキット宅配サービスが改めて注目を集め、有力企業のBlue Apronの株価が2倍以上に跳ね上がった他、家庭での料理の機会が増え、調理家電の売り上げも急激に伸びている。米国ではホームベーカリーの販売台数は前年同期比で8倍に増えているという。

 都市封鎖で都市への食料供給が滞り、農作地帯においてはフードロスも発生している。多くの米国の酪農家は、1日当たり乳牛480頭分の牛乳(約4700ガロン)を廃棄せざるを得ない状態だという。これらはほんの一例であり、どの国でも今、不都合な状況が続いている。

 こうした食のディスラプションは、社会課題をも浮き彫りにした。米国では、新型コロナウイルス感染者のうち、黒人の死亡率が高いことが問題視されている。米APM Research Labの統計(2020年4⽉16⽇時点)によると、感染者数10万人当たりの死亡率は、白人が4人、ラテン系が4.1人、アジア系が5.1人なのに対し、黒人は14.2人に跳ね上がる。これは黒人に貧困層が多く、安価な加工食品を多用する食生活から肥満・糖尿病の持病を抱えている比率が高いことが要因として挙げられている。「フードデザート」と呼ばれるこの社会課題は、以前から問題視されていたのだが、今回のパンデミックの被害が集中してしまった格好だ。

 また、今回のウイルスがどこで発生したかは諸説あるところだが、関連して現在の「工業的畜産」の在り方に警鐘を鳴らす専門家もいる。現代は技術進化によって、狭い場所でも大量の家畜を育てられるようになったが、動物と人間との距離が縮まったことで新たなウイルスへの接点も増えたことを危険視しているのだ。これまで、動物愛護や地球環境保護の観点から肉食を減らし、植物性代替肉に切り替える動きがあった。だが、今後は「感染症対策」として、「食」の動物への依存度を減らすべきだ、という専門家の声もある。実際、Nielsenによる米国の購買データによると、3月最終週の米国における植物性代替肉は、鮮肉で前年比256%増、加工肉製品で同50%増となっている。

米植物肉大手のインポッシブルフーズは、20年3月に約5億ドル(約537億円)の資金調達を行い、需要急増に対応してカリフォルニアやネバダ州などのスーパーマーケットなどの展開を強化。また、1月に開催された「CES 2020」で発表した植物性の豚肉代替品「インポッシブルポーク」やソーセージの開発を急ぐ。写真は米スーパーマーケットチェーンのWegmansの店頭(写真提供:インポッシブルフーズ)
米植物肉大手のインポッシブルフーズは、20年3月に約5億ドル(約537億円)の資金調達を行い、需要急増に対応してカリフォルニアやネバダ州などのスーパーマーケットなどの展開を強化。また、1月に開催された「CES 2020」で発表した植物性の豚肉代替品「インポッシブルポーク」やソーセージの開発を急ぐ。写真は米スーパーマーケットチェーンのWegmansの店頭(写真提供:インポッシブルフーズ)
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フードシステムをどうRESETするか?


2020-05-16 17:22:00

外食のコロナ禍、キャンセル率5割も…データが語る壮絶ダメージ

2020.5.13 5:25
キャンセル率5割! データが語る外食のコロナ禍はこんなに壮絶だ
Photo:Buddhika Weerasinghe/gettyimages

新型コロナウイルスで最も深刻な打撃を受けているのが外食産業だ。緊急事態が緩和された現在でも、休業を継続したり、営業時間を大幅短縮したままだったりするレストランや居酒屋は多い。業界が受けたダメージの甚大さは、データで見ると一目瞭然で分かった。平常復帰はまだまだ遠そうな状況の中、飲食店にはどんな生き残り策があるのだろうか。(ダイヤモンド編集部 高口康太)

外食産業のコロナ禍は
緊急事態より早かった

 新型コロナウイルス肺炎による経済被害が広がっている。業種によってダメージの濃淡があるが、最も深刻な被害を受けた業種の一つは外食産業だろう。飲食店予約顧客管理システムを提供する新興企業、Tablecheck(テーブルチェック)の予約データから、そのダメージの大きさが見て取れる。

 データはテーブルチェックの管理システム「テーブルソリューション」を導入している国内の飲食店の予約状況を集計したもの。対象店舗は2020年4月時点で4430店に上る。

 1店舗あたりの平均予約件数は今年4月には2.8件にまで落ち込んだ。前年同期は14.7件から86%ものマイナスとなった。ただし、新型コロナの影響は4月から始まったわけではない。2月1日から5月6日までの店舗あたり平均予約件数を見ると、3月上旬から影響は出ている。

 7都府県での緊急事態宣言が発令された4月7日から状況はさらに深刻化するとはいえ、自粛ムードそのものは3月頭から高まっていた。花見客の多さなど、日本人のゆるさを取りあげる報道が多かったが、データから見る限り一貫して警戒感は高まり続けている。

https://diamond.jp/articles/-/236909?utm_source=daily&utm_medium=email&utm_campaign=doleditor&utm_content=free

 

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キャンセル率は4月中旬が最悪だった

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2020-05-16 17:19:00

北欧の日本食市場
ストックホルム食品輸出商談会の報告

2020年5月7日

ジェトロ・ロンドン事務所が主催して2019年10月14日、スウェーデンの首都ストックホルムで、北欧地域のバイヤーを対象とした食品輸出商談会を開催した。本稿では、開催に当たって収集した北欧地域の日本食市場の現状と商談会の概況や成果について、2月に実施したフォローアップの内容も含めて報告する。

フィンランドでは日本産米の輸入が急増

日本から直行便が飛び、ムーミンでもなじみがある北欧のフィンランドでは近年、日本食人気が高まり、浸透も進んでいる。日本食レストランは多くの場合、日本人の関与はなく、現地のアジア系住民が経営している。また、現地系ラーメン店がチェーン展開を始めている。さらに、少数ながら、日本人経営の日本食レストランや、日本食の要素を取り入れた中・高級のフュージョン・レストラン(注1)などもできている。

フィンランドで近年特徴的なことは、日本からの米輸入の急増だ。日本の農林水産省の資料によると、2019年には日本から欧州向け輸出量でフィンランドはフランス、ドイツを抜き、英国に次ぐ第2位に躍り出た(表参照)。人口が英国の10分の1に満たないフィンランドで英国の約4割に相当する日本産米を輸入しており、極めて突出した値と言えよう。

表:主な欧州各国への米の輸出数量推移(単位:トン)
国名2015年2016年2017年2018年2019年
英国189326695422450
フィンランド11247183
ドイツ91906292140
オランダ5396105112102
フランス3339617893

出所:財務省「貿易統計」から作成された農水省資料「商業用米の輸出実績」

本産米の消費経路にも、フィンランドには大きな特徴がある。英国の場合、高価格帯の日本産米はその大半を日本人駐在員が消費しており、英国人の口に入るのは、一部の高級レストランで提供される場合などごく一部に限られる。他方、フィンランドでは、年間183トン(2019年)の日本産米の大半がフィンランド人によって、しかも、その大部分がわずか1店舗のスーパーマーケットを通じて消費されている。具体的には、首都ヘルシンキから北へ電車で30分ほど行ったヤルベンパー(Järvenpää)という街の大型スーパー「シティマーケット」の持ち帰りずしコーナーだ。同店は、2019年のIGDアワード(注2)の年間最優秀店舗の表彰を受けるなど、大きな成功を収めているスーパーだ。すしコーナーでは、競合他店との差別化を図るため、日本産米とワンランク上のネタを用いて提供し、これが大ヒット商品となっている。フィンランドでは、同店の成功を受けて他のスーパーでも、持ち帰りずしに日本産米を導入する動きが広がりつつある。価格面で不利な日本産の食材も、適切なパートナーと結びつけば、欧州市場での成功の余地があることを示している。

スウェーデンでも日本食市場が拡大中

隣国スウェーデンは、人口1,023万人(2018年)、GDP5,561億ドル(同年)と、北欧4カ国の中で人口・経済規模ともに最大。また、1人当たりGDPは5万4,356ドル(同年)で、日本の3万8,343ドル(2017年)と比較しても高所得の国だ。これらの要因から、輸送コストを含めると高価になりがちな日本産食品にとって、北欧の中でも特に潜在的な成長可能性がある市場と言える。

日本食の浸透具合はフィンランドとおおむね同程度だ。すしは既に定着しており、ストックホルムには多数のアジア人経営のすしレストランがある。また、中華料理やタイ料理のレストランがすしビュッフェを併設しているケースも多い。ラーメン人気もフィンランドと同様で、その数は増えており、複数店舗を構える人気店も出てきている。現地の日本食関係者によると、すしに関しては、品質の低い店が淘汰(とうた)されているものの、全体的には依然として成長軌道にあるという。ラーメンに関しては、すしほどの規模や勢いはないが、着実に市場規模を拡大しているとのことだ。一方、すしやラーメン以外に、広く認知を獲得して日常的に食されている日本食はまだ少ない。Yakinikuという言葉には一定の認知はあるが、必ずしも日本式の薄切り肉の焼き肉を意味するわけではない。

流通市場については、日本産の食材を定期的にスウェーデンに輸入している輸入卸は、日本食専門卸2社と、寿司ネタ等の水産物を中心とする現地卸2社の、計4社とみられる。その他、日本以外のアジア圏から仕入れた日本食材(中国産ののり、韓国産のうどんなど)を扱うアジア食材卸が数社あり、スウェーデンでは日本産の食品や食材の多くはこれら10社程度のサプライヤーによって供給されている。

小売市場に関しては、日本人経営の日本食材専門店が2店舗あるほか、アジアンスーパーや自然食品を中心に扱う高級小売店でも、しょうゆやみそ、豆腐、海藻類などの日本食材がある。また、国内大手スーパーのイーカ(ICA)、コープ(COOP)、ヘムショップ(Hemköp)ではいずれも、しょうゆやのり、わさび、酢といったすし関連商品や、照り焼きソース、即席麺などの定番商品も取り扱っている。しかし、これらのスーパーの棚に日本産の商品はほぼなく、中国産や現地製造の商品が大部分を占めている。大手スーパーはプライベートブランド(PB)化を進めており、しょうゆや照り焼きソースなどでPB商品が展開されている。

商談会ではビーガン向け商品にも注目

ジェトロ・ロンドン事務所では、スウェーデンをはじめとした北欧市場で日本産食品の取り扱いを増やすべく、2019年10月14日、ストックホルムで食品輸出商談会を開催した。日本企業13社が参加し、各種調味料や麺類、水産物、のり、日本茶、乾燥野菜などの商品を紹介した。また、近隣のフィンランド、デンマーク、ノルウェー、エストニアからもバイヤー(調達・購買担当者)を招いた。

商談会では、来場者の属性に応じた効果的な商談機会を提供するため、卸・インポーターを対象とする午前の部と、レストラン関係者の午後の部に分け、2部構成で開催した。午前の部では、参加バイヤーにあらかじめ商談相手の希望を聴取し、時間割り方式のマッチングを組むことで、限られた時間の中で確度の高い商談を実現する一方、午後の部は出入り自由の回遊方式とし、積極的に試食機会を提供することに重点を置いた。

参加した卸・インポーターのバイヤーからは、大豆を原料に用いたビーガンミートや、牛乳の代わりに豆乳を使った大福、動物由来の成分を使用しない即席麺などを評価する声が聞かれた。これには2つの背景が考えられる。1つは、ベジタリアンやビーガンなどの菜食主義者向け商品としてのニーズだ。英国などと比較すると、スウェーデンでの菜食主義の広がりはまだまだ限定的との声も聞かれる一方で、すしネタとして作られたマグロの代替品が伸びているといった指摘もあり、菜食主義市場も一定の存在感を示しつつあることが考えられる。2つ目としては、EUの規制上のハードルが挙げられる。日本からEUに輸出可能な動物由来の食品は限られる中で、動物由来の成分を含まない商品の規制は少なく、バイヤーとしても取り扱いに前向きになりやすい。

このほか、わさびやのり、ゆず製品といった定番商品を評価する声も多く聞かれた。例えば、しょうゆに関して、既に量産品が大量に出回っている中で差別化のために特色ある製品を求めるバイヤーもおり、参入の余地はまだまだあるように感じられた。また、黒酢や黒ニンニクなどのニッチな商品にも一定の関心が示された。

レストラン関係者はマヨネーズやゆず関連商品、ラーメン、わさびなどに高い関心を寄せた。マヨネーズはサラダやトーストのトッピングなどとしてさまざまな利用方法がある点が評価された。ゆずは日本の味として広く北欧で認知されており、すしのトッピングや料理の風味付けなどさまざまな場面で利用できる点に好感が持たれた。また、出展されたラーメン全般も好評を博したが、中でもビーガン用ラーメンが近年のラーメン人気とビーガン需要の高まりを受けて高い評価を得ていた。


商談会の第1部は時間割り方式とし、あらかじめ組んだマッチングに
基づいてバイヤーと出品者の個別商談が行われた(ジェトロ撮影)

商談では価格戦略や柔軟な対応がカギに

通常は商談から取引開始まで時間を要することが多い。しかし、今回は商談会開催から約4カ月で取引を開始しているケースも複数確認できた。要因は、前年の商談会に参加した欧州側バイヤーに日本産食材の取り扱いに関するノウハウが蓄積されたこと、日本の参加者にも欧州市場に比較的慣れてきた企業が多かったことがある。加えて、現在は日本からの直接の輸入ルートを持たないものの、商談会の参加事業者との商談を契機として自社での直接輸入を検討しているアジア食材インポーターもいた。

また、既に取引が開始されていた商品の中には、現地では相当な高価格となる調味料も含まれる。取り扱いを決めたバイヤーによると、高級レストランなどからのニーズを見込み、まずは少量から開始したという。こうした商品のメーカーは海外輸出の経験が豊富で、バイヤーとのコミュニケーションがスムーズに進んだことも、成功要因の1つだ。このことは、高価格帯のニッチな商品であっても、品質や独自性で他社との差別化が図られており、かつ、現地バイヤーと円滑なやり取りが可能であれば、成約に至る可能性が十分にあることを示している。

他方、大手スーパーなどのメインストリームへの販売に当たっては、一般消費者に受け入れられる価格設定が不可欠だ。例えばラーメンのような商品であれば、中国産や韓国産、タイ産など他のアジア産製品との競合が避けられず、いかに価格を抑えられるかがポイントとなる。また、商談会の参加バイヤーからは、PBへの対応可能な麺類を求める声も上がっていた。PB商品として取り扱ってもらうには、パッケージや内容量の調整など柔軟な対応も求められるが、こうしたニーズに応えることができれば、大きな需要を取り込むことができよう。

北欧の日本食市場は、すしやラーメンは定着しつつあるものの、まだまだ発展途上だ。他方、フィンランドでの日本産米の成功が物語るように、購買力のポテンシャルは高く、発展途上であるからこそ商機が眠っているとも言える。こうした意味で魅力的な市場と言えそうだ。


注1:
さまざまな国の多様な料理の要素を合わせ持って作られた料理を提供するレストラン。
注2:
英国に拠点を置く日用品卸売協会(The Institute of Grocery Distribution)が主催する国際的な賞。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所(執筆時)
芳賀 隼人(はが はやと)
2010年、七十七銀行入行。2018年4月からジェトロへ出向し、現在ジェトロ・ロンドン事務所勤務。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
市橋 寛久(いちはし ひろひさ)
2008年農林水産省入省、2017年7月からジェトロ・ロンドン事務所。

2020-05-16 17:14:00

コロナで好機到来、人工肉に引く手あまた

スーパーの代替肉商品の売上高は5月2日までの9週間に264%増となった

The $800 Million Meatless Meat Industry Is Just Heating Up
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ビヨンド・ミートやインポッシブル・フーズ、既存食品メーカーの一部は人工肉が人々の食生活を変える可能性に賭けている。その見方は正しいのか?(英語音声・英語字幕あり)
 

 新型コロナウイルス感染拡大で食肉加工工場の操業が停止したのを受け、植物由来食品メーカーは先を争うようにスーパーの精肉売り場の空きスペースを埋めようとしている。

 人工肉メーカーのビヨンド・ミートやインポッシブル・フーズ、トーファーキーなどは増産に乗り出し、植物由来の代替肉製品により多くの消費者の関心を引きつけるため割引価格で販売したり、販路を拡大したりしている。時には主力の精肉製品が足りない食品スーパーチェーンの要請を受け、納品することもある。


2020-05-16 17:11:00

中国の日系企業で働くため3月に上海入りした私は、地元政府の新型コロナウイルス感染防止対策により定められた14日にわたるホテルでの隔離生活を余儀なくされた。防護服を着た職員が行き来する中、ホテルの部屋から出ることもできない生活は不安で心が押しつぶされそうになった一方、食事は予想よりおいしかった。「隔離仲間」との交流も生まれた。ホテルでの隔離生活について報告する。(NNA=青山なつこ)


上海市の空港から隔離ホテルに向かう中国人ら

上海市の空港から隔離ホテルに向かう中国人ら

日本人は私だけ

3月中旬、上海市の浦東国際空港に到着した後、地元政府が用意したバスに乗せられた。隔離のため同じホテルに向かったのは計7人だったものの、日本人の私以外は全て中国人だった。「刑務所のようなひどい環境のところに連れて行かれるかもしれない」と心配していた。到着したのは上海市の金融街にある高級ホテルで、正直、ホッとした。

このホテルには既に60人以上が隔離されており、今後300から400人の受け入れを予定していることも分かった。ホテルの職員は「昨日は韓国人と米国人が来たが、中国語が通じずに参ったよ」と話していた。中国に留学経験があったので言葉に不自由しなかった。

隔離された部屋は17階にあり、約20平方メートルの広さ。大きな窓があり、清潔感があった。大型のテレビや冷蔵庫も備え付けられている。学業を終えたばかりの20代の女性としては、ぜいたくな気分になった。日本の番組こそ見られないものの、中国各地のニュースや映画専門など計54チャンネルを見ることができた。

飛行機が上海の空港に到着してから既に6時間以上が経過し、へとへとだった。幅2メートルのダブルベッドはふわふわして寝心地はよく、この夜はぐっすりと眠った。


ホテルに到着した人の隔離手続きをする防護服の人

ホテルに到着した人の隔離手続きをする防護服の人

防護服の男女が行き来、顔面に消毒液

朝になると、廊下からバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。防護服に身を包んだ「保健所の職員」と名乗る男女が、各部屋に弁当を配っている。食事は午前7時と正午、午後6時。防護服の職員は、同じフロアにある全ての部屋の前にお弁当を並べ「ご飯だよ」と叫ぶと、そそくさとエレベーターで退散していく。隔離された人たちとの接触を避けるためだ。防護服の職員は、細い管を片手に、透明な消毒液を廊下に散布して回る。

通常は1日3回、朝食と昼食それに夕食を配り終えた1時間後に実施するが、多い時は1日に計5回。廊下だけでなく、各部屋のドアにもまんべんなく消毒液を吹きかける。廊下から部屋に入ってくる鼻をつくような臭いは、小学校のプールを思い出す。

部屋のゴミは、指定の黒いビニールの袋に入れて午後7時までに部屋の前の廊下に置かなければならない。ある日ゴミ袋を出すのが遅れ、慌ててゴミ袋を出しにドアを開けると、顔面いっぱいに消毒液を浴びてしまった。消毒液が入ったタンクを背負った職員は何事もなかったかのように、そのまま立ち去った。

トイレで大の用を足した後は洗浄剤で便器をきれいにしなければならない。排せつ物から感染する恐れがあるため、毎回、錠剤を10個便器に放り入れ、1時間後に洗い流してトイレの衛生環境を守る。部屋の掃除やベッドメーキングのサービスはなかった。風呂はシャワーで、きちんとお湯が出る。バスタオルの交換はないが、歯ブラシなどは4セット置いてあった。


隔離3日目に配られた夕食

隔離3日目に配られた夕食

典型的な中国料理

隔離2日目の朝食は、豆乳と中国風揚げパン、味付け卵と包子(肉まん)だった。典型的な中国式の朝食を前にし「上海に来た」と改めて実感した。豆乳は日本のものと比べ水っぽいが、ホットなので体が温まる。

昼食はプラスチック容器いっぱいに詰められた温かい弁当。白米に3品の副菜が付いている。白菜炒めとセロリ炒め、それと大根の酢あえだ。主菜はローストダックで、デザートにヨーグルトも添えられた。食事は量が多いので腹いっぱいになる。夕食は、白米に豚肉ときくらげの炒め物、青菜炒めとラー油で炒めた大根。団子と冬瓜(とうがん)の煮物が主菜だった。団子は牛肉なのか豚肉なのか、はたまた羊肉なのか。食べても何の肉なのか結局分からなかった。生野菜が食べられなかったのは残念だが、結構おいしかったのは事実。日本食が少し恋しいものの「隔離生活も快適に過ごすことができるかもしれない」と思い始めたが、その後の隔離生活でその思いは裏切られた。


寒くて眠れず、ひどい頭痛に

隔離された人に配る弁当を片手に検温の結果を確認して回る保健所の職員

隔離された人に配る弁当を片手に検温の結果を確認して回る保健所の職員

隔離5日目、寒さで目が覚めてしまった。頭がガンガンする。スマートフォンで時刻を確認するとまだ午前5時だった。新型コロナウイルス感染症の対策として、ウイルスが拡散しないようホテル全体の空調設備の使用が禁止されており、室内の温度は12度前後。それに昼間は日光があまり差し込んでこない。掛け布団も薄いタイプのため、毎晩ダウンジャケットを着用し、小さく体を丸めて寝ていた。

睡眠不足に加え、ひどい片頭痛。体温を測ると36.9度だった。隔離生活に入ってから最も高い。保健所の職員も「ちょっと要注意ね」の一言。検温で繰り返し37.3度を超えるようなら診察を受けなければならないらしい。

午後になっても食欲はない。手足がかじかみ、頭痛がますますひどくなってきた。一人ではどうしようもなくなったので、勤務する上海の会社に連絡し、体を温められるものを送ってほしいと頼んだ。頭が痛くて何をするにも集中できず、ベッドで横になっていた。

夕方、湯たんぽと毛布、使い切りカイロが部屋の前に届いた。急いで湯を沸かし、湯たんぽの口に注ぎ込んだ。ぽかぽかの湯たんぽを抱きながら、深い眠りに落ちていた。翌朝の体温は35.8度まで下がり、すっかり体調は回復した。


筆者が隔離されていた上海市内のホテルの部屋

筆者が隔離されていた上海市内のホテルの部屋

接触避け、厳戒下の検温

朝食と夕食の前には「検温」が義務付けられていた。隔離された人それぞれに1個ずつ水銀の体温計が配られていた。体温を測ってドアの前の廊下にある台に置いておく。その後、防護服に身を包んだ保健所の2人組がやって来て、一人が検温の結果を確認し、もう一人が用紙に記録。体温計を台に戻し、隔離された人と接触しないようにして立ち去る。厳戒下の検温だ。

4日目から電話で報告する形に変更になった。隔離した人と接触しないようにするためということだった。隔離された人が体温計を廊下に出し忘れた場合、保健所の職員が部屋の前に呼び出し、おでこにデジタル式の体温計をかざして測らなければならなかった。体温計を出し忘れる人が後を絶たず、マスクをせずに部屋から出てくる人も多い。

保健所の職員の安全を考えれば、電話での報告はよい方法かもしれないが「報告した体温が正確かどうか確認できないのではないか」と不思議だった。中国人の男性は隔離が終わった後に「検温を電話で報告するようになってから、まともに検温しなくなっちゃったよ」と話していた。


親切な中国人の男性

カードキーを使えず部屋に入れなくなった中国人男性(右)と、鍵を開けた防護服の職員

カードキーを使えず部屋に入れなくなった中国人男性(右)と、鍵を開けた防護服の職員

飲み水にも困った。ホテルに到着した日に500ミリリットル入りのミネラルウオーターを2本渡されただけ。これで14日をすごせということだった。

保健所の職員によると、このホテルはミネラルウオーターが不足している。「必要なら部屋の洗面所の水を沸かして飲むように」と言われた。中国の水道水を飲んで腹を下した経験があった。防護服を着た職員が食事を配るところを見計らい、飲料水をもらえないかと何度も交渉したが、「部屋から飛び出してくるな」と注意されてばかり。仕方なく、部屋で沸かした湯を恐る恐る飲んで、喉の渇きを癒やした。鉄のような臭いがしたので、息を止めながら飲んだ。

コンコンコン。ある日、私の部屋でノックの音が聞こえた。ドアを開けると、向かいの部屋にいる山東省の男性だった。「はい、どうぞ。俺の分をやるよ」と持っていたペットボトル2本を私に差し出した。防護服の職員のやりとりを聞いて、ふびんに思ったらしい。部屋からこっそり抜け出し、飲料水を分けてくれたのだ。こんな状況で他人を思いやる気持ちを持っているのに感激した。私が何度もお辞儀をすると、男性は「困ったときは何でも言いな」と話し部屋に戻ろうとした。

ところが、男性の部屋のドアが開かない。カードキーをかざすが、開かない。カードの表と裏をひっくり返してかざしても、やはり開かない。そこに、防護服の職員が通り掛かった。

事情を説明したところでカードキーが反応しない謎が分かった。このホテルのカードキーは、部屋の入り口に差し込んで通電させる機能はあるが、鍵として使えなかった。隔離された人間がこっそり部屋から抜け出せないように細工が施してあったのだ。ここまで徹底するのか、正直、驚いた。不自由な生活は最後まで続いた。


隔離が終わってホテル代の支払い手続きをするテント

隔離が終わってホテル代の支払い手続きをするテント

苦楽ともにした“隔離仲間”

隔離最終日、14日目の朝になった。天気は快晴、「ようやく解放される」。起床後すぐに検温すると、36.0度と平熱だった。枕カバーと布団のシーツをベッドから剥いで、浴室に放り込んだ。いずれも防護服を着た医師が前夜に部屋を訪れ指示していたことで、てきぱきと済ませた。

身支度を終えたところで、朝食の豆乳と揚げパンがいつもと同じように配られた。もう飽きていたが「これが最後の食事」と思うと、ちゃんと味わって食べようという気になった。不思議とおいしく感じた。

廊下から明るい笑い声が聞こえてきた。隔離されていた6人ほどが部屋から出て井戸端会議をしていた。長い間、自由におしゃべりをできなかったうっぷんを晴らすかのように、しゃべり続けていた。「これからスープのある麺料理を食べたい」という話題などで、どんどん盛り上がっていく。他の人がどのような部屋にいたのか興味が湧いたようで、お互いの部屋の見学ツアーが始まった。「こっちは景色がいい」「ソファがあってうらやましい」と、実に楽しそうだ。それぞれの部屋で隔離生活をしていたのに、終わってみるとすっかり苦楽を共にした仲間のようになっていた。


スマートフォンのテレビ電話で体操をする日本の母(左)と祖母(右)

スマートフォンのテレビ電話で体操をする日本の母(左)と祖母(右)

ネットで自由に交流

隔離生活に入る前は「人と接触できず相当ストレスがたまるかもしれない」と心配していたが、案外そうでもなかった。インターネットのおかげだ。中国のネット規制により米国のグーグルをはじめ海外のサイトの多くは閲覧できないものの、ホテルのネット回線は無料で使うことができた。中国の通信アプリ「微信(ウィーチャット)」を利用し、外部と自由に連絡を取ることも可能だった。

日本から上海に到着した日、このホテルに隔離される人同士で情報交換をしようと、空港からホテルに向かうバスの車内で通信アプリのIDを交換しておいた。食事の中身を巡りやりとりすることも多かった。中国人の男性は「今日も炒め物ばかりか。もう飽きちゃったよ」などと感想を伝えてきた。毎回、全部食べ切らずに残してしまうという。この男性は日本で3年働いた後、久しぶりに会う10歳の娘のために日本のカップ麺を5個買ったそうだが「ホテルの食事が口に合わず、空腹に負けて既に2個を自分で食べてしまった」とも言っていた。

私は通信アプリを使って毎日、日本の家族とテレビ電話をした。隔離5日目に体調を崩した後は、母が「今日から1日5分、一緒に体操をしよう」と言い出した。固定したスマートフォンの画面には、日本にいる母と祖母の姿。母が音楽をかけながら見せる手本をまねる。ずっと体を動かしていなかったので、気持ちが明るくなった。


ホテル代、政府負担から自己負担に

隔離が終わったことを部屋に伝えて回る医師

隔離が終わったことを部屋に伝えて回る医師

「これからロビーに降りて手続きをする」と医師が説明にやってきた。荷物を持ち、医師に引率されてロビーに向かうと既に10人くらいが並んで待っていた。ホテルの外にあるテントで手続きをするため、3人ずつ分けられて誘導された。隔離生活のホテル代を精算した。

隔離措置が導入された当初は政府が全費用を負担することになっていたが、上海市政府は隔離の途中で自己負担に変更した。私の場合は隔離中にルールが変わったため、自己負担に変更後の分だけ1泊当たり250元(約4,000円)を支払った。内訳は宿泊代が200元、食事代が50元。不自由な生活を考えると高く感じた。上海市政府の発表によると、隔離されたホテルによっては1泊400元前後となるケースもあるらしい。

「隔離生活ご苦労さま」と医師からのねぎらいの一言とともに、隔離が終了した証明書を渡された。

ホテルに入る前の上海は、肌寒く冬の気候だったのに、外に出てみれば、春らしい暖かさになっていた。上海の中心部にある中山公園の周りをぶらぶらしてみたが、建物に入る時は検温されるものの、ショッピングモールは人でにぎわっていた。皆マスク姿で楽しそうに買い物している。

私は解放された。日本をはじめ多くの国で感染拡大が深刻化、新型コロナウイルスとの闘いは当分続きそうだが、3月下旬の上海は平穏な生活が戻りつつあると感じた。


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