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2014-09-11 10:16:00

幸せの学び:<その108> ネルドリップ珈琲=城島徹

2014年09月10日

大勢が集まった「わかりやすいネルドリップ珈琲」イベント
大勢が集まった「わかりやすいネルドリップ珈琲」イベント
 

 深煎りの粗びきコーヒー豆をていねいに抽出するネルドリップコーヒー。その味わいを愛する人たちが初秋の渋谷ヒカリエに集まった。幅広い参加を募る「わかりやすいネルドリップ珈琲」と銘打つイベントで、全国に名をとどろかす達人の技に見とれながら、香り立つ珠玉の一杯が演出する「至福の時間」をかみしめた。

 「最近は酸味をきかせるライトな味わいが席巻しているけど、日本で大切にされてきたガッツリ系のネルドリップの味も守りたい」。豆の販売に携わりながら、全国の自家焙煎コーヒー店主らとの交友を持つ繁田武之さん(58)からそう聞いたのは昨年末だった。表参道に1975年開店し、ネルドリップの味で多くの文化人を魅了した「大坊珈琲店」を店主の大坊勝次さんが閉じようとするころだ。

 福岡の「珈琲美美(びみ)」の森光宗男さんや岐阜県瑞浪町の「待夢珈琲店」の今井利夫さんらネルドリップの名手らとエチオピアやイエメンへ豆のルーツ探訪もした繁田さんには達人たちが紡ぎ出す魅惑の味を後生に伝えようと心に期すものがあった。

 こちらもコーヒーに素人ながら「ネルドリップ珈琲伝習所開設準備会」と題したペーパーを作り、「昭和の街に文化の香りを届けた」「じっと味わいながら思索にふける向田邦子や村上春樹ら文化人の顔ぶれ」「戦後の文化芸術とは切っても切れない深煎りの渋い味」などとネルドリップの深遠な世界を思い描いて返信した。

 さらに「珈琲と文化」編集長の星田宏司さん、焙煎機メーカー富士珈機社長の福島達男さん、銀座の老舗「カフェ・ド・ランブル」店主で今年100歳になった関口一郎さんらが語るネルドリップへのこだわりに耳を傾けつつ、その後の展開に期待していると、「ファンにとっては夢のようなイベントが開かれる」と連絡があった。

 「反響がすごいよ」という繁田さんの言葉通り、会場は熱気に包まれ、大坊、森光、今井の各氏に加え、桜井美佐子、大宅稔といったネルドリップの名手が一斉に抽出を披露した。プロの業界人も興奮して見守るなか、森光さんのこん身の一杯を味わいながら後ろを振り向くと、ポットの湯を少量ずつたらす大坊さんの所作が目に入った。まるで文楽の人形遣いの名人のように気品と洗練の美がそこにあり、「まさに無形文化財だ」と感じた。

 フェイスブックやLINEなどSNSで瞬時に反応が迫られる現代。ネルドリップの香気漂う空間に身を委ね、ゆっくりと思考が抽出されていく感覚を無心になって受け止めたい−−。ふと、そんな思いにかられた。【城島徹】