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2013-09-21 22:30:00
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  • ROBERT M. SAPOLSKY

 科学の殿堂にはパスツールやソークなど人類の健康に計り知れない貢献をした人々が名を連ねている。以下の謎を解いた科学者は殿堂入り間違いなしだ。愛されていないと感じると、ジャンクフードを食べてしまうのはなぜなのか。

 ばかばかしい質問と片付けてはいけない。折しも米国では9月は小児肥満の意識向上月間に指定されている。世界中で成人発症の糖尿病が広がるなど肥満に関連した健康問題がまん延している。その原因の多くは空腹ではないのにものを口に入れてしまうことにある。

 

 なぜ私たちはそんなことをするのだろうか。周りのみんなが食べているから、ということもあるかもしれない。広告に誘われて、というのもありそうだ。嫌いな人のパーティーでチートス(チーズ味のスナック菓子)を食べ尽くして、破産に追い込んでやろうと思っているのかもしれない。

 栄養補給以外の目的で食べることについて解明が進んでいるものの1つに、ストレスを感じるとつい食べてしまう、というものがある。これは心理学的にもううなずける。ストレスで食に走る人は、普段は食物の摂取を積極的に制限している。厳しい状況に直面して自分にやさしくする必要があると、制限を緩めてしまい、脂質や炭水化物が食べたくなる。上司がとても嫌なやつなら、セイウチの脂身にチョコレートをかけて思う存分食べようかという気にもなるかもしれない。

 とはいうものの、人間の心の複雑さだけに原因を求めることはできない。こうした習慣を示すのは人間だけではないからだ。実験用のネズミ1匹の檻(おり)に初対面のネズミ1匹を入れてストレスを与えるとしよう。実験用のネズミの食事の量は増加し、いつもより高脂質、高い炭水化物のエサを食べたがるだろう。

 多くの種でこのような現象が起きるのは、進化の観点から見た場合、道理にかなっている。動物の99%はストレスがかかると、エネルギーが一気に消費される。例えば命がけで逃げるときなどがそうだ。その後、使い切ってしまったエネルギーを再び貯蔵するため、体は食欲を刺激、特に高密度カロリーへの食欲が強くなる。しかし、賢く神経質な私たち人間は単に心理的な理由でストレス反応を示し続け、体は栄養補給を求め続ける。

 ストレスを感じるとジャンクフードが食べたくなる仕組みが科学者によって解明され始めている。ストレスを感じると、脳のある領域で「内因性オピオイド」の放出量が増加する。この神経伝達物質は構造や中毒性があるという点でモルヒネに似ている(モルヒネは脳内のオピオイドに反応するために発達した受容体を刺激することで作用する)。これはジャンクフードがやめられなくなることを説明する一助になる。

 ストレスは脳内の「内在性カンナビノイド」システムも活性化させる。そう、脳の中には大麻に含まれる成分に似た化学物質が存在するのだ。そして食べることが同様の作用をするといわれている。ストレスは神経ペプチドYと呼ばれる別の脳内物質も活性化させる。神経ペプチドYには脂質や糖分への欲求を刺激する能力がある。

 こうしたストレス作用を説明する最も基本的なメカニズムとは、簡単に言えば、よく言うcomfort food(食べるとほっとするもの)で実際ほっとするということだ。カリフォルニア大学サンフランシスコ校のメアリー・ダルマン氏らがネズミを使った実験で初めて証明したように、脂質と炭水化物は脳の報酬系を刺激し、その結果、体内のホルモンのストレス反応が解除される。

 1つの満足感がまったく種類の違う不快感を相殺するというのは想像しにくいかもしれない。ネズミは脂質を混ぜた食事を食べると、新しいルームメイトへの不安が減少するのはなぜか。しかし、人間はよく、もっと大きな飛躍をしている。片思いで悩んでいるときにはショッピングで気持ちを晴らそうとするし、自分という存在に絶望して混乱しているならバッハの音楽が効くかもしれない。脳内報酬の効果は幅広く、嵐の最中に意外な場所に港を見つけさせてくれる。

 慰めになるものはさまざまだが、原始的な欲求に訴えるものはその影響力も強い。私たちの健康を損なってしまうほどに。ストレスの多い1日を過ごしたあと、500ミリリットルのダブル・ファッジ・ブラウニー・アイスクリームよりロバート・フロストの詩に慰めを見出そうとする人がはるかに少ないのは、進化の歴史の遺産なのだ。