日本の金融業界に衝撃が走った。アメリカのIT大手グーグルは7月13日、スマートフォン決済アプリを手がけるベンチャー・pring(プリン)を買収すると明らかにした。早ければ7月下旬にも既存株主から全株式を取得する予定だ。これによりグーグルは、日本で決済・送金事業に本格参入する。
同日にはプリンの株主であるメタップス、ミロク情報サービス、日本瓦斯の各社もグーグルへの売却を発表。45.3%を保有するメタップスが譲渡価額を49.2億円と開示しており、買収総額は少なくとも100億円強。プリンの経営陣らに割り当てられたストックオプションなど潜在株式も含めれば、より膨らんでいる公算だ。
プリンは2017年にメタップス傘下で設立され、みずほ銀行などが出資。2018年3月から提供を始めた同名のアプリでは、銀行口座からチャージ(入金)して店舗での決済に使ったり、ほかのユーザーに送金したりできる。チャージしたお金を口座に出金する際、手数料を無料としているのも特長だ。ユーザー数は数十万人規模とみられる。
今は機能の限られた”お財布”アプリだが
さらにプリンは法人向けに、経費精算や個人事業主への支払いをアプリ上で行えるサービスを展開するほか、みずほ銀行が提供する決済アプリ「J-Coin Pay」の基盤開発も担う。「銀行が求めるレベルの堅牢で安全な開発ができる技術力は彼らの重要な資産だろう」(フィンテック企業関係者)。
一方のグーグルは決済アプリ「グーグルペイ」を、日本を含む40カ国で展開。月間利用者数は1億5000万人を超える。日本では「モバイルSuica」やクレジットカード、電子マネーを一カ所にまとめる"お財布”アプリでしかない。対応するカードや決済手段の数も限定的だ。
一方、本国アメリカでは昨年11月に大きく刷新し機能を追加した。現在は銀行口座やカードからアプリにチャージし、店舗やネットでの決済、他者への送金ができるほか、支払い履歴を集約し支出管理も行える。提携する小売りチェーンや飲食店ではアプリ利用者限定の割引も展開する。グーグルマップ上で調べた駐車場の料金や交通機関の切符の代金も、アプリの残高から支払えるようになった。
さらに今年からは米金融大手シティや現地の地方銀行などと提携し、グーグルペイアプリから直接銀行口座を開設できるサービスも開始。今年中には米国のユーザーが200以上の国に国外送金できるようにする。
「グーグルのアンドロイド(スマホOS)やクローム(ブラウザ)に直接お金をチャージして、EC(ネット通販)などでカード情報の入力なしに買えるようにするくらいのことは簡単にできるはず」。マネーフォワード執行役員の瀧俊雄フィンテック研究所長は、グーグルが目指す世界についてそう予想する。
ここで得られるユーザーの購買情報は、グーグルの主力である広告事業の拡大を考えれば重要だ。グーグルは「個人の決済データを第三者に販売したり、取引履歴を広告ターゲティングのためにグーグルの他部門と共有したりしない」とするが、自社の膨大な購買情報をテコに広告事業を伸ばす米アマゾンへの対抗心は強いはずだ。
100億円以上投じることへの「疑問」
現在グーグルペイで送金機能が利用可能なのは米国とインドの2カ国のみだ。プリンが持つ送金のインフラを活用すれば、日本は送金機能が利用できる3つめの国となる。実現すれば利用場面は大きく広がる。
もっとも、国内の複数のフィンテック企業関係者は「グーグルがプリンを100億円以上もかけて買収する狙いは見えづらい」と指摘する。
確かにプリンは資金移動業者として登録し、3メガバンクなど全国53行と口座振り替え契約を締結済み。グーグルが日本でも米国と同様に口座からのチャージや口座開設サービスを展開したいならプリンのネットワークを活用できる。が、前出の瀧氏は「業者登録や銀行との契約だけであれば数億円程度でできてしまう」と指摘する。