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2019-11-16 18:43:00

完全菜食ビーガンの可能性 34億人市場の入り口に
編集委員 石鍋仁美

インバウンド
石鍋 仁美
Nikkei Views
編集委員
2019/11/11 5:00
 
 
 

 

ティーズレストランが開発したビーガン対応のラーメンなどを扱う東京・銀座4丁目の「ニューディッシュ デリアンドカフェ」

ティーズレストランが開発したビーガン対応のラーメンなどを扱う東京・銀座4丁目の「ニューディッシュ デリアンドカフェ」

訪日外国人の増加で「ベジインフラ」の整備という課題が浮上してきた。動物性食材を使わない料理の用意や食品への表記などが欧米に比べ遅れ、肉を食べないベジタリアンや、卵や牛乳も避けるビーガン(完全菜食主義者)が安心して旅行・生活できない問題を指す。解消に向け国会で議員連盟も発足したが、省庁間の温度差は大きい。2020年の東京五輪に食のバリアフリー化は間に合うか。

 

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「これで安心して日本を旅行できますと、箱買いしていく個人旅行者もいます」。ビーガン向けカップめんを食品メーカーのヤマダイ(茨城県八千代町)と開発、販売しているティーズレストラン(東京・目黒)の下川万貴子取締役は語る。

 

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動物性の食材や調味料などを一切使わないビーガン向けメニューを充実させたレストランを東京・自由が丘に開業したのは10年前。今では東京駅や銀座4丁目などに店舗網を広げる。カップ麺は4年前の発売時から改良を重ね、自店やコンビニでの売り上げは1.5倍に。「ビーガンの人も、そうでない人もおいしく食べられるものを目ざした」と下川取締役。

「コンビニで塩おにぎりを買っている」「日本食が楽しみだったけど、出汁(だし)が魚なので食べられず残念」。来日後、そう困惑し、不便を感じている外国人は少なくない。米国や英国などでは街に「ベジタリアン・ビーガン対応」と掲げた店が普通にある。一般のレストランでもベジ対応の料理を用意しメニューにもその旨をマークで明記。ベジ派もそうでない人も皆で同じ食卓を囲む。

米国では植物性の材料だけで肉の味や食感を再現した「プラントベース」の食材開発が盛んだ。畜産は地球温暖化の大きな要因のひとつと指摘する報告も国連が発表した。宗教、健康、動物愛護、地球環境保護など、それぞれの理由で動物性の食品を食べるのをやめたり、減らしたりしている人が増えているわけだ。

ホテルや飲食店向けに外国人対策を指導する一般社団法人メイドインジャパン・ハラール支援協議会の高橋敏也理事長によれば、「世界人口76億人のうち、イスラム教徒など何らかの食のルールを持つ人が34億人いる」という。訪日外国人の場合ならベジタリアンが約150万人いると見積もる。旅行者全体の約5%を占め、約200万人のムスリム観光客に迫る。

「多様な食に対応するのがグローバルスタンダード」(高橋理事長)なのに、日本の対応は遅い。世界規模のベジタリアンレストラン検索サイト「ハッピーカウ」登録店は北米や欧州ではどちらも3万店を超すのに、日本はまだ1500店ほどだ。

日本は食のルールにきちんと目配りしている国――。34億人もの人々がそう思ってくれれば、訪日客は増え、国内需要も増す。千載一遇のチャンスともいえる。宗教により避けたい肉が異なる場合も、肉を一切使わないビーガン料理なら一緒に楽しめる。

 

「ベジ議連」設立総会でビーガン弁当を前にあいさつする会長の河村建夫元官房長官(右)

「ベジ議連」設立総会でビーガン弁当を前にあいさつする会長の河村建夫元官房長官(右)

今月6日に設立総会を開いた超党派の「ベジタリアン/ヴィーガン関連制度推進のための議員連盟」(ベジ議連)。「ベジタリアン、ビーガンの人たちも、きちんとおもてなしできる日本を作りたい」と事務局長の松原仁元拉致問題担当相は語る。

今後は認証の乱立による消費者の混乱の防止や啓発活動などを行うという。具体的にはベジタリアン・ビーガン表示の基準の明確化や飲食店などへの教育、旅行者向けの情報発信などが議題になりそうだ。

ところが、この設立総会で、省庁間の温度差が図らずも浮き彫りになった。日本食輸出に力を入れる農林水産省は、多様な文化への配慮方法などを記した分厚い資料を配った。環境省は世界の食糧生産システムが気候変動に与える影響を報告し、菜食主義の今日的な意味を説明した。

一方、観光庁が用意したのは、インド人観光客に関する資料のみ。消費者庁も資料を用意せず、出席者が口頭で「基準を決めると罰則の問題になり、成分の点検も必要になる。国際的な統一基準もない中では慎重でないといけない」と対応に消極的な姿勢をみせた。健康や栄養問題を扱う厚生労働省の発言はなかった。

宗教や思想、信条などデリケートな要素がからむベジタリアンやビーガンへの対応は、均質なライフスタイルを前提にしてきた日本社会にとって未知の難しさがある。ただ日本にもベジタリアンやビーガンはいる。多数派が少数派の価値観を尊重し、意見をすりあわせる手間をかけながらルールや仕組みを作れるかどうか。ベジタリアンやビーガンへの対応は、食のバリアフリー化だけでなく、日本が世界に誇れる共生社会となる試金石でもある。