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(当記事は、2016年6月14日、IBM食品流通業経営戦略セミナーにおける、IBM GBS事業 流通サービス業担当 部長 佐藤 信広 の講演をまとめたものです。)
今、世界的に食品の消費者の購買行動の姿が大きく変わりつつある。背景には“デジタルネイティブミレニアル”と呼ばれる新世代の台頭が指摘されている。“デジタルネイティブミレニアル”世代とは、一般的に1986年以降に誕生し、幼いころからスマートフォンやタブレットなどのデジタルデバイスに触れて育ってきた世代を指す。この新世代が2020年には全世界の人口の50%以上を占めると予測されている。
こうした消費行動の変化に対して、これからの食品流通業界のマーケティングでは、よりデジタルな先進テクノロジーを駆使し、一層顧客に寄り添うキャンペーンを展開する必要がある。これからの新しい食品マーケティングの戦略立案のポイント、成功要因を一緒に考えてみたい。
1. デジタルマーケティングのスタートライン
チーム編成のポイント
企業がデジタル・マーケティングを加速しようとしたとき、最初に着手するのがチーム編成であろう。デジタル・マーケティングを進めていく際、必要なスキルは大きく2つある。1つはマーケティング戦略立案と実施するスキル。もうひとつが先進テクノロジーを理解し、マーケティング戦略立案と実施に活かしていくスキルだ。この双方のスキルを駆使して、個客のExperience を設計する手法のひとつとして、「デザイン思考」と呼んでいる。
企業が個客体験を高めていくためにまずやるべきことは、この2つのスキルをカバーする人材を集めデザイン思考ができるチームを構成することだ。デジタル戦略を考えられるマーケティング人材とエンジニアとデザイナー、そしてサイエンティストといった多様な人材でチームを構成し、デジタルなマーケティング施策を立案する。
日本IBMではこうした企業の活動を支援するために、創造性を刺激するためにデザインされたスペースを開設し、ブレーンストーミング、構想策定、実証実験というプロセスを重ねていくアプローチを実施している。その場、そのセッションを通じてデジタル・マーケティングが主体となった個客体験が生みだすセッションが実施されている。
消費者のアクセス数を拡大するポイント
デジタル・マーケティングでは、戦略に基づいてメディアを選定し、どのようなコンテンツを組み合わせるのかを企画する。自社サイトだけで見込み客データを集めることが難しければ、集客力のある有力サイトのサービスやインフルエンサーの力を利用することも考えたい。
たとえば、食品流通業の集客力のあるサイト1つとして料理レシピコミュニティサイトがある。そのレシピコミュニティサイトとのタイアップ企画で多くのお客様へのリーチを獲得することが可能だ。
ある食品メーカーではTwitter、Facebook、YouTubeなどのソーシャル・メディアのキャンペーン支援サービスを活用し、主力商品についての人気投票を行った。応募者へのプレゼントとして自社商品のセットを用意し、キャンペーンへの参加を促進することで、個客との関係性の強化を図っている。
また、最近ではYouTubeに動画を投稿するYouTuberを使った広告企画も増えている。95万人のフォロワーを持つフード関係のYouTuberもいる。テレビタレントなどより広告費を抑えられ、着実な効果が見込める。
1億人以上の会員を持つ大手ECサイトとタイアップして、ECで提供されるポイントを活用するというのも有効な手段だ。ユーザーの属性に合わせたターゲティングが可能で、編集タイアップ記事で商品の魅力を訴求し、ポイントを付与することで購入を喚起し、ユーザー・データを獲得できる。
SNSを使った口コミキャンペーンを利用する企業も多い。潜在個客であるSNSの全ユーザーに対して、自社独自のスタンプのダウンロードを促す。ポジティブなメッセージを加えて口コミを拡散させることで、パブリシティー効果も狙える。新商品の発売などのイベントとの連動も可能だ。
2. IBM Watsonを使ったデジタル・マーケティング
人工知能の実用化が広まっているのは周知の事実だ。この食品マーケティングの中でも人工知能は、新しい顧客価値を生み出す可能性を秘めている。たとえばIBMのコグニティブ・コンピューティングWatsonによる「シェフワトソン」と協業することで、自社サイトの魅力を高めることが可能だ。シェフワトソンによって新しいレシピを誕生させ、話題性を高めることもできる。ここでは食品業界でのシェフワトソンの使い方を紹介したい。
たとえば、レストランを開業しているオーナーシェフが御社のサイトを訪れる。目的は季節のメニューを考える時間を省くことだとする。応対するのはシェフワトソンだ。Watsonの自然言語処理機能を使って、普段の話し言葉で対話しながら要望を伝えていく。シェフワトソンは、すべての要望を科学的に分析して、お勧め順に推奨レシピを伝える。そこには意外性のあるものも盛り込まれている。
シェフワトソンの提案に興味を持ったユーザーは会員登録をして調味料のサンプルを請求したとする。サンプルを送ってから一週間後には、感想を聞くメールを送り、時間を置いてお勧めの商品の試食会の案内を送る。さらにその後には割引セールの案内などを送っていく。このフォローをできるだけ自動化しておくことがポイントになる。
さまざまな顧客体験を意識したフォローシナリオを想定しておくことで、メールを送る時間や時期などもデータとして蓄積し、効果を測定して最適化を図ることができ、ログイン画面やコンテンツの提示方法などはユーザーごとにパーソナライズされる。
3. 継続的かつ組織的にPDCAを回していく
デジタル・マーケティングの施策で重要なのは、言うまでもなくPDCAをきちんと回していくことだ。デジタル・マーケティングでは、リアル店舗での接客では見えなかった顧客のニーズ&ウォンツが、キャンペーンの数字の中から見えてくる。食品マーケティングにおける、効果的なPDCAの確立方法をここで紹介する。
基本的なデータの取得の流れとしては、タイアップページやSNSなどを経て自社のECサイトやホームページを訪問したユーザーのクッキー情報やメールアドレスなどを取得する。将来的にはデータを活用するデジタル・マネージメントプラットフォームを構築して、アクセスログの解析結果からプッシュメールを送るなどして行動を喚起していく。
個客体験を維持しながら向上させ、個客との関係性を強化してエンゲージメントを獲得するには、企業が持つあらゆる個客接点と購買プロセスを把握し、KPIに対する仮説検証を繰り返し行っていくことが基本となる。
さらに食品流通業では「ID-POS分析」に注目したい。たとえば、食品メーカーは小売業者を通して販売しているので、POSデータを持っていない。そこで小売業者からPOSデータを購入して、データを解析し、購買行動の実態を把握した上で販促施策を展開させていくのである。
ここではクラスター分析を駆使して、個客をセグメンテーションし、各クラスターの特徴を把握した上で、クラスターごとに育成に効果があると思われる施策を実施していくことが重要になる。
4. インバウンド/越境ECサイトの市場に注目
今、食品流通業で注目されているのは、訪日外国人旅行者をターゲットとしたインバウンド/越境ECサイトの市場だ。中国だけでもその日本のハロウィンの16倍にもなる市場が存在する。自社サイト越境EC、インバウンド対応を行うことで、多くのメリットが期待できる。
たとえば中国向けの展開を考えてみる。中国にいる見込み客を含む消費者に日本での良い個客体験を提供することでロイヤリティーを持ってもらうことができ、インバウンドの客に自社を宣伝することで、新規個客にできる。また、SNSなどを通してさらなる新規個客を呼び込んだり、個客データと消費特性を把握することで、商品の設計や販促につなげることができる。
想定されるカスタマージャーニーのマップは、旅行前、旅行中、旅行後に分けて考えることができる。旅行前にはオンラインショップでお勧め商品を提示したり、事前予約を受け付ける。空港に到着したらウエルカムメッセージを送り、買い物ができる店舗の地図を送るなど、来店を促す。旅行後はお礼のメッセージとともにサイトの買い物に使えるクーポンを送ることも良いだろう。
ポイントは、個客接点をどこに持つかを、個客を主体に設計し、それぞれの施策をシームレスに提供していくことだ。ITを活用することで、途切れることなく個客をフォローできる。
IBM Watsonはこうしたインバウンド/越境ECサイトのソーシャルリスニング基盤としても活用できる。日本語、英語、中国語など多言語に対応しているので、言語の壁を越えてソーシャル・メディアでのつぶやきを分析して、いち早く気付きを得ることができる。中国のソーシャル・メディアでの投稿を分析して、越境の意思を確認し、日本語でレポートするようなことも可能だ。
5. City Analyticsという新しいアプローチ
最後に、IoTの時代を見据えてIBMが提唱している新しいソリューションを紹介したい。それがCity Analyticsである。行政が提供する人口統計、経済統計の様な外部データ、スマートフォンや街中に設置されたセンサーからの膨大なデータを分析することで、これまでにないビジネス・チャンスをとらえようというソリューションである。対象となるデータはSNS(個客意識の把握)、企業が所有する自社POSデータ(販売傾向)、各種統計情報、天気や渋滞などの外部データ、IoTのセンサーデータなど(新たな知見)だ。
具体的なCity Analyticsソリューションとしては、企業が保有するデータに、IBMが提供するデータを加えて高度な統合分析を行い、IBM独自の統合分析モデルによって新たな知見を導き出していく。TwitterやFacebookなどSNSのデータ、気象データ、モバイル空間移動情報など、さまざまなデータを提供できることもIBMの大きな強みだ。
たとえば、小売や飲料、消費財では、販売データや在庫データなどの売上、周辺情報とSNSなどで発信された消費者情報、イベントや天候、交通情報などの地域に関する外部データを活用し、店舗の出退店、需要予測、商品構成最適化などに活用できる。
同一商圏の同一カテゴリーの商品の価格にバラつきがあった消費財メーカーでは、City Analyticsソリューションを適用して、商圏の特性に応じたカテゴリーごとの販売チャネルを最適化し、売上増と販売機会の損失削減、物流コストの削減を実現した。
また、大手飲料メーカーでは、City Analyticsソリューションによって、商圏の環境変化に対応した自動販売機の設置と商品構成を最適化し、売上増と販売機会の損失の削減、最適な自動販売機の設置を実現している。
IBMでは、デザイン思考のフレームワークを実践するためのデザインキャンプも提供している。個客との関係性を深め、信頼を獲得し、どんなライバルが出現しても勝ち抜けるマーケティングを確立するパートナーとして、気軽にご相談いただきたい。
IBM、IBMロゴ、ibm.com、および IBM Watsonは世界の多くの国で登録されたInternational Business Machines Corporationの商標です。他の製品名およびサービス名等のIBMの商標リストについては、http://www.ibm.com/legal/us/en/copytrade.shtml(US)をご覧ください。
Industry Expert
日本アイ・ビー・エム株式会社
GBS事業 流通サービス業担当 部長
佐藤 信広
食品・日用品(CPG)領域の製造業・卸売業・小売業のお客様を担当するシステムエンジニア、インダストリースペシャリストとして20年以上の経験を持つ。
現在、食品メーカーのお客様を中心に サービスビジネスを提案するTeamのリーダーとして活躍中。
マーケティング・販売、製造、購買、会計など、幅広い業務エリアを対象にプロジェクトの構想策定、システム構築などの提案活動を実施している。