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せいゆう丸釣行記

2019-09-26 03:00:00

過去の出港率をいちいち計算したことないから感覚的な捉え方になりますが、今年の夏はあまりにもひどすぎました。

 

6月・7月は激しくて長い梅雨によってイサキの時期が全滅だったし、8月は台風ばかりで駄目だったし、9月も秋雨前線と台風でほぼ出られなかったから、およそ4ヶ月間はほとんど無職状態でありました。

 

自分と同じような海のお仕事をされてるお方達はどのようにして生活されておられるのか興味のあるところですが、それより間近に迫った今月末をどう乗り切るかが喫緊の課題であります。(笑)

 

 

 

とは言うものの、サラリー時代のようにいつも何かに追われ焦るような精神状態からは解放され、寝たけりゃ寝るし、食べたけりゃ食べる的な、それこそ自由そのものの今の生活が随分と気に入っております。

 

昨日も親の面倒見で1日仕事となりましたが、おふくろの病院の日だったので朝一で田野の親宅に行き、朝ごはんを食べたがらないので市内に連れて行ってリンガーハットのチャンポンを食べさせ、業務用食材を扱ってるハピネスでお買い物をさせて、午後から病院に行って診察とお薬をもらい、帰宅して夜のご飯のおかずを作ってやったりしたけど、ホント大変ですわ。(笑)

 

おふくろ一人ではまともに歩けないものだから、いつも手を引いて一緒に歩いてあげるけど、おふくろの手から伝わる感触が、自分が小さい時に怪我して病院から帰る時に手を引いてもらって歩いたあの時の記憶が見事に蘇りますがね。

 

もう半世紀も前のことがふとした瞬間に湧き出てくるのだから、人の記憶ってすごいし素晴らしいと思いますわ。

 

 

 

今日は東からの風が相当吹く予想だったので昨日のうちに中止にしましたが、明日以降も駄目っぽい気がします。

 

涼しくなったから橋の下の天然ドックであれこれ整備をすることにしますわね。

 

 


2019-09-25 04:08:00
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シケ明けに魚が釣れた例しは今までほとんど無いので、まるで釣果の期待をしないで遊び感覚で沖に出てみました。

 

沖に停泊していたタンカーが北を向いていたので下り潮だとは分かってましたが、ポイントに着いてみるとまさかの激下り潮で、大淀川や清武川や加江田川からの濁水でメチャ濁っておりました。

 

「こりゃ釣りにならんわ。ノーゲームになるかもね。」 と思いつつイカリをドボンして様子を見ていると、それなりに中アジの大がたまに釣れ始めたのでひと 「切れのお刺身くらいは釣れるかも」 と思いながらゆっくりしておりました。

 

しかし豊後水道で発生したと思われる尖った北東からの波でどったんばったんと揺れるし、久しぶりの沖行きなものだから少し気分が悪くなってしもて少しグロッキー気味になってたら 「船長!すくってちょうだい!」 の声がしてデッキに出てみると、ジェントルM爺が何やら大きなお魚と格闘しておられた。

 

ハリスが4号なものでやり取りした時間は15分くらいだっただろうか、やっと上がって来たのはアジ釣りでは外道のお魚になるけど4kg程度のカンパチでありました。

 

 

 

結局それを筆頭に4本上がってたが、まあ多分たまたまだろうね。(笑)

 

 

 

シケ明けにしては運が良かったみたいで、皆さんひと晩のお刺身を楽しめる程度にはデカアジやマダイやカンパチが釣れたのでホッと一安心でありましたわよ。

 

 

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今日はおふくろの病院の日でお休みにしてましたが、今週は東からの風が結構吹くみたいなので、沖に出られる日は少ないでしょうよ。

 

やれやれ、そのうち廃業の手続きでもしましょうかね。(笑)


2019-09-24 03:05:00

今年は長くて激しい梅雨で沖に出られず、どでかい台風10号が近くを通って長いお休みを強いられ、通り過ぎたかと思ったら早くも秋雨前線が南下して海が時化てお休みが続き、台風15号と17号が立て続けに襲来してまたまたお休み続きになった最悪の夏でありました。

 

計算してないけど6月から9月の4ヶ月間の出港率は多分2割程度と思われ、今後このような調子が続いたらまず間違いなく自己破産宣告しないといけなくなり、生活保護の申請も真剣に考えなければならないでしょうよ。(笑)

 

その間することないので親の面倒見と、夏休みの自由研究として 「コリアの人々の気質について」 と題してあれこれこの欄で書いてきましたが、それも今日の書き込みで終わりにしたいと思います。

 

 

 

ところで昨日アマゾンのkindle版の文藝春秋10月号を読んでましたが、 「アラスカ物語」 等の作品で有名な新田次郎氏の次男である作家・数学者の藤原正彦氏の手記をの中に、結構自分と似ている文章を書いておられましたわ。

 

「品格のある日本」 的な表現をされていたけど、まさにそこが自分として一番言いたかったところで、コリアの人々と同じレベルで相手国を無差別に批判したり、ヘイトの発言したりなどはせず、静かに相手の様子を見つつも、少しでも我が国に不利益をもたらすような行為が行われれば即座に毅然とした対抗措置を講ずることが、今後ますます大事になるでしょうねえ。

 

一番近い国であってもその成り立ちがあまりに違うがゆえに、両国民の精神構造がまるで違うことを日本の人々が正しく理解し、今までのようにオブラートで包んだような対応は一切行わず、常に緊張感を持って対処することが大事でしょうねえ。

 

 

 

海に囲まれてるという地政学的に有利であり独立国家として品格のある正しく熟成された文化を有した日本と、常に大国間の緩衝地帯として悲しい歴史を負わされ中華の属国として2000年余も屈辱にさらされてきたコリアと、その人々の気質はあまりにも違い過ぎることが分かった今回の自由研究を通して、 「ならば日本は隣国の韓国と今後どう向き合うか」 を国民レベルで考えなければならない時期に来たのだと感じております。

 

 

 

そこでだ、自分達の年代の日本人に正しく教育されてこられなかった明治・大正・昭和の本当の日本の歴史を、勇気を持って歴史の専門家の手によってもう一度詳らかに(つまびらか)に明らかにしてもらい、日本国民がその時代の真実を正確に知ることを積極的に推進してもらいたいと考えております。

 

昨日のブログに書いたように中華とコリアでは朱子学の弊害として 「歴史の改ざん」 という深刻な問題を抱えているため、あの時代本当に何が起きたのかを知ったうえで、隣国と再び向き合うことが大事ではないでしょうかねえ。

 

自分達の世代では、隣国に酷い行為を与えて多大な苦痛を与えたという 「何となく」 の教育しかされなかったので、コリアを併合して統治した時代の全体像が見えてないのが現状であります。

 

コリアの人々が今でも口々に糾弾している、日本軍による 「虐殺行為」 だけだったのか、それとも朝鮮半島を自立国家に仕立てるためにインフラ整備に尽力したのか、そこら辺を正確に認識することが最優先であります。

 

 

韓国は、2000年余も前から独立国家のとしての道を諦め、長いものには巻かれろ的に中華に事大し、金よ銀よ反物や女を貢ぎ物として朝貢して冊封してもらいその存在を許してもらうものの、その情けなさの反動として東夷として日本を見下す屈曲した 「小中華思想」 に浸り、儒教から派生した朱子学を国是としてしまった結果、自国中心的思想と種族第一主義に陥いり、今や極左の政治家達が政権を握って国際法までも無視するような国家となってしまったのが現状であります。

 

ただ間違ってはいけないのは右派だろうが左派だろうが、コリアの人々の日本に対する気質は歴史的な背景から生まれたもので大差ないから、政権が変われば親日になるだろうと甘い期待をしてはならないでしょうよ。

 

お互い隣国なんだから仲良くなれれば良いと考えているのは日本人ばかりかも知れないのだと、常に心の奥底には留めておくのが肝要だが、それをもってヘイトのようにコリアの人々を蔑む考えは絶対にしてはならない。

 

両国とも歴史が作り上げた気質なのだから良いとか悪いとか、上とか下などの無意味な比較は慎むべきで、むしろ現在の国際社会での立ち位置がどうであるかを考えるべきだと思うなあ。

 

 

 

今回の夏休みの自由研究で、コリアの人々の気質を知ることが出来たことにより、日々ワイドショーで面白おかしく伝えている韓国の政治情勢について、以前のように 「けしからん」 とか 「何を考えているのか?」 という感覚が自分の中から消えてしまったのは実に画期的なことで、 「なるほど、そう来たか」 と思えるようになったのは結構進歩だったかも。

 

ただしこのまま今の政権が続くようであれば間違いなく韓国は北に吸収されることになり悲惨な道を進み、今の韓国の指導者達はことごとく粛清されるのは間違いなかろう。

 

遅くはない、今こそ夢に見るようなファンタジーから脱却して、韓国の国民が現実を直視し、是非とも賢明な道を歩んで欲しいものだと、お隣さんの行く末を案じてなりませんがね。

 

 

 

さてさて、今日は10日ぶりの沖行きになりそうですが、果たしてお魚さんは居らっしゃるでしょうかねえ。


2019-09-23 03:34:00
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台風17号は延岡で竜巻を発生させてJRのコンテナが飛ばされて鉄塔に当たり、鉄塔が根元からぐにゃりと曲がってしまったようだ。

 

振り返ると2006年9月17日にも延岡で竜巻が発生して、特急にちりんが脱線して横倒しになった事故がありましたなあ。

 

 

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この件について 「ポッポ屋のKちゃん」 さんにメールをしたところ、その時彼の先輩にあたるお方が運転していたそうだが、異変に気がついて急ブレーキをかけたから最悪の事態にならなかったそうな。

 

さすがにその道のプロのお方は、緊急時の対処をとっさに適切に行えるのでしょうなあ。

 

 

 

台風17号は東シナ海を通ってくれたのでそれほど激しい風が吹かなかったため、幸いにも船が損傷を受けることはありませんでした。

 

今日までは無理ですが、明日からはしばらく大丈夫かも知れないですねえ。

 

ということでブログネタに頭を悩ませるのも明日の朝までで、今日と明日で夏休みの自由研究みたいな 「コリアの気質について」 の結論を導くことにしますわ。

 

 

 

1986年から月間文藝春秋に冒頭掲載されてた司馬遼太郎の歴史随想 「この国のかたち」 は、彼が急逝した1996年まで続いたが、その中に 「朱子学の作用」 と題して次のように書いております。

 

日本の13世紀は、すばらしい時代だった。

特に強烈だったのは、
開拓農民の政権(鎌倉幕府)が、関東に成立したことである。
農地はそれを管理するものの所有になった。
“武士”という通称で呼ばれる多くの自作農は、”家の子”と呼ばれる小農民を従えて大きく結集し、律令制という古代的な正当性を‘たて’とする京都の公家・社寺勢力と対抗し、
「田を作るものがその土地を所有する」
という権利を勝ち取った。

日本史が、中国や朝鮮の歴史とまったく似ない歴史をたどり始めるのは、鎌倉幕府という、素朴なリアリズムをよりどころにする“百姓”の政権が誕生してからである。

私どもは、これを誇りにしたい。
彼らは、京の公家・社寺とは違い、土着の論理を持っていた。
「名こそ惜しけれ」
恥ずかしいことするな、という坂東武者の精神は、その後の日本の非貴族階級に強い影響を与え、今も一部のすがすがしい日本人の中で生きている。」 と書いております。

 

このことが事実かどうかを自分が知る由はありませんが、日本人が中華とコリアの人々と気質が違うのは案外その辺にありそうな気がしますがね。

 

 

 

というのも色々調べてみますと儒教も朱子学も早くから日本に伝わってきており、それらは江戸時代には武家層を中心に日本に定着し、水戸学に大きな影響を与え、結果尊皇攘夷思想に結びついて明治維新の原動力になったものの、一般民衆には学問としての儒教思想はほとんど普及しなかったそうな。

 

それが幸いして、日本国が中華やコリアと同じ思想に傾かなかったことのようです。

 

 

 

ところで儒教と朱子学とは何だということについては話せば長くなるというか、自分もあまり知らないのでその辺はめいめいでお調べ頂きたいが、中華もコリアも国の最重要なる教えとして長い間そう位置づけしてたそうな。

 

 

 

儒教と朱子学の弊害として指摘されてるのは次の点であります。

 

 

 

1.平気で嘘を言う。

 

2.歴史を捏造して改ざんする。

 

3.自国中心主義である。

 

4.許す文化が無い。

 

 

これこそがまさに今、日韓がかつて無かったような悪い関係に陥った原因を全てこれで説明できますわな。

 

 

 

ただ間違ってはいけないのは、儒教や朱子学が直接的にそのようになりなさいと教えを説いた訳ではなく、長い年月の間に重んじる理念があまりに偏寄り過ぎてたことに起因するものと考えられます。

 

朱子学の問題点は、「実際はこうだ」 ではなく 「こうあるべきだ」 から始まり、次に 「こうだったはずだ」 となり、最後には 「こうだった」 と変化してしまうことのようです。

 

つまり理想を追い求めるが故に現実を直視せず、自分たちに都合の良い歴史を作り上げることが全く問題視されないようだね。

 

歴史認識においてもそんな具合に書き換えられるから実に困った事だが、本人達には罪悪感がまるで無いので始末が悪い。

アメリカの歴史学者に 「日本の歴史はそのものの歴史であり、中国の歴史はプロパガンダ(宣伝)であり、韓国の歴史はファンタジー(幻想)だ」 と言ったお方が居るそうですが、まさに言い得て妙ですがね。

疲れたから明日に続きます。


2019-09-22 04:13:00

自分は元来全くの無宗教のようで、強いて言えば海の神様くらいしか崇めることが無いので、産まれてこのかた宗教についてあまり深く考えたことはありませんでした。

 

しかしながら最近台風の影響で海がシケて暇なものだから、ブログネタにするつもりでコリアの人々の気質の起源を歴史を辿って調べているうちに、「こりゃ宗教を語らずしてその本質を探求することは決して出来ないわい!」と悟ったものの、なにぶん無学が故に文章を何度も何度も読み返し、内容を理解するまで相当時間がかかりましたが、どうにか文章化するところまで辿り着けたようです。

 

 

 

さしあたり日本人の宗教の状況はどうなってるのかというところから調べてみると、凡そ半数が無宗教で、3割強の仏教徒に、あとキリスト教徒が数%だそうで、相当数の神道の信者が重複しているらしい。

 

皆さん大体そうなんでしょうが、正月は神社に初詣でお参りに行き、葬式では坊さんの世話になり、クリスマスにはケーキを食べながらジングルベルを楽しみ、大晦日には年越しそばを食べながら各地の寺からのテレビ中継を見て新年を迎えるって感じではなかろうか。

 

現代の日本では、例えばイスラム教徒のように厳格な宗教の教えの元で生活を営んでるお方は少ないように思えるが、それをもって何の神も信仰しない無宗教で秩序のない国民かと言われれば、それは大きな間違いでありましょう。

 

日本人自身はあまり気が付いてないみたいだが、島国日本国の長い長い歴史の中で神道や仏教や儒教や朱子学の良い所を巧みに実生活の中に取り入れて、寛容性に満ち溢れた心豊かな国民性を手に入れたように思えます。

 

決して複数の宗教を都合よく信仰して使い分ける不節操と言う訳では無く、特定の宗教にとらわれなくとも既に成熟した思想・理念を有した結果ではないかと自分は考えてます。

 

あれこれ調べているうちに自分が日本人であることにもっと誇りを持つべきではないかと、ここ数日で思うようになりましたねえ。

 

 

 

さあて台風がすぐ近くまで来ているけど、大きな被害が出なければ良いですけど、心配ですわい。

 

 

 

明日は中国と韓国の人々の気質に大きな影響をもたらした、儒教と朱子学について考えてみたいと思います。


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