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せいゆう丸釣行記

2018-08-27 02:14:00
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本来ならば、一人で6個の金メダルを獲得した池江花子選手の写真を載せるべきなんでしょうが、個人的にべっぴんな鈴木聡美選手が好きなのでこのお写真を載せました。

 

 

 

いよいよ8月も終わりですなあ。

 

インドネシアでのアジア大会で日本のメダルラッシュが連日伝えられて、日本人アスリートも強くなったなあと感心するけど、それってそういうスポーツ報道番組が見ることが出来るくらい、荒天続きで凄く暇だったことを示しているのであります。

 

今日から2~3日は沖に出られそうですが、未曾有のお休み続きの月でありました。

 

でもね、毎日沢山ご本が読めて随分充実した毎日を送れましたわよ。

 

 

 

この年になって恋愛小説を読んだって意味が無いから、自分の年齢が高齢者の入口に差し掛かってきたこともあり、さしあたって少子高齢化や定年をテーマにした書物を読むことにしました。

 

「未来の年表2」 「ジェロントロジー宣言」 「定年ゴジラ」 「定年後」 あたりを繰り返し読んでみましたが、日本の高齢化はかつて人類が経験したことのない未体験ゾーンに差し掛かってて、しかもハイペースで進んでいるらしいけど、それを自分の直接的な問題として捉えている方は、多分まだまだ少なかろうなあ。

 

自分もそれらの書物に目を通すまでは漠然と 「日本の人口は減るだろうがまだまだ先のことで、自分の世代では大して変化は無かろう。」 とタカをくくってましたが、とんでもない間違いであることに気付かされましたわ。

 

 

 

 

2017年の出生数は94万人で、死亡数は134万人げな。

 

つまり日本の人口は毎年40万人ずつ減少していることになりまして、宮崎市の人口がちょうど40万人だから、毎年宮崎市に住んでる数の日本人が消えていくことになりますねえ。

 

では高齢者はどのくらい居るかと言いますと、2017年の数字ですが65歳以上の高齢者は3,514万人で、その中の80歳以上の高齢者は1,074万人で、高齢者の約3人に1人が80歳以上ということになりまして、50年後には出生数が54万人とさらに減少し、逆に100歳以上の高齢者は56万人に達して、生まれてくる赤ちゃんの数より100歳以上の高齢者のほうが多いという恐ろしいことになるげなよ。

 

 

 

まあ早い話が高齢化した高齢者の割合がものすごく増える一方、生産活動を行える20~60代の労働人口がガクンと少なくなることを意味しているんだなあ。

 

するとどうなるか、

 

① 日本各地の交通インフラを高齢者向けに変えていかなければならない。

 

② 若者は地方の土地建物などの負の相続を嫌うから空家が激増し治安が悪化する。

 

③ 大都市周辺の公営住宅やマンションに住んでいる団塊世代のお方達が居なくなり、おびただしい数のコンクリート住居が廃墟と化す。

 

④ 農業の担い手が減り続け、特に生産に手間のかかる野菜類の供給が慢性的に不足する。

 

⑤ 中小企業での人手不足が深刻になり、大企業の経営も当然揺らぐ。

 

⑥ 人口が減少することで特に地方の電車やバスといった交通機関の廃止や減便などで、移動することが困難になる。

 

⑦ トラックの運転手や航空機のパイロットが足りなくなり、宅配を始めとする物流が機能不全に陥る。

 

⑧ 地方のガソリンスタンドが利用者激減で経営出来なくなり廃業が相次ぎ、高齢者が暖房用の燃料確保することが難しくなる。

 

⑩ 杉などの造林地の手入れする人が居なくなり荒れ放題となり、温暖化のゲリラ豪雨で流木での災害が大規模になる。

 

 

 

こんなことが予想されるらしい。

 

確かに介護する職員が慢性的に不足してたり、近年引越し業者の人員確保が難しくなったためか需要に応えられず、引越し難民なる言葉も作られたくらいだから、もうそこまで高齢化社会の弊害が進んできていると考えて差し支えなさそうですねえ。

 

 

 

 

先日この欄で紹介した 「セリカの君」 さんからお便りを貰いましたが、次のような内容でした。

 

「超高齢化については、少し前にテレビの特集を見たのですが、日本は世界で最も危機的な高齢化が迫っており、人口の分布図から『棺桶型』と呼ばれているらしいです。


それでも、選挙での票は年配の人達がその多くを握っているので、若い人達のためという政策は実現しにくいのでしょう。

子育て支援とか待機児童の解消とか、焼け石に水滴を落とすような生ぬるい政策ではどうにもならないのはわかっているはずなのに、もう本当に戻れないところにまで来てしまっているような気がします。


結婚をして子供を産んで育てるだけで儲かっていくくらいの、極端な政策でも実現しない限り、もうダメかもしれません。

自分の老後のことを考えると本当に不安になります。」 

 

との感想をお寄せいただいた。

 

 

確かに 「公的年金が将来どうなるだろうか?」 を含めて不安だらけの日本の、そして自分達の将来ですが、でも確かなことがありまして、それは体が続く限り何らかの仕事を続けることで、それでそれらの不安がかなりの部分で解消されることになりそうですよ。

 

 

 

 

年金制度が創設されたのは1960年頃で、その頃の平均寿命は男性で60歳ちょいだったので、55歳で定年を迎えて数年間年金を受給したら、いつの間にかあの世に旅立たれるって感じだったのだろうが、今や平均寿命は男性で80歳に届こうとしている。

 

実際には 「人生100年時代に突入!」 と言われるほど近年寿命が急激に伸びたので、現在60歳で定年迎えても30年から40年も余生があることになるから、もはや年金だけで十分に生活することが可能な原資が保たれる訳もなく、 「年金は高齢者が生活するための保証された給付金」 から 「年金は高齢者にとっての保険の一つ」 に発想を転換させるべきなんではないでしょうか。

 

むしろこんな働き手が減少する時代にそぐわない、全ての働く人から年齢で一律に職を剥奪する理不尽な 「定年制度」 にこそ問題があると思う訳で、体が続けば高齢になっても働き続けられるシステムに早急に変えてもらわねば、それこそ多くの人が年金に依存して、働くこともなく、そしてすることのない不安だらけの人生を歩まなければならないのであります。

 

現在アバウト80歳以上で、公務員や会社員で定年を迎えられたお方達は経済的に概ね心配は無いでしょうが、年齢が若くなるほど受給する金額が低くなる傾向にあるから、元気でしかも嫌でたまらない仕事で無ければ、出来るだけ仕事を続けるべきでしょうなあ。

 

 

 

勝手に55歳を自分の定年と定めて?組織を離脱した経験ある者からしますと、組織にがんじがらめに管理されるのが嫌で離職してやっと自由を手に入れ、嬉々としてしばらくは自由を楽しめたのも束の間、その先にあったのは毎日が退屈で、且つやらなきゃならないことがまるで無い、不毛な毎日でした。

 

しかも職が無いので収入が当然ゼロになり、蓄えがどんどん減っていく恐怖を味わい、地獄のような数年を過ごしましたが、なぜかしらおかげなことに現在の姿になることができましたが、この5年間に味わったどん底の経験は、自分がこれから生きていく上できっと肥やしになるだろうと思っております。

 

 

 

経験上はっきり言えるけど、 「悠々自適の生活」 という誰もが憧れる理想郷はこの世に存在せず、仮にお金に不自由しなくても、特にすること無くて退屈でぶらぶらするしかない、誰からも名前を呼ばれることのない辛い世界だと認識すべきでありましょう。

 

長年組織に努めて頑張って、管理職や取締役として組織内に影響力のあったお方でも、組織を離れたら 「ただの人」 になるのだけど、これがどうした訳か頭では分かっててもなかなか心に受け入れられず、家庭内管理職になって奥様から嫌がられ、結局三行半を突きつけられる羽目になったお方も結構いらっしゃるようだ。

 

 

 

「退屈は退いて屈することだ」 と自虐的に訳した人もいるが、 「亭主元気で留守が良い」 の名言の通り、男は働ける間は働いて、奥さんとある程度距離を保つのが夫婦を長続きさせる秘訣だと、自分は信じております。

 

ただ問題は何の仕事をするかでありまして、職種によるでしょうが継続雇用されたとしても65歳までとか、良くて70歳あたりまででしょう。

 

でも70歳と言っても自分の知る限り皆さんお元気でピンピンしていらっしゃるから、 「知力と経験と思慮深さを」 持ち合わせた有能な人材をむざむざ手放すのはあまりにもったいなく、そもそも理不尽なお話なので、それなら組織に頼らず自分が楽しんで続けられる仕事を若いうちに見つけておくことが非常に重要になると思いますよ。

 

 

 

 

40代後半から50代前半までに、組織内で仕事をしっかりした上で、そのことを意識し模索し続ければ、きっと長く続けられる仕事に出会えると信じております。

 

大事なのは、そのお仕事が自分が好きだったり得意の分野だったりすることで、決して濡れ手に粟的に儲けてやろうと思わないことに尽き、コツコツやれば月に数万円でも良いから稼げることを考えることだろうねえ。

 

ボランティアも否定しないけど、やはり受給する年金をベースに生活しつつ、僅かでも良いから稼いで人様から頼りにされる仕事を見つけることが出来れば、さらに収入を増やせないか考えるようになるから、モチベーションをずっと保てると思いますがね。

 

 

 

今の生活を 「戦略的に縮める」 ことも極めて大事なことでして、「縮む」 = 「卑屈」 的なイメージとして捉えず 「縮む」 = 「足るを知る」 と捉えることが出来れば、コストのかからない結構楽しい生活が送れるみたいですよ。

 

 

 

色々ベラベラと書きましたがあくまでも自分の考えで、全てのお方にとっての正解ではないとは思いますが、経験的にサラリーマンは仕事をしている間は目の前のことに一生懸命にならざるを得ず、将来の自分の姿を想像する暇が無く、そうしている間にいつの間にか定年を迎えてしまうのが現実だから、お若い今のうちに努力して勉強して意識して、将来の自分の姿をイメージする訓練をされることをお勧めしますわよ。 

 

 

 

 

さあて今日久しぶりに沖に出てみますが、シケ明けに釣れた例しは無いから、気楽にクルーズ気分で沖に出てみますわね。


2018-08-26 04:58:00

昨日はかあちゃんが実効支配している自宅で、密かに時間を過ごしていました。

 

「半分、青い。」 の一週間分を見たが、律のお母さんの和子さんが亡くなる直前に 「おかあさん、不甲斐ない息子でごめんなさい。」 と嗚咽した場面に涙をし、鈴愛と律の距離が次第に近づいてきたのにワクワクしたところまでは良かったが、その後の時間の長いことながいこと。

 

やっぱり自宅で時間を過ごすのは無理だわ。

 

理由は分からんが、決して居心地が悪い訳ではないけど面白くない。

 

時間が経過するのが遅過ぎる感じで、確かに読書は出来るけど集中できん。

 

ということで、今から内海に出立するけど、どうやら明日から沖に出られそうな雰囲気なので、準備に出立しますわ。


2018-08-25 03:49:00

最近お船の中で本読みが忙しくて、自宅でバラエティー番組を観てないから評論家がどのような解釈をしてるか分かりませんが、近頃ドバっと表面化した中央省庁や地方自治体での身障者雇用の問題について一言。

 

 

 

宮日の1面の下の欄は編集手帳だったっけ、 「上から目線」 という表現してたけど、まさにそれなんだよね。

 

最近では随分薄くなってきたようだが、 「してやってる」 的な高慢なお考えが、お上には確かにあった、いや今もあるかも知れん。

 

そもそも 「お上」 という表現自体がどこから出てきたのか知らんけど、日本の歴史に由来しているのかも知れないが、とにかく日本人はお上に弱い。

 

 

 

今現在90歳を超える自分の父親が公務員だったからよく分かるが、あの時代の公務員には差別的思想が色濃く残ってて、どうやら親父は戦争中には炭鉱でオランダ人の捕虜を使ってたらしいが、 「指導員」 をやってたんだと今でも誇らしげに話す姿を見ると、 「あんた、終戦時に殺されんでよかったね」 といつも思う。

 

親父はどうやらその流れで公務員になったようだが、戦後GHQの置き土産で労働運動が促進されて生まれた総評や国労や日教組などの滅茶苦茶な労働組合の影響だろうか、 「あくせく仕事をせずに給料を貰う」 という完璧に間違った思想が植えつけられられたようで、自分が忙しそうにしてると 「何をバタバタいつもしてるのか?でーんと構えて生活しろ。」 といつものたまう。

 

あくせく仕事をすることは恥ずかしく実に卑しいことで、権利で自動的にお金を手に入れることが理想といった、信じ難い思想を頑なにお持ちのようだ。

 

実際、今では考えられないことだが国労(国鉄労働組合)は、1970年代にはスト権ストとか訳の分からぬ理由のストライキを頻発させ、電車を止めて組合員が線路上で麻雀やって普通に給料貰ってたという信じられない逸話もある。

 

 

 

今の時代に昔のそんな歪んだ思想が引き継がれてるとは思いたくないけど、今回の障害者雇用の問題の根底には 「面倒なことはしたくない」 の表れではないかと想像しております。

 

自分は障害者の表現は好きでなく、 「身体にハンディを持ったお方」 的な表現の方が良いと思うが、間違ってはいけないのは障害者は仕事の 「障害」 になる人達ではなく、体になにかしらの障害をお持ちの人達なんですわ。

 

だからその方達が普通のお方達と同等に仕事をこなすことは難しい面があるので、仕事に就くことが阻害されないように障害者雇用促進法なるものが作られたのでしょうが、現実にはお役所においてもそれが 「面倒」 であろうことを想像するに難くない。

 

 

 

ハンディが無い人でも毎日の仕事をこなすのに大変な思いをしているのに、普通に考えて身体にハンディをお持ちの方が全く同等の仕事をこなせるはずも無く、当然そこには支援という手助けを必要としますわな。

 

同じ職場のお方からするとその支援に手を取られることは自分の仕事量を増やすことになる訳だから、そこに 「面倒」 が出来るだけ生じないよう障害者手帳を持ってない軽微なハンディをお持ちの方を雇用して、目標の数字を達成しつつも 「面倒」 を軽減してきたのが真実であろう。

 

だが問題は、 「企業にペナルティを課してまで促進するお役所側が、それをやっちゃいけないよ。」 ということで、もし仮にお役所が障害者を雇用をすることに限界があるとするならば、雇用促進法をそのものを見直さなきゃいけませんわな。

 

 

 

差別をなくすことは健全な社会を形成する上で絶対に必要な要件でありますが、個々の事情を理解することはもちろんで、そしてそこには支援というエネルギーも必要で当然コストもかかる訳だから、その観点からじっくりと思慮深い議論を進めて、小手先で上滑りの対策でなく、雇用する側もハンディをお持ちの方達も納得出来る法整備を進めることが、先進国日本の役目じゃないかな。

 

 

 

海が時化て、長いことほぼ無職状態の自分が偉そうなことを言っても説得力全然なさそうだから、そろそろ半額ハンティングしながら港に向かいましょうかね。


2018-08-24 03:37:00
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この欄に久しぶりに登場する 「セリカの君」 さんでありますが、このお方現在京都大学勤務の学者さんで、何年か前にノーベル賞を受賞された中山伸也教授のもとで何かの研究を進めておられるそうな。

 

「何か」 と書いたのは、お会いする度にその内容を聞いてるはずなのですが全く頭に残っておらず、仕方ないので 「何か」 としか表現ができないけど、会ってる時はほとんどお魚の話しかしないから、多分それで良いのだ。

 

で、先日その 「セリカの君」 さんから写真入りのメールが届いたのでご紹介。

 

 

 

なんでも日本海側の舞鶴港から半夜釣りで奥さん共々出港されたそうなんですが、ママダイ・マダイ・アジ・サバ・イカ と。ジャカスカ釣って処理するのが大変だったそうな。

 

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お仕事の合間に釣りに行かれてるそうですが、以前この欄で紹介したでかいメダイを釣られたりと、舞鶴の四季の釣りがようやく出来たと喜んでおられましたわ。

 

そしてなんと言ってもこのお方の凄いところはお刺身や干物をご自分で造られるところで、もうほぼプロの領域の仕上がりと思いますがね。

 

時々こうしてお便りをくださるけど、ひょとするとこのお方はご自分の職業を詐称しているのではとの疑いが、最近浮上し始めてますわよ。(笑)

 

 

 

スパコン予想をずっと見ているけど、今月は本当に終わっちまったようです。

 

このままでは出港率20パーセントと未曾有の最低記録を更新してしまいそうですが、これって一般企業や商店なら倒産か自己破産の危機に直面するゾーンだと思うけど、もともとがボランティア的にやり始めた沖のお遊びだから、我慢して食べるご飯の量を少し減らせば何とかなると思うので、あまり気にしないようにしちょります。

 

もし安易に流行りに乗じ 「稼げるときに稼いでしまえ!」 てな調子にあの手この手で集客し、高収入・高コスト体質にどっぷりと浸かってたら、こんな時が大変だろうなあ。

 

 

 

さてさて、冷蔵庫に牛と豚の合い挽きミンチの在庫が無くなったらしく、早めに半額ハンティングで買ってきてくれと我が家のメルケル首相から命令が出たので、そろそろ出立してお買いものに出かけましょうかねえ。

 

 

 

 

 


2018-08-23 03:05:00
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昨日は何年か振りにイオンの書店に行って面白そうな書物が無いか、ウロウロ探してみることにしました。

 

自分はイオンのようなドデカイショッピングモールは基本的に嫌いで、洋服やアクセサリーなどと若者が喜びそうなお店ばかりだし、基本うどん以外は外食しないようにしてるのでグルメのお店も関係ないし、第一に人が多過ぎ且つ音がやかましいから、好まないのであります。

 

しかも建物がいつの間にか増えたらしく、まるで複雑怪奇な空間に思え、さらに駐車場のどこに車を停めたか分からなくなって、一緒に行ってくれたかあちゃんの後をすごすごと後追いするような始末でありました。

 

 

 

そんでもってあそこの書店はデカ過ぎ、あまりに本が多すぎて田舎者の自分には本を探すこと自体困難を極める事態となりまして、結局キーワードで検索してやっとのことで探し出した 「定年ゴジラ」 の本を手にすることに。

 

まだほんの少しだけしか読んでないけど、確か文藝春秋で取り上げられてた記憶があって以前から少し関心があったのですが、どうやら団塊の世代のお方が定年を迎えられて 「こんなはずじゃ無かった」 的な内容のような感じが致します。

 

自分の場合5年ほど前に自ら自由人の道を選びフリーターになった訳ですから、定年という区切りを経験することはもはやありませんが、自分が今年還暦を迎えたこともあって、定年を迎えてどのような世界が見えるのか少し興味がありますがね。

 

まあ、今月は海は諦めて読書の日々にしようと思ってますので、暑くなければ船の布団にゴロリとしてゆっくりと読んでみたいと思ってます。

 

手に入れば地政学的な書籍も読んでみたいし、池上彰さんが執筆した書籍も沢山あるし、寺島実郎さんの「ジェロントロジー宣言、人生100年をどう生きるか」の本も読んでみたいものですわ。

 

 

 

 

そんなことでお金が無い悩み以外は、たっぷりの時間の中で毎日を結構楽しんで生活していますけど、暇な時にはトライアルとかアタックスなどのディスカウントショップにも出かけて何か安い物は無いかと、お店の買い物カゴを持たずにウロウロすることがありますが、平日の午前中は高齢者の姿がものすごく多いですねえ。

 

今は夏休み期間中だから子供の姿も見かけるけど、それにしてもお年寄りの数の多さには驚いてしまいますわ。

 

自分も老人への道を進んでいるのは確かなのだけど、先日この欄に書いた高齢化のスピードは恐ろしい勢いで加速しているのかも知れませんわ。

 

近い将来、さらに溢れかえるくらい高齢者が増えてしまうのでしょうねえ。

 

「静かなる有事」 がヒタヒタと忍び寄ってることを、肌で感じる今日この頃であります。

 

 

 

話は変わりますが季節の変わり目に楽しみにしていることがありまして、それがコンビニのおでん祭り。

 

自分が住んでいる市営マンション?の角っちょにローソンがありますが、昨日から25日までの間おでん全品70円セールが始まりました。

 

 

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イオンの帰りにそのローソンに立ち寄り、かあちゃんと10品選んで買いまして、家に帰って今年の冬に半額ハンティングで手に入れてたおでんのタネを真空して冷凍してあるのを取り出し解凍し、玉子を数個茹でて殻を剥き準備オッケー。

 

つゆをたっぷり入れてもらってるので、一緒に炊いて立派なおでん鍋に。

 

お楽しみの晩酌が美味しかったのは言うまでもなく、我が家の季節の変わり目のプチ贅沢を堪能いたしました。


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