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古本屋日誌
今朝はかなり激しい雨でねこも出ようとはしましたが地べたがびしょ濡れでおまけに叩きつけるような雨なのでしばし躊躇してから勢いよく戻ってきて二階で寝てます。
NHKで1月に歌舞伎座であった「菅原伝授手習鑑」寺屋を放送していました。例の松王丸が我が子を菅秀才だとして殺させて自ら首実検に及ぶくだりで、まあいつものことながらそのバカバカしさにあきれるばかりです。我が子の命を差し出す親も親ですが、寺子屋の師匠夫婦もこの子はみめもよく田舎のはなたれ小僧とは違うからしめたものだと身代わりに殺そうとするわけだから、幼児虐待どころでなく、子殺しの張本なわけです。そういうデタラメなネタを語りや人形違いで納得させるのが芸なんでしょうが、私はそれ以前の違和感が先立ちます。というわけで、来週放送される口説きのシーンは楽しみです。岩波文庫で「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」が出ていますが「菅原伝授手習鑑」はやはりあまり人気がなく古書価格も低迷しています。
今朝も涼しいのだがだんだん気温が上がってきている気配です。猫は機嫌が悪いとトイレの砂をわざと強く書き出して廊下に散乱させ、ためににゃんババまで転がり出ます、そのババを手や足で器用に操って居間の方まではこんできます。おかしな香りが充満して、嫌がらせ効果は高いです。
京阪電車の森小路駅近くには本屋がえらい多くて新刊の書店がニ軒、古本屋も三軒あります。少し前まではさらに新刊の書店が二軒あったのですが、つぶれてそのうちの一軒は居酒屋になりもう一軒は貸家状態です。以前は駅前に大きな演芸場があり、桂ざこばが初舞台を踏んだところで、やがて時の流れで今はスーパーです。さらに少し前までは貸本屋がありました。一週間50円で漫画を貸してくれるので私はさがみゆき、森由岐子などをレンタルしてました。酒の量販店もあるんですが最近の国産ウィスキーブームでサントリーの山崎12年、白州12年などが高騰していてここの店でも1万を超えるプレミア価格で販売している。
森小路駅はつまりはしもた屋ふうのお店が多くて昔から同じ商売をしていて、お客さんもついているし、得意先もある、ある程度余裕や蓄えもあって店主の趣味で商売ができる。街角で昔ながらのもなかやアイスクリームを安く売る店、岩波書店や新日本出版社の本に特化した本屋、大変な量の洋書を置く古本屋、店主の趣味で非常に細かく本が分類されて並べてある古本屋、ものすごい分厚く非常に安いお好み焼きを出す店、白鵬の後援会に入っているパン屋、お得意さんに月刊誌を配達することで生計を立てている昔ながらの本屋、小学生相手の駄菓子屋、老夫婦がやっている一膳飯屋といったたぐのお店で、なんかようわからんコンセプトなんだが、それでも潰れることもなく何十年も商売をしていけてるわけだから、勇気付けられます。
今朝も寒いくらいで、ひるひんなかでも涼しいですね。猫さまは相変わらず朝早うからお騒ぎになり、果てには布団に戻しなされましたので、仕方なく起き上がりきれいにさせていただいた上で起きておトイレもきれいにして差し上げました。大阪ではネコババとの言うがにゃんババと可愛らしく盗みのことをいう方が多いんですがこれまた故人も猫さまに取り込まれていた証左でしょうな。
お客さんのところに見積もりでうかがうのには電車を使うんですが、なぜか年齢に関係なく女はドアのすぐ横の手すりにつかまりたがり、下りる時でも名残惜しそうに手すりを離さない。下りてからもまだ左手は手すりをつかんでいるときすらあります、これは婆さんに限ることでなく若い女でもそうなので、電車の揺れや振動から身を守るためではなさそうで、何らかの性癖なんだろう。電車から下りるときもどうこと思うことがありめます。爺さんや婆さんなのに電車がまだ動いていてブレーキをかけるタイミングや加減で車体が揺れたり、また慣性の力が働いて体が前のめりになることくらいもう何十年も生きてきた人間としてわかっているはずなのに、座席からあまりにも早くに立ち上がり、よろけて人の足を踏みつけるバカがいますよね。やってることの意味が全くない、まるで蛭子能収のマンガの主人公のようだ。まるっきり意味のないことをする人間は非常に不気味で、その姿は正しく蛭子の作品に描かれている。
でも小さい子供も無駄なしぐさがいくらもありますね、道を普通に歩かずに下手なスキップをしたり、机に座ってるのに勝手に体が動いて筆箱やら、鉛筆やらをおとしてしまう。
お客さんからプレイガイドジャーナル編の「京都青春街図」の1978年のものをお譲りいただきました。青春街図シリーズは大阪、神戸、京都、福岡、名古屋、東京、湘南、札幌は見たことがありますが、他にもある可能性があります。山口由美子がれいの手書きのタッチで各地域のイラスト地図を描いていてなかなか味があります。喫茶店の紹介がたくさんあって懐古趣味を満足させられるんですが、知ってるサテンなのに、山口とかのコメントは意味不明なことが多くて、これはどう考えればいいのだろうか。例えば京大前の例のレトロな喫茶「進々堂」の説明は「勝手に駈け去った風景が傷を負って戻ってくる、時間が朝の光の中を横切っていく...」ですよ。また王将の説明は「正義の廉価中華料理店」とあるが当時も今も私は王将が安いと思ったことはないなあ。また南座にある例のニシンそばの「松葉」をうまいと書いているが、全く同意できません。
今朝も割合寒うて、すぐにウェアを羽織りました。猫も相変わらず外に出たがって朝早くから大騒ぎするので困りました。仕方なく早起きして出してやりましたが、「まだ、早いから眠たい、もう少し待ちなさいね」と寝床から話しかけても全く聞く耳持たずで、根負けしてしまいます。猫さまにお仕えしている僕のようなものですね。
5月の3日にNHKがスペシャルで「憲法と日本人」を放送して憲法制定から15年ほどたった1965年までの憲法改正をめぐる動きを追跡してアメリカは軍国主義の復活を阻止する目的でいわゆる平和憲法を押しつけ、そのご冷戦が始まり朝鮮戦争となるに及んで今度は軍隊を持つようにと強制しょうとしたという。池田ロバートソン会談では米側から軍隊の規模を30万人にするようにとの要請があったほか、軍隊を毛嫌いする国民を再教育するべきだとか、憲法改正をするにはどの程度の時間がかかるのかなどといった踏み込んだ話が出て、池田は「我が国には憲法の制約に加えて国民の間に戦争を嫌う傾向が根強くある。この二つの制約がある中で再軍備を進めるのは自ずから限界がある」と述べて、アメリカが押しつけてきた憲法を利用してその圧力を跳ね返そうとした。池田は国民の間に根強い反戦意識があるとも述べているのだが、確かに大東亜戦争では日本人だけでも310万人死んでいるのだが、その内訳を考えて見たら大都会を無差別に爆撃する、広島、長崎に原爆を投下するなどといった当時の国際法に照らしても明らかな犯罪行為にアメリカは手を染めたわけで、こういう蛮行が日本国民の反戦意識の核をなしているような気もする。池田はどのあたりまで踏み込んでロバートソンに反論したのか知りたいところだな。
今朝はかなり肌寒くて起きてすぐに上着を羽織りました。それでも雄猫は元気に外に出て雨に濡れたイネ科の植物をむしゃむしゃ食べて盛大に戻しています。
講談社現代新書を先日かなりまとまってお譲り頂きました。「須弥山と極楽」はロングセラーで仏教の世界観を図や表でわかりやすく説明したもので途方も無い雄大な時間の流れを感じることができていながらにして高い山の頂きに登り遥か彼方を見下ろしている気分になれます。これと似た非常にオリジナリティに優れた新書にひろさちやの「死後の世界の観光案内」があります。「道徳を基礎づける」も評判の本で孟子の例の井戸に落ちこもうとしている赤子をみたら惻隠の情を呼び起こしてみな助けたくなるであろうを手掛かりに道徳の基本を考えていく本で人気がありなぜか講談社学術文庫から復刊、やはり文庫の形で出した方が客受けしてよく売れるのでしょう。「季節性うつ病」はようお客さんからないか?と訊ねられる本で現代新書は精神の領域に切り込むおい本がたくさんあります。「稟議と根回し」も人気のある本で日本的な合意形成の理屈をわかりやすく解説した本です。「日本古代の国家形成」も三王朝交代説を唱えたもので昔はよく売れていました。そして西部邁の「核武装論」は彼が自殺してから人気が高まっていてかなり高値が付いています。ただまあ核武装などして、アメリカに頼らず自国の方針は自分で決めたいというのも威勢はいいんだが考えものです。
逆にわけのわからない本では「失われた文明」ですね、これもよく売れていた本ですが、とにかく翻訳がデタラメでわかりにくい、今はこういう低レベルの翻訳はさすがに減っているのでしょうがかつてはこれです、ある意味で記念碑的な本です。