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古本屋日誌

2018-05-29 12:23:00

夜前から蒸し暑く早くも二階の窓を開けて風が入るようにして寝てます。今朝も雄猫は外に出て大量のイネ科の草をはみ、突然家の中に戻ってきたので、車でも来たんかなと思いきや、急に体を震わせてえずきだして、緑の懐中電灯みたいな形の嘔吐をカーペットにされました。外でやって欲しいところです。

京阪電車の萱島駅から少し東に歩いたところ、だんじり小屋のあるところから墓地を経てソースをつけずに食べるだし巻きのような美味しいたこ焼き屋さんからさらに下島町に至る微高地はもともと寝屋川の扇状地でした。西暦の500年くらいまでは萱島駅あたりまで河内湖となっており寝屋川はその中に流れ込んでいてドロリと湖の中に扇状地を作っていて、その時分から既にたかくなっていました。やがて河内湖が干上がり始めましたが、寝屋川の水量は保たれましたので、今までのようにまっすぐ湖に流れ込むルートでなく既に塀のように高くなっている扇状地の北側のへりを右折れして現在の流路となりました。

井上章一が「京都ぎらい 官能編」に書いていますが洛西の祇王寺とか東山の花見小路や高台寺周辺など、いくらでもあるのだがもともと何もないところなのにあたかも昔からそうであるかのように装って観光名所にする技が京都のお得意です。私にはかなりいかがわしい行為に見えるし、このようにやたらに昔を商売にして持ち上げるのは田舎によくある現象です。太宰治の生家やその周辺が一大観光名所となり、些細なことでも全て名所に作り上げて宣伝しているのは周知のことです。大阪も以前はここが仁徳天皇の高津宮の跡でござーいと高津高校のグラウンドにでかい石碑を建てたり、神武天皇が東上してきた時に見つけた「白かた」は今の枚方だから顕彰しょうとかやってました。まあ京都よりずいぶん古くから歴史の表舞台となってましたから、やろうと思えばものすごい規模でできるだろうし、やりようによっては20〜30年であたかもそれらしい名所はできるでしょう。