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古本屋日誌
COTOGOTOブックスという出版社から『西村賢太追悼文集』が出た。
200ページ余りで各出版社の編集や親交のあった小説家、古本屋、一般の読者が各々の視点で賢太を論じている。
西村は、いろいろな出版社と揉め事を起こして、切られたり、音信不通となったりしていた。
先日出た『本の雑誌』6月号ではその編集者たちの座談が掲載されていた。
ここではあからさまではないものの、何が原因で賢太と揉めることになったのかがわかる話があった。
それは単行本が出た際に、著書の賢太に50部程度、献本される。
これは彼が世話になった人や評論家や親交のある作家に送るためのものなんだが、その本のコンディションチェックをひつこくやるというのだ。
帯が切れたり、傷んだりしていないか、カバーにスレがないか、このあたりはわからなくもない。
しかし賢太のこだわりはそんなもので済まず、カバーの印刷のムラがゆるせなかったり、造本の少しの歪みなどにまで及んで、それを各社の担当を交えて長い時間使い細かく調べるというわけだ。
こんなくだらない、賢太の単なるわがままによく付き合うものだよなあ。
今回の追悼文集でそのあたりがさらに赤裸々に語られることを期待していた。
KADOKAWAの山田剛史の文。
「こちらのミスも、賢太さんの甘えや理不尽も、お互いに思うところもありました。仕事上のことでは大変厳しく、小説や書籍に対する妥協は一切ありませんでした。その一方で、〆切がギリギリになったり、時には延期したり落としたり、音信不通になったりもありました。
また装幀やネームも一切こちらの意見を聞き入れませんでしたし、後年は売れ行き自体も芳しくありませんでした。
各出版社も必ず一度はもめて、そのまま関係性が切れてしまうこともありました。私自身、何度か罵倒を受けましたし、『これが貫多か』と実感したものでした」
という程度で細かい揉め事の原因や経緯は書いてない。やはり死んだ人を鞭うつのは作法としてなじまないのかなあ。
今日は京都に出向いて自転車の朝日が全国で運営しているレンタル自転車を使ってみた。
神宮丸太町で下車してすぐ南の駐輪場の2階にレンタサイクルの自転車が並んでいる。
料金は初めの30分が130円で以後10分ごとに100円が加算され、上限は1800円だ。
すべて電動なので坂の多い京都の街中は好都合なのだ。
とりわけ、銀閣寺道から西に伸びる今出川通は、幅員もあり、傾斜もかなりある上に、直線区間も長く、東一条までの相当な距離をひたすら下るので、極めて爽快だ。
ただ問題は駐輪場で、繁華街にはそんなものはないから困ったことだ。
とりあえず二条通りから東大路に出て、北上して、お客さんのところに伺いよもやま話。
津田書店の津田周一さんが亡くなったを聞いた。72だそうで、2月に検査入院して間もなくのことで、中皮腫だったという。
彼の父親は美術書専門の大阪国際書房を経営していたそうで、その社員だったのが今もあるシルヴァン書房の岸本さんなんだそうだ。
俺は津田さんとは随分前の学生の頃に百万遍の古本市でお会いしことがある。
津田書店は毎回たくさんの辞書や絵筆、児童書、巨大な聳り立つ文庫展示台を持ってくることで有名だった。
その中に三省堂の『新明解国語辞典』の第四版があって、2刷、4刷、30刷でそれぞれ語釈も少しずつ違っていて面白いから、3冊ともレジに持っていった。
津田さんはじろりと見て『これみんなおんなじ本やで』という。
『いや、いや、いや、全然違う違う。動物園の説明はおんなじやけど、マンションの説明なんかは4刷になるとちごてるんですわ。30刷はどっちも変わってもうてるし』と言ってみたけどあんまり興味は示されなかった。
古本屋といっても本の歴史は古代エジプトから3000年は優に超えるから、基本的には店主よりも客の方が圧倒的に知識は豊富だ。
だから『これみんなおんなじ本やでも』などと言って欲しくなかったなあ。
今月のちくま文庫に宇田智子の「本屋になりたい」が入っている。
著者の宇田は元は東京のジュンク堂に長く勤めていたが那覇に移住して、牧志市場の近くで古本屋を始めた人物だ。
扱う本は沖縄本で、なるほど牧志市場の近所なら観光客が一度は訪れる場所だし、「せっかく沖縄に来たんだから、ちょっと深掘りしてみよか」と沖縄本を手に取る人もいるだろう。
何より大都会の本屋といってもさまざまな沖縄本を扱っているところはほぼないだろうから、「ここでしか買えないな」と購買意欲に駆られるというものだ。
なかなか商才があるよなあ。
しかし驚くのはそのことではない。
牧志市場が建て替えとなり、隣の店舗が空くので、そこも借りて、店舗面積を拡大した。
「ひとまずテーブルの上に本を並べて「100円」と値札をつけた。
すると、いままで素通りしていたまわりの店主や市場のお客さんが足をとめて、本を買ってくれるようになった。
時代小説や自己啓発など、これまで店に置いていなかったジャンルの本がよく売れて、需要があったのに長い間応えられていなかったことがわかった。」
店舗売りでは時代小説や、啓発本、ベストセラーが売れることなど誰でもわかっていることだ。
それすら知らなくて10年も店舗を構えてメシが食えていたことは驚きだ。
つまり商売なんか甘いし、世の中はその程度のものだということがよくわかる。
今日から三ノ宮のさんちかホールで古本市、早速行ってみた。
ここは阪神、阪急、JRから近い神戸の一等地だ。
また地下だから涼しい。蚊に襲われることもない。
先にやはり三ノ宮のすぐ南にある神戸阪急で古本市があった。
東京なら銀座であるし、大阪なら梅田一番地で、古本市がしばしば開催されるわけだ。これほど魅惑的なものはないな。
さて、そのさんちかホールの立地は、地下一階の3番街の店舗群から、さらに階段を降りたところにあって、周りは回廊のようになっている。
だから、本を選ぶ人々の様子を、背もたれに身をあずけながら観察もできる。
もっと楽をしたいなら、回廊の一部は洋菓子のモロゾフの喫茶店になっているから、窓際の席に腰掛けてコーヒーや美味いケーキにぱくつきながら、じっくり古本市の様子から、必死の形相で本に見入るお客さん、ぶらぶら視察中の店主の姿まで、目で追うことができる。
目録が出ていて、写真版の筆頭は川瀬巴水だ。
昭和11年初刷の「舟津の富士」は、25万、毎日新聞社から出た『川瀬巴水木版画集』が98000円となっている。
三五館がシリーズでいろんな労働者の日常を書いた本を出していて、どれもなかなか好評だ。
今年春にはコールセンターで働く話をまとめたものが出た。
吉川徹の『コールセンターもしもし日記』だ。
ドコモのコールセンターで料金未納ゆえ、携帯を止められた人からのクレームに応対する仕事だ。
料金を払ってないんだから、止められても当然だ。
しかしバカはいくらでも湧いて出てきて「とにかく、電話を元に戻せ❗️」と怒鳴り続けるのだから、仕事とはいえ、ストレスをかかえることになるし、第一いつまでも大声で恫喝するのは立派な脅迫罪だと思う。
その後吉川はNTTの料金コールセンターに勤める。ここは料金を払っていない客に電話していつ支払うか約束させるセクションだ。(時給は1450円)
36の菊池という女の客が
「今月の分が払えないんですけど、待ってもらえますか?」と電話してきた。
「お待たせしました、確認したところ菊池様はドコモで2回延期されてますよね。今回はお支払いの延期はできませんのでご了承ください」
「私、障害者なんですよ、障害者に対してそんなこと言っていいんですか?」
障害にもいろいろある。一般企業で働いている障害者も少なくない。この人の障害がどの程度かはわからないが、自分は優遇されて当然と思っていることは間違いなさそうだ。
「障害のあるなしは関係ありません。以前に『今回限り』と2回お約束いただいておりますので、今回はできませんということです」
「障害者がどれだけたいへんな思いをしているか知ってるんですか?おたくらみたいに自由気ままにいきているわけじゃないんですよ」一方的な決めつけにカチンときたが、つとめて冷静に言った。
「私は別に自由気ままなわけじゃないですが、延期はできませんのでご了承ください」
「そうですか。わかりましたよ。覚えときなさいよ」捨てゼリフを残して電話は切れた。これで終わったと思っていた。
ところが翌日、NTT東日本の本社から連絡があり『暴言を吐かれて嫌な思いをしたので謝って欲しい』と菊池さんが訴え出たことがわかった。」
こういう理不尽な話なのだ。どう考えてもこの菊池とかいう障害者はバカだし、言っていることに一片の道理もない。客だからとつけあがるのもいい加減にしないといけないよなあ。