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古本屋日誌
2月に亡くなった西村賢太の追悼文集がコトゴトブックスから出た。
文庫版、220ページで、彼と関わりのあったいろんな人があれこれ思い出をつづっている。
その中に賢太が古本屋を経営していた話がある。
川島幸希という「元初版本コレクター」が書いた文章だ。
西村は25くらいで、
「それが狭いながらも神保町のビルに事務所兼倉庫まで借りてスタートした」
「ある日、野狐書房(賢太の古本屋の屋号だ)で西村君と話していたら、不意に『ところで川島さん、お願いがあるんです』と言われた。
お願いの内容は、近くだす予定の第一号目録用に本を提供してほしいということ。」
「完成した第一号目録は印刷・製本などすべて自家製の薄い冊子だが、なかなかの品ぞろえで売価も相場より安かった。」
「その後目録は三号まで発行され(四号は出てないと思う)、私は委託出品を続けたが、野狐書房は一年半ほどで閉店した。
私見では古本屋の成功する条件は❶扱う古本の分野の知識❷蔵書量❸資金力❹情熱である。
西村君はどれも十分とはいえないから、急に野狐書房を止めると本人から聞いた時も全く驚きはなかった。」
賢太が作ったという通販の目録て、どんなものだったのかな。これまでヤフオクやメルカリでも見たことがないな。
今日は高槻市の富田にあるブックオフ高槻栄店と高槻別所店に行ってみた。
というのも、橘木の『日本のお金持ち研究』によれば大阪の高額所得者の住まいは中之島、箕面、高槻北部であるとなっている。
いい本があるのではないかと期待できる気がするのだ。
実は以前に中之島の裁判所のすぐ東にある「伏見屋書林』という古本屋に行ったことがある。
かなり美術館の図録があって、細かくみたら面白そうだった。
ただかなり手狭で本が山と積み上がっていて、ゆっくり見ている余裕がない。
また箕面も先日市役所の直ぐ横にあるブックオフに行ってみたのだ。
ここは二階建てで、以前は大きな飲食店だったそうで充分な広さがあって、本の量も十分満足できるし、最近出た本がたくさんあった。
そして最後残ったのが高槻エリアなのだ。
まずは栄店。ここは阪急の富田から南に2キロくらいある。
富田で降りて、レンタサイクルを探したが、JRの摂津富田駅の北側にしかない。距離を調べてみると700メートルもある。
断念して歩いて行くことにする。
店舗は住宅街の中にあって平屋で、あまり広くない。
本のレベルは取り立てて言うほどではない。
続いて阪急で高槻市駅に出て、近くのレンタサイクルで自転車をかって(1日レンタルで150円、ただ電動ではない)JRの跨線橋を超えてたどり着いた。
ここは平屋ではあるがかなり広い。本の量もまずまずなんだが、欲しい本はほとんどなかった。
金持ちの居住地の古本屋をチェックしたが、まあ大したことはなかったな。
金儲けと読書は関係ないんだろう。
ただ箕面は一応阪大の石橋キャンパスの近くなので、最近出た単行本や文庫本がかなり多かった。
石橋は文系の学部が並んでいる訳だから納得はできるけど、すこし古いが今も需要があるような本は全然なかったな。
御田寺圭の新著がなかなか面白かったので、ついでに2018年に出たデビュー作『矛盾社会序説』も読んでみた。
その中にいわゆる「アメリカンドリーム」の話があって興味深かった。
アメリカは貧乏人も何かのきっかけで富豪になれる、ステップアップが十分可能な社会だと思われている。
しかし御田寺によればそれは幻想でしかなく、実際のアメリカは確固とした伝統社会で、ぽっと出の金持ちは所詮は成り上がり、成金でしかないというのだ。
「血統や家柄によって、すでに階級あるいは属するコミュニティがほとんど決定しており、階級の移動がきわめて難しい。」
「トランプ自身も父フレッドが事業で成功し裕福な家庭に育ったが、長きにわたって続く伝統的なエリート一家というわけではない。
(中略)
ニューヨークに巨大なビルを構えるようになったいまですら、彼はいわば『成金おやじ』として一段下の存在のように扱われている。」
なるほどそれでトランプは白人の貧困層に人気があったんだなあ。
トランプ本人もエスタブリッシュメントに劣等感を本心から抱いていた、そこはプアホワイトと同じだったわけだ。
少し前に亡くなった立花隆の作品が文藝春秋から出た。
「インディオの聖像』だ。
ラテンアメリカでのヨーロッパ人の蛮行とイエズス会の布教をテーマにした本だ。
70枚にも及ぶカラー口絵が魅力的だ。
このなかで立花はラスカサスを引用しながらかつてのスペイン人やポルトガル人の蛮行を詳細に記している。
アメリカ大陸を「発見」したコロンブスを始めとして、もともといたインディオを大量虐殺したことは有名だが、立花は虐殺後の国家構成を論じている。
インディオを皆殺しにしてしまい、労働力が不足したので、アフリカの植民地から黒人を拉致して連れてきた国もある。
また同じくインディオを皆殺しにしたが、アフリカの黒人を輸入せず、白人を中心に国を構成した諸国もある。
また極めて例外なんだが、パラグアイはインディオの虐殺が少なく今日もそれらの人で構成される国もあるという具合だ。
われわれからすれば、同じ人間であるのに、インディオを皆殺しにするなど、スペイン人やポルトガル人の残虐性、非人間性に驚くばかりだ。
(もちろんオランダ人も南アフリカで黒人を皆殺しにしたし、イギリス人もオーストラリアでアポリジニーを大量に殺したことも、よく知られている)
では立花隆はこれらヨーロッパ人の蛮行を口を極めて罵っているのかというとそんなことはないのだ。
当時はインディオが、果たして自分たちと同じ人間であるのか、それとも人間ではなく動物のような、どうにでもできる存在なのかを真剣に議論しているという。
また立花隆は「それはそうかも知れない。たしかに、時代の制約はあるだろう。でも日本人はいくらなんでもそこまで酷いことはしてないよなあ」という当然考えられる感想に対して
『日本人だって、つい少し前には中国人やチャンコロと呼んで軽蔑し、殺し続けていたではないか』と書くのだ。
全ての歴史を現代史としてみる考えに異を唱えているのだ。
17日に3年ぶりの前祭の山鉾巡行があり、NHKでは、2時間半にわたって中継があった。
かなり前だが、巡行を拝見しようと河原町通や四条通に出向いたこともあるが、歩道上は立錐の余地なく、ものすごい見物人で身動きもできないほどだ。
カップルで来ている人たちは着物姿の女が「ごめんなさい、すこしつめてもらえませんやろか」などとしなをつくり、上手いこと前の方に出て行く。
上手いこと計算してやっているのも不愉快だった。
その上ギラギラ容赦なく照りつける太陽光線も強烈で、湿度も高く、汗は身体にまとわりつくが、蒸発せずひたすら暑い。
山や鉾を拝見するどころでない。やはり祇園祭はテレビで見るものだ。
四条河原町交差点の南東角の高層ビル7階にカメラが据え付けてあって、辻回しをする山鉾の様子を些細に見ることができた。
先頭の長刀鉾は3回に分けて、30度ずつ鉾を回転させていたが、月鉾は15、15、60度と3回目に一気に回転させていた。
また鶏鉾は四条河原町交差点に入る前から、交差点中心部に青竹をびっしりきれいに敷き詰め、その上に見事に鉾を誘導していた。
祇園祭は町内対抗レースみたいなもので、金持ちの町衆が互いに張り合っていたから、今日の煌びやかな巡行が実現したのだ。
辻回しのやり方にしても「よそさんとは違う」方法にこだわっていて、この小さな積み重ねが祭りを面白くしているのだ。
24日には後祭りの山鉾巡行があって、190年ぶりに鷹山が復活する。
大阪では天神祭が25日にあるのだが、船渡御は今年も中止(花火もなし)で陸渡御のみとなる。また住吉大社の夏祭りも神事のみの実施だという。
京都は例年通りのやり方で復活させたのに、大阪はやらないというわけなのだ。
もともと天神祭を祇園祭と並べて論じることは間違いだ。
天神祭は過大評価され過ぎている。
そもそも大阪の北の方だけの祭りでしかなく、市内でも南部の人は興味関心を持っていない。
また町内対抗ではないから見るべきものに乏しい。
船渡御のやり方も地盤沈下で船が橋の下を通れないなどという、理由になっていない「理由」で変更してしまって久しい。