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古本屋日誌
今日は8時過ぎに起きて、食パンとコーヒーで朝ごはん。
出荷のこしらえをして、10時前に郵便局に出向く。雨が上がったが、蒸し蒸しして梅雨時のようだ。
嫁と特急で七条に出て、七条通りをてくてく東に歩いて、蓮華王院。欧米人の参拝客も多く、七条通りに面しているモータープールにはバスもちらほら。
拝観料600円を払い、靴を脱いで、初めて三十三間堂。1000体を超える仏さま、ご本尊の千手観音に圧倒される。
再び京阪電車、祇園四条に出て、てくてく四条通を祇園さんまで歩いて、東大路を北上して、デニッシュパンのボローニャ。栗の入ったのや、ノーマルのを買い、アイスクリームの乗ったフレンチトーストとコーヒーをオーダーして2階で食べた。
2階のお客さんはわれわれだけで、4月に来たときも同じような感じで、のんびりできてよい。
近くの帆布の専門店で、本を入れる大きなカバンを買う予定だったが、火曜は定休日で果たせず。東山三条にある中華屋も火曜定休だった。
三条通をてくてく歩いて、竹細工の専門店で小さな箒を買う。
河原町通に出て、久しぶりに「beer Thirty』。ここは飲みやすいスーパードライとそれとは対照的で個性の強いチェコビールを同時に楽しめる。
さらに、ブックオフ 三条駅ビル店。
今回からびっくりしたのはレジのところに徳間文庫の『アミ』シリーズ3冊がラッピングされた状態で並んでいたことだ。宇宙人からのメッセージなんだそうで、表紙カバーをさくらももこが描いている。俺は読んだことがないので、興味深い本なのかはわからない。
値段は、それぞれ4000円オーバーで、ヤフオクの落札価格に準じるものだ。
一応「ブックオフ」なのでプレミアム価格はあまり見たことがない。
それにしても、このお店はずっと出来の悪い学生くらいしか、文庫本を売りに来てくれないのか、と心配していたが、ようやく最近になってなって、いい本や珍しい本が入るようになったようだ。
古本屋の生命線は仕入れだ。
それをスムーズに行うために、数年前は京大の正門前でマスクやティッシュをサービスで入れたチラシを撒く考えを温めていた。
学生は数年で卒業するわけだから、学んで要らなくなった本を後生大事に取っておくこともないだろうし、就職が決まればさっさと手放すだろうから、合理的に本を読む集められる、と踏んだわけだ。
幸い丸太町には、俺がしばらく住んでいた熊野寮があって、暇な寮生に頼んだらバイトをしてくれるだろうとも考えた。
しかしそのためには京都に本を置くための倉庫を設ける必要があるし、買取に行くための車の手配(俺は免許を取ろうとしたこともないし、不器用だし)も必要となる。
またいろんな種類の本が入荷するわけだから、自分では売り捌けない。
専門外のものは、古本組合の市に出して売る方法があるから、そこに加盟する必要もある。
また拠点を京都に移すとしたら、通販の手続きを新たに郵便局やクロネコヤマトと結ぶ必要もあるし、店舗を構えるという可能性も検討する必要がある。
そもそも俺が学生の時を考えると、ただの一度もバイトを真面目にやったことはない。
このオレがなんで仕事なんかせなあかんねや、と本気で思っていたからだが、それからすると今の学生はみな真面目で、よく働くよね。
バカじゃないかとも思うが、もちろん、そちらの方がまともであることは言うまでもない。
それにしても大学の正門で撒く時には、こちらも手伝わざるを得ない可能性もある。
そのように付随する業務を挙げていくと、なかなかの作業量で、定年以降の仕事としては、明らかに過剰だとわかった。
白川静は、漢字の成り立ちに関する様々な著作を著していて、平凡社からは浩瀚な辞書も出しているし、岩波新書からは『漢字』と題した啓蒙書もあるから、彼の言うところが定説なのかと思った時もあった。
その研究は、漢字を構成する形に意味があるとするもので、さらに民俗学的な知見をミックスした物語りを語る。
よく知られているのが、「道」の解釈で、その昔は道をゆくのはさまざまな危険と隣り合わせであったから、分岐点のところで、生くびを神に捧げて、行路の無事を祈ったとする。
しかし、漢字の大半は形声文字であって、確かに半分は意味を表すにしても、残り半分は発音であって、字形そのものに意味はない。
それにもかかわらず、白川の研究は字形に意味を読み取り過ぎているきらいがあった。
さらに、加納昌光の『漢字の成立ち辞典』は、白川の研究に否定的で、漢字の形にいちいち意味を読み取ろうとする姿勢は間違いだとする。
さっきの「道」にしても、その構成部分の「首」は「neck」のことではない、長く続いているものを表しているだけだとする。
漢字は3000年も前に生まれたわけで、その起源など、そもそもわかるわけがないから、これらの話はどっちもどっちかみたいなものだ。
今日も8時前に起きて、朝ごはんの前に出荷のこしらえをした。終わってからクロワッサンとフレンチトースト、コーヒーで朝ごはん。
このところ仕事続きでくたびれていて、昼過ぎまで布団でぐだぐだして、嫁と天満橋駅の京阪モールに出向く。
5階のニトリでもみガラの枕(5500円)と枕カバーを購入。6階のダイソーで粘着付箋、ガムテープ、ボールペン(880円)を購入してから、ジュンク堂書店。
『number』がタイガースの連覇特集号を出しているので買う。CSの方はお疲れで大変だが、あれはおまけに過ぎないから、基本的にどうでもいいと思っている。
リーグ優勝の価値は絶大で、3月から半年も戦い、タイガースが最強であることを示した。
他にもカラサキアユミの『古本乙女、母になる。』も購入した(2200円)
カラサキは結婚し、一児の母となり、これまで自由に続けてきた古本屋巡りにブレーキをかけざるを得なくなったという。
今回の本は育児と古本への情熱の間で悩む話が多くて、その手の話は身近にいくらでもあるから、あまり面白くはなかった。
この人はずいぶん年季の入った古本屋愛好者なわけで、具体的に本の紹介もできるのではないのかな。名前のよく似ている、唐沢俊一みたいなのも読んでみたい。
でも本人が書いてるように、こうてきた本の大半は積読で、読んでないそうだから難しいかもしれない。
それなら、好きな本な囲まれている恍惚感、ジャケットの美しさに惚れて、それに囲まれている至福なんかを事細かく書いてもらってもいい。
おれも旺文社文庫の内田百閒シリーズのカバーは気に入っていて、それを畳に広げて眺めていると楽しくなるし、壁に小さな本棚を階段状に作って、一冊ずつ表紙が見えるように並べたいと思っている。拡大コピーして額装して飾るのもいい。
同じことが角川文庫の山田風太郎シリーズや横溝正史生あてはまる。
昨日で、天王寺さんの古本まつりも終わり、楽しかった日々が過去のものとなってしまい、残念だ。
しかし祭りはいつまでも続くものではない。85年のタイガースのお祭り騒ぎは半年も続いてライオンズを破ったが、それで終わってしまった。
数年前にカラサキアユミが『古本乙女の日々是口実」と題した古本大好き女の子マンガとエッセイを収めた本を出した。
古本市で、初版本なんかに、古本屋が付けるような、縦帯が付いているし、巻末にはこれまた古本屋が、自分の店の宣伝に貼る、凝ったシールを模したのを印刷でつけたりしていて面白い。
マンガは上手い絵ではないが、ホコリにまみれて、古本をあさる姿を描くにはぴったりで素晴らしい。
寝屋川の、今は店を閉めた金箔書房の店主の顔なんか、全然似てない。
これはこれで問題なんだが、それよりも、失礼な客に対してもニッコリ微笑んで「はい、おおきに、またお願いします」と送り出す店主の描写が魅力的だ。それは「あんな綿飴みたいな笑顔にはなれない」というもの。
今日は8時くらいに起きて、朝食を済ませてから、出荷のこしらえをして、10時くらいに郵便局に出向いた。
洗濯物を干してから、嫁に言われて15日だと気付いて、京阪の特急で出町柳に2時半ごろ到着。
百万遍で手づくり市があって、お目当ては吉野から売りに来ているちりめん山椒。
しかしなんと、完売したとのことで涙を飲むことになった。先月はまだまだいくらも積んであって、大盛り(1500円)を買うと、おじさんが「おまけ」と言って上から継ぎ足し、「おまけのおまけ」と更に入れてくれた。
やはり、それをいつまでも覚えていて油断したのがいけなかった。仕方ないので、岩倉から売りに来ているパンを買う。
いにしな、三条で降りて、久しぶりにブックオフ 三条駅ビル店を覗いた。今回は本当に数年ぶりくらいで、いい本がたくさん置いてあってこれもびっくりした。