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古本屋日誌
1981年の京都大学教養部では、日本国憲法の講義が川口是教授によって行われていた。
この人は共産党との関係が深い人で、まもなく京都府知事選に立候補して退官することになる。
彼はその講義で、ベトナム戦争当時の北爆を取り上げた。
嘉手納基地から戦略爆撃機B52がベトナムに飛んで大規模な攻撃を加えていることについて、国会で「沖縄の基地からベトナムを攻撃しているわけだから、わが国が反撃される危険性があるのではないかと❓」との質問が出た。
政府、自民党の答弁は「それはそうだが、ベトナムは遠いので、反撃を加えてくることはないと考えている」というものであった。
川口は「これでは日本の安全は距離にかかっていることになる。危険極まりない」と批判した。
しかし戦争とはそういうものだろう。
やり合っているのだから、敵の力量の判断が不可避で、ベトナムの当時の戦力ははるばる沖縄まで攻撃を加えられないと踏んで、嘉手納からの爆撃にゴーサインを出したわけだから、問題はない。
むしろ川口に戦争の意識がないのが不思議だ。日本国憲法は諸国民の公正と正義を信頼して戦力を保持しないなどとうたっているが、朝鮮戦争やベトナム戦争が勃発している状況の中で、極めて不合理な理屈だからだ。
今日の朝日新聞に例のトランスジェンダー本の出版停止問題が取り上げられている。
元々のタイトルは『取り返しのつかないダメージ 娘たちをそそのかすトランスジェンダーブーム』というもので、これが角川書店の翻訳本では『あの子もトランスジェンダーになった SNSで感染する性転換ブームの悲劇』となっているそうだ。
出版社は売らないといけないし、それなりのタイトルにするのは、なんの不思議もない。
それにもかかわらず角川書店は去年の12月5日に刊行中止を決めて、「タイトルやキャッチコピーの内容により当事者の肩を傷つけることになり、誠に申し訳ございません」と陳謝したとある。
これがよくわからない。
当事者を傷つけるのが、なぜ問題なんだろうか❓
そりゃ暴力で怪我を負わしたということならば、刑事事件だし大問題だろう。
しかし言論で傷つけることを問題にしてしまったら、行きすぎるに決まっている。
どつかれたとか、蹴られただったら、血もでようし、骨折することもあって、客観的にその酷さがわかる。
しかし文章で傷つけられたなどいうのは、真実は誰にもわからない。
そんなことまで容認してしまったら、言葉狩りや言論統制に行き着くだけだ。
去年、角川書店から出る予定だったが、横槍が入って出版できなくなった『トランスジェンダーになりたい少女たち』がようやく産経新聞出版から4月3日に出る。
現代の焚書坑儒みたいな言論弾圧で、不思議なことだよな。
角川書店は平成8年にジョナサンローチの『表現の自由を脅すもの』を出した。
この本は猖獗をきわめる言葉狩りや言論弾圧に根底的に異議を唱えるものだ。
著者のローチはナチス支配下で、さまざまなデマやでっち上げに悩まされた人物であるにもかかわらず、言論の自由を守るべきだと主張する。
そして「その表現は差別だ」とか「そのように言うと傷つく人がいる」などと言うものを認めないと言うのだ。
それらはあくまでも言論であり、言論の自由は守らないといけない。そうしないと必ず行き過ぎた統制を招き、自由は侵されてしまうというのだ。
土曜は、岡崎公園の美術館で開催中の村上隆の展覧会に嫁と出向いた。
まず、京阪三条からてくてく歩いて東山三条。相変わらず「マルシン飯店」は行列ができているが、俺は入ったことはない。
東大路通を南に歩いて、かなり離れているにもかかわらず「知恩院前郵便局」とネーミングされているのを尻目に殺して、半三郎帆布店も過ぎて、デニッシュ食パン屋の「ボローニャ」に出向く。
ここで990円の特用セットを購入。今回はノーマルとレーズンが一斤に小さいチョコ。
東大路通をとって返して東山三条交差点北東にある三階建の「マクドナルド」にたくさん客がいることや、その横のタバコ屋が健在で、タバコのほかに展覧会のチケットや漫画雑誌を売っていることを確認した。
前は通りを挟んでエロ本専門に売っている本屋があったが、これはもうない。
以前の京都は観光だけではメシを食えず、エロとセットで商売していたが、今やエロなどなしでやっていけるようになったのだ。
さて、一つ北側を入り「山梨製餡」、なかなかうまい最中のお店だ。
残念ながら日曜日は休みだ。仁王門通を東に入って京都文教があるのだが、いつもながら壁に柔道の大会で誰やらが優勝したなどと大きな垂れ幕を掲げていて、その下品さには驚かされる。
子どもの、しかもマイナースポーツですらない柔道など、誰が興味を持っているのだろう。その程度の常識すらない。
疏水沿いに歩いていると、観光船「へいあん」が航行している。
雨にもかかわらず8分がた席は埋まっていて素晴らしい。
まだ桜は蕾だが、このところの雨で疏水は増水していて、いつもの悪臭は全然ない。お客さん方はラッキーだよ。
やがて左手に、90年前に出来た帝冠様式の美術館が見えてきた。
中庭には10メートルの金ピカの巨大な「お花の親子」像が聳え立っている。
また会場入り口にはこれまた大きな仁王像が睨みをきかしている。
目玉としては横幅が18メートルもある『洛中洛外図屏風』、やはり13メートルある赤い龍、都の四方を守る四神の絵図などが耳目を引いている。
そして今何よりも尾形光琳をパロった「風神雷神図屏風」だ。
村上隆は自信家だから、あと100年もしたら俺の風神雷神が国宝になるだろうと思っていそうだ。
展覧会の図録はまだ出来上がっておらず、4月下旬になるのだという。
それでも千客万来で、強い雨にもかかわらず外国人客も多い。
美術館を出て、南に向けててくてく歩いて白川沿いの小道を通って、再び三条京阪、三条大橋を渡って河原町下ルにあるビアホール『ビアthirty』に2時過ぎに入った。
ここは以前と経営者が変わったとかでメニューもかなり変わっている。(薄く切ったりんごにチーズを添えたのもなくなった)(すぐ南の、古本屋大学堂は先日閉店してしまった。)
しかし相変わらず大きなガラス窓越しに、河原町通を歩く人たちをゆっくり眺めながらビールを飲み、美味しい料理をいただく醍醐味は失われない。
金曜日は、出町柳の臨川書店の古書市があった。ここもだいたい毎月小規模な古本市をやるのだ。
雪混じりで、寒いのだが、朝の9時半に、臨川書店本店のシャッターと鉄扉が開けられて、キャスター付きのワゴンに入った本を職員が、ガラガラガラと引き出す。
本社屋は今出川通に面していて、ワゴンや机は狭い歩道に並べられる。
これは伝統的な古本屋の販売方法で、大阪の古本屋も以前はそうしていた。
さて、毎回20人くらいのおじさんや文学部の学生と思しき若いにいちゃんが本を見に来ている。
臨川書店は国文学の専門書をあれこれ出版していて、徳川時代の終わりに上梓された『摂津名所図会大成』の復刻も出している。
だから、扱う古本もそういう本なんだが、文庫や新書も少しワゴンに出している。
俺が思うには、京大文学部の教員と深い繋がりがあって、彼らの本を出版してやり、また不要な蔵書を引き取っているのだろう。
売る方も、大した利益ももたらさない専門書を出してくださっているという引け目があるので、本の買取に際して「この査定は安すぎるやろ。もっとあんばいしたってや」みたいなことは言わないだろうから、持ちつ持たれつだろうよ。