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古本屋日誌

2018-05-28 12:41:00

今朝は曇りでほめいています。うちの猫は皆内弁慶で、来客があると怖れて隠れてしまい、その後は私が外出する際も何を警戒するのか出てきません、ただ1時間くらい経ったらもう忘れてしまい出てくるようになります。

宮崎哲弥がちくま新書で「仏教論争」を出しました、佐々木閑との対談本「ごまかさない仏教」に続けての論争本で、新書では勿体無いボリュームです。因果応報の発想つまり縁起という考え方ですが、原因があって結果に結びつく、その因果の連鎖を般若心経は全て否定しているのではないか、無我が釈迦の思想だとすると輪廻していく主体は誰なのか、また無我だとすると犯罪行為の責任はとえないのではないか、未来から時間が流れてきて現在に至り、やがて過去へと過ぎ去っていく仏教の時間概念などなかなか興味深い話が満載です。

宮崎哲弥は久留米の出身で考えたら他にもホリエモンとか孫正義とか面白い人物を輩出しています。ホリエモンは著書の中で「今あるいろんな仕事の中で無駄なのは新聞配達だな、あれはいちいち人が必死こいて配ってるけどネット配信の方が簡単だし、スピーディだしいいことづくめなのになあ」という。まあそうかもしれない。紙の新聞を朝一で広げてコーヒーを嗜みもってゆっくり読み進めるというのはなかなか楽しいもんですが「あれほど無駄なことはない」と言われたらそうなのかもしれない。でもまあ農本主義は郷愁を感じますよね。今も小学校に立っている金次郎もいいし、掛川にある報徳社の建物も味があるし、金村が出た報徳学園もいいんじゃないのかとかね。私の親は電車で長浜に向かう車窓から風景を眺めて田んぼや畑が続いてたら喜び、モータープールや工場に変わってたら嘆いてました。自分が土建屋なのにアホちゃうかおもてましたがわからないわけでもありません。

日野啓三が「砂丘が動くように」を書いて1986年の谷崎賞を取りましたが、私はこれにショックを受けました。東京の日々移りゆく姿、スクラップアンドビルドですね、それを新しい都会の可能性だとして持ち上げた作品でそういう考えもあるのかと虚をつかれたわけです。日野啓三の考えを敷衍すれば今オリンピックだと称して進行している都市の破壊をいやあれは破壊ではなく新しい可能性の模索なんだとかいって擁護できるわけです。しかし例えばもう東京にはむかしの新宿ゴールデン街のいかがわしい魅力は失われているでしょう、そんなんで日本を代表する都会といえるのかいう話になります。大阪の日本橋駅の北西側にしぶとく残るいかがわしい雰囲気をたたえた街並みこそかつての新宿でしたけどね。


2018-05-27 10:41:00

今朝は気温が高うて、暑なる予感がします。朝夕は凌ぎやすい現状が続いてくれればいいんですが、そうもいかないでしょうね。昨日せんちばのドアノブがまわらなくなり、やむなくドライバーで錠前を解体してシリンダーにサラダ油を塗り込んで回りやすくしてから組み立てる作業を30分くらいかけてやりその間猫はうるさくかもてきそうなんで外に出しました。メス猫は車などが通るたんびに家の中にご丁寧に避難してきましたが、雄猫は出たままなので心配で探しに行くとお隣との間の狭い通路にいて近づいて行くと家の中に逃れました。

以前嫁と帰宅したら玄関の鍵を開けたのに扉がうんともすんとも動かなかったことがあり、初めは棒のようなものが支えてそうなるのかと隙間から覗き込んで見たものの、見当たらず、仕方がないので石で窓を割って入ろうかとも思ったがざんないのでやめて業者を呼んで開けてもらった。二つある扉の鍵の片方がなぜかかかっていたのが原因で、どうも猫が外に出ようとして背伸びして鍵のあるあたりをいろてるうちに逆に施錠してしもたのが原因のようでした。

先日評判の「不死身の特攻兵」を手に入れました。鴻上尚史の作品で、特攻を命じられたが爆弾をつけた不安定な状態で弾幕を張り、グラマンなどが迎撃してくる状態では命中は記せない、だから普通に爆撃して戻ってくるとして何度も特攻に出た兵隊の話だ。まあ確かに特攻などというのは命中率も低く、必ず死んでしまうからおかしな方法だし、熟練のパイロットなら通常の爆撃の方が敵に損害を何度も与えられるしいいに決まっていますね。「特攻 空母バンカーヒルと二機ののカミカゼ」は傑作ですが、戦艦大和も沈み全く制海権も制空権もない中で大和を沈めた敵機動部隊の旗艦であるバンカーヒルに密かに忍び寄り、レーダーや対空砲火、迎撃もものともせず体当たりを敢行した話ですが、米兵の間ではその奇跡的な攻撃を「戦艦大和の呪い」とよんだとある。確かにそういう猛者が特攻で命を散らすのはどうかと思う。


2018-05-26 12:27:00

今朝は曇りでそんなに暑うはなく過ごしやすいです。メス猫が外に出て網戸の引き戸の上の方に何かいるのに気づいて近寄って行き体を伸ばして触ろうとしたところに上からイモリがポトリと落ちて来ました。イモリの方も猫に狙われていると感じ取って身の危険を感じ必死だったんでしょう、引き戸のところで体をくねらせてバタバタしています。どないなんのかなあと見ていたらほぼ目の前にイモリが落ちて来たのにメス猫は飛びかかることもなく家の中に退散しました。

プロ野球は相変わらず3年も連続でカープが独走していてつまらないな。戦力を独占しているわけだからこうなるのは当たり前で、野球は他のスポーツとは違い偶然の要素がかなり高いので少々の戦力差くらいなら覆して勝つこともあるのに3年も連続で同じチームが勝ち続けるなどというのは尋常でないほど差が大きいということです。だいたい150キロを超えるボールなどは人間の反応の限界を超えていますからボールを見て捉えて打つことはできません。それなのに打てるケースがあるのは次はストレートが間違いなくこの辺に来るだろうなと読んで準備しているからです。ストレートの他にもいろんな変化球があるわけで一応読んで打席には立ちますが、外れることの方が多いし、読みが当たったとしてもバットがうまいタイミングで出せるわけではありません。ただグランドは割と広いし、野手はそう多くもないのでとにかく適当に当てていかないといけません。バンドでもいいし、バットの下をこするようなボテボテでもいいわけでそうなると甲子園のような土のグランドは凸凹もあるし野手は随分走らされるわけだから偶然ヒットになることもあるだろうし、そもそも球場まで高い金を払ってきてあげている我々も楽しめますからね。三振ばかりでは球場で見ていて全く面白くないです。わかるのはバックネット周辺の何十人くらいじゃないか。


2018-05-25 12:29:00

今朝は大して暑うはないが次第に気温が上がってきました。雄猫、雌猫ともに外に出てしばらく放っておいたらお隣との間の狭い通路に入り込んでウロウロしてました。こういうところで他の猫やあろうことか犬なんかに出遭うものならパニックになってデタラメに走り出して迷子になり戻れなくなるんだろうなあ。

洋泉社から橋爪紳也の「1970年大阪万博の時代を歩く」が出てので早速読みました。万博の模様がコンパクトに紹介してあって、次の万博の誘致の雰囲気を盛り上げようという本です。大阪市や大阪府のやってきた開発事業は例えば天王寺の再開発やフェスティバルゲートに代表されるようにとにかくデタラメで大赤字になり、その責任は誰もとらないという愚かしいものばかりです。バカばかりが計画を立案するというのは不思議な現象です。次の万博がそうならない保証などどこにもないし危惧するのは当然ですな。

この本ですが三菱未来館のことを橋爪は書いていて「超大型台風の接近が判明し、そこへ気象コントロールロケット隊が颯爽と出動し、人類の叡智によって台風を制圧するドラマが映像で展開する」とだけある。じつはこの人類の叡智というのは台風の眼に原爆を投下してそのエネルギーで台風を消滅さすというバカバカしいもので、私も小学生の時に見たのだがさすがに「頭になんかわいとんのちゃうか」と思いました。

しかしこの前の万博は「日本万国博覧会」というネーミングでしたが、通常万博では開催国の名前ではなくその都市の名を冠するのが普通なのに「大阪万博」とせずに「日本万国博覧会」などと称するのは大阪への嫌がらせです。このところその風潮が正されてちゃんとした名称になったのは喜ばしい。「京都の凸凹を歩く」を書いてブラタモリにもよく出ている梅林秀行も大阪は豊臣家のプライベート空間であり、政治の中心は桃山にあったんだと述べていわゆる「安土桃山時代」なる意味不明な呼称を肯定する言動をしていましたが、まあ京都の人間ならそういうでしょうな。


2018-05-24 13:37:00

今朝は快晴で気温も低く、過ごしやすいです。カラッとしていてべたつかないので春の陽気といっても大丈夫です。猫も外に出てかなり長時間草を食み楽しそうでした。

先日「百舌鳥古墳群の現状」を入手しました。これは堺の陵南中学校の考古学研究部が1986年に出した冊子でその当時観察できた全ての古墳のルポです。今と違いあまり古墳への関心もないものですからゴミ捨て場になり、墳丘にテレビがほかしてあるとか、古墳の上に家屋が建っているとこ記述もあり面白い。ただまあ古墳にごもくをほかすのを今の感覚でマナーがなってないというのは愚かしいことで、当時は家庭用のゴミは川とか山とかそういう誰のものでもないところにほかすのが道徳だったわけでとくに不思議ではない。中学生たちは大仙公園の整備に伴って古墳の現状に改変が加えられているのをしきりに嘆いていてこれも面白い。まあ保存の一環としてある程度見た目を整える必要があるのは当たり前なのだが、考古学研究部ともなるとそのままの形で保存してもらいたい思いが強く出るのだろうが、それは子どもの発想だな。ただ古墳の所有者が明記してあるのは良いことで墳丘は宮内庁だが堀は堺市という古墳もかなりある。だったら堺市は堀だけでも発掘したらいいのに、それもしないとは本当にバカな連中だ。

それにしても例えば飛鳥にある天武持統の墓にはずっと墓守つまり陵戸が設けてあって、現在も代々受け継いだ家があってその証だというさすまたとかが誇らしげに飾ってあるんだが、この古墳群ではそういうことは聞かないな。