Welcome

古本屋日誌

2018-06-17 10:48:00

このところ朝、晩は涼しゅうて結構です、夜たけてくると重ね着したくなるほどでこのまま行ってほしいところです。猫も相変わらず外に出て盛んに草をはんでますが、車の音も聞こえないのにさっさと中に入ってくることがあって何事やらんと思いきや、カーペットでえづいてました。外で戻してもらいたいものです。

川上和久の「北朝鮮報道」はかなり前に出た光文社新書ですが、朝鮮戦争以来のマスコミの報道姿勢が丹念に調べてあって好ましい本です。北朝鮮への帰国運動の際のこの世の楽園であるかのような報道ぶり、また初めて国会で拉致が報じられた際の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)がそんなことするわけがない、反共キャンペーンだと言わんばかりの姿勢など今から振り返ると面白いくらいです。

先日お客さんのところに買取に伺いまして、お客さんが興にのって「もし北朝鮮が攻めてきたらどないするつもりなん?あんたも老いに鞭打って戦うんか」とか言いますから「いやいや無理無理、すぐに逃げますわ」と返したら「そんなんでは今平和に商売しているのが、守っていかれへんぞ、気概はないのか‼︎」と叱られました。

まあお客さんのいうのは実は真実でこれまでの世界はそうでした。日本は手を下してないようになってますけど、要するにアメリカが汚れ役をやって朝鮮戦争やベトナム戦争や湾岸戦争を戦ってくれていて、日本は後方支援で参戦して経済的な旨味は受け取ってきましたからね。

 


2018-06-16 12:04:00

京都は千年の都などと誇ってお高くとまっているが、所詮は平安時代以降のことでしかなく、口を開けば「この前のいくさでは………」と応仁の乱を取り上げるという都市伝説にしても市内に応仁の乱以前の建物など一つしかない。また創業年数が古い会社の比率が全国的にみて高いとのデータがあるが、あれは全く別の業種に変わったり、違う人間が手がけているのに老舗の名前を借用してることが多いからで、実はきちんと続いている会社は多くない。
かわって大阪は実は非常に歴史が古く、イワレビコより前に天の磐船に乗って天下ったニギハヤヒは有名で、その磐船が現在も交野の岩船神社にあるし、ニギハヤヒは石切さんに祀ってある。枚方にはイワレビコを破ったナガスネヒコの墓と伝わる古墳があるし、古戦場である日下はよく知られていよう。負傷したイワレビコの兄の墓も和泉国にあるし、彼らが淀川を遡って見つけたのが白かた(枚方)だ。崇神天皇の時にいくさに負けて河原にクソをして退却した楠葉もあるし、住吉の依網池を作った。次の垂仁天皇の時は石が女になり、朝鮮の王子に言い寄られたが、逃げて難波にいたり祀られている。さらに神功皇后が妊娠中に朝鮮に出向くからと、出産を食い止めるために挟んだという石が住吉っさんにはあるし、その神功皇后を祀るお宮さんが住吉大社だ。応神天皇の大隅の宮、そのせがれの仁徳やさらに反正、允恭、顕宗、孝徳、聖武、孝謙らの栖は大阪にあって、高津宮は今の大阪城の地にあった。そしてこれらの墓は古市と百舌鳥に築かれ続けた。
でもまあこういう遺跡群は今や跡形もないところが多なって、坂口安吾が「日本文化私観」で昭和17年に唱えた法隆寺が焼けても何の問題もない、大切なのは人の生活が営まれていることでそれが文化なんだという主張を地でいっています。いくら何でもそりゃないよと思ってしまう。


2018-06-15 00:22:00
昨日は嫁と萱島駅前から近鉄バスで中央大通の荒本まで行きそこから近鉄で新石切に出向いて15年ぶりに石切さんにお参りしました。一度黄色くて巨大な車体で一車線の狭い道を延々南下して行くバスに乗りたかったんです。
さて阪本の漢方薬店が後継者難ということで閉まっているのは残念でしたが、石切劔箭神社にお参りし、坂を上がって阪本の盧舎那仏と大天狗にもお参りし、二階が天空に浮いているパスタ店を見てあれこれ楽しめました。
もともとデンボの神さんで、害のないできものやおでき、めばちこ、あくち、青たん、赤たん、出入りの刀傷などに霊験あらたかでしたので、今とは比べものにならないほどレジャーランド感がありました。ものすごい数の占い屋、大黒さんえべっさんをはじめとする七福神の立像をたくさん取り扱う店、大黒さんでしたら、商売繁盛の祈願になりますよね。よもぎ団子やみたらし団子、お蕎麦、漬物、明石焼き、ケーキ屋、パン屋、シャケやサバその他のうまそうな魚屋、一味唐辛子、婦人物のブティック、かき氷やクレープやコーヒ、雑貨屋こういうお店が目白押しでした。
以前はデンボとかコブなんかはあまり気に留めない人の方が多かったし、逆にめでたい、福があふれ出ているとか、大黒さんやえべっさんによう似とるとかいって喜ばれるケースもありました。かくいう私も鷲鼻の根本に子どもの時から大きなデンボがあるんですが、親、親族を含め話題になったことすらありません。ところが女と付き合うようになって「あんた、なんでそないなとこに大けなできもんあんのん?」と真顔で尋ねられたり、だんだん関係がこじれて別れ話とあいなり、向こうが「あんたのあかんとこはな、不細工やし、カネもないし、頭も悪いし、頑固だし、ヘタレやし、変てこりんなできもんぶら下げてるし………」てな感じで延々言いはじめることがしばしばありようやくこれは直さなあかんもんなんやと考えを改めるにいたりました。
iPhoneから送信

2018-06-14 00:35:00

このところブラシで猫の毛づくろいをしているが、当年10に相成るメス猫の毛がいくらでも取れます。ブラシの歯に厚くたまった毛を指で掻き出すのだがその指が毛で隠れてしまうほどです。猫は気持ちがいいのかゴロゴロいいながらお腹を見せてくねくねしてますが、禿げてしまわないか心配です。以前のこうていた猫は外に出ても構わないスタイルでしたのでノミ取り首輪をしたりノミ取りこをまぶしたりしていたにもかかわらず、のみと共生してはりました。玄関のすぐ横に猫のトイレが作ってある部屋があって猫もそこによくいたんですが、白い靴下をポーンと投げ入れて様子を見てたら次第に黒みがかってきてつまりノミがたかってるんです。ブラッシングしては透明のビニール袋に抜けた毛を入れるんですが、ものすごい数の黒いのみと白い卵が目に入ります。のみは毛の中にくるまっているときは跳ねることはないので、ビニール袋の口を開けっぱなしにしておいても安心です。やがてそれなりに退治して袋の口を閉じて透明ですから中でうごめいてるのがわかります、これを袋の上から親指と人差し指でぐりぐりするのがなかなか楽しみでした。

iPhoneから送信


2018-06-13 01:57:00

2010年に売り出されたモートラック70年はその当時最古のスコッチではないかと話題になり、梅田の「トライブ」のマスターがどういうルートなんかはようわからんのだが例の三角フラスコのような形態をした瓶を手に入れて来て3分の1ショット(10ミリ)を35000円で出すからという。なんでも店を閉めて貸切にしてモートラックを飲む10人程度の人だけ入れるのだという。この店では前にアイラのラガヴーリン25年を5000円で飲んだことがあり「ヨーチンの臭いがすると毛嫌いする人もおるからあんまりおすすめはできないよ」との警告もものかは、非常に複雑な味で素晴らしかったので、医者をしている友人と参加することにした。

当日はマスターがそのほかの酒も飲んでかまわんというし、シャケのハラスとかナッツの燻製とかこったつまみも用意してくれてモートラック70年はものの3秒くらいで臓腑にしみわたっていって、味も何もよくわからなかった。周りの人を見たら舐めるようにちびちび味わっている人ばかりで、さっさと片付けてしまったのはわれわれだけだったのが悔しかった。その後サントリーの山崎蒸溜所にも出向いて試飲カウンターで響30年を飲んでは見たがやはりうまいとくらいしかわからず、私にはウィスキーの味を鑑賞する能力がそもそもないことがよくわかった。この「トライブ」というバーは以前は揚子江ラーメンで深酒した後に締めだとして立ち寄る店だったが、その後マスターがテーブルにこびりついた油汚れなどをてづからゴシゴシ落として開店にこぎつけたんだが、この人はもともとはJリーガーだったというから人はわからないものだ。まああまりにも酒が好きなサッカープレーヤーでは大成はなり難いだろうからうまい具合に落ち着いたものだ。