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古本屋日誌

2018-06-02 11:13:00

今朝も余り暑うはのうて過ごしやすかったです。気温は昼間は高なるようですが、あまり暑い実感はない、カラッとした天気です。

鴻上尚史の「不死身の特攻兵」で取り上げられたせいもあって高木肇の「陸軍特別攻撃隊」が人気で古書価格もうなぎのぼりです。私は「特攻 空母バンカーヒルと二人のカミカゼ」も大した作品だと思うんですが、こちらの方はあまり話題になりませんね。高木の作品は陸軍の三式陸航による特攻は完全に強制されたもので、成功を期すために航空技術に長けたベテランパイロットを無理やり動員したことを書いています。

また鴻上も書いていますように特攻は命中率も高くないし、爆弾を投下するならその加速度は相当なものだから空母の甲板を突き破って内部で爆発を起こさせて撃沈出来る可能性もあるが、体当たりだと加速度さほどでもないし、航空機は軽く出来ているので衝撃力もない上にそのパイロットを死なせてしまうという欠点があります。おまけに陸軍は海軍と違い敵艦の装甲を破れる爆弾を持っていないために命中しても爆弾がすぐに破裂してしまい空母の内部を破壊出来ない欠点もありました。それにもかかわらず、強引に特攻を推し進めたのは何故なのか気になるところです。指導部が馬鹿なのか、近視眼的なのか、破れかぶれの捨て身の戦法なのか。

去年中公文庫から上、下二巻ででたオーリシャスの「トーキョーレコード」は大東亜戦争に突入する直前の東京の姿をニューヨークタイムズの記者が細かく描いた面白い本なんですが、その中にすでに1941年の段階で日本が特攻を計画していることが記してありました。いわゆる回天とかいう人間魚雷の計画なんですが、そんなに前から自爆攻撃をプランニングしていたわけだから、陸軍にせよ海軍にせよもうやることは決まっていたわけです。戦争になる前から自爆攻撃を考えたのは何故なのか知りたいところです。

百田尚樹の「永遠の0」も優れた小説で例のバンカーヒル攻撃を念頭に置いて書いてあります。百田尚樹は小説の書き手としてうまいのでこの小説でも特攻前に妻と別れるシーンは涙をそそりました。百田はこれはこれで金儲けをしてという読みがあるんでしょうが「パットン」みたいな軍人をリアルに描く作品になってないのは大いに不満です。沖縄でも首里の決戦で米軍の戦車部隊を蛸壺に入って攻撃し壊滅的な損害を与えたことを誇りに思って私に話してくださるかたを何人も見ましたが、戦後的な制約のためにそれが作品となることは一度もなく、言論も弾圧されて久しい。百田尚樹の作品も同様の戦後的な制約を利用したもので、なんでそんなに遠慮するのか不思議だ。


2018-06-01 16:15:00

今朝は少し肌寒うてちゃんと掛け布団で寝ました。昨日は嫁と京阪電車の八幡伏見宇治のワンディチケット(900円)を使い萬福寺、三室戸寺、平等院をみに行きました。平等院はいつの間にやら外観は朱色の鮮やかなスタイルになっていて、300円はろて入った内陣の古色蒼然とは対照的で驚きました。将来的には内陣の阿弥陀如来や飛天や格子戸に描かれた錦絵なども修復して豪華絢爛な創建当時の様子に戻るのかなあ。でもまあ出来て1000年近く経ってるわけだから木造建築は色あせて傾いてくるのは当たり前でそのままでいいのではないかと思うけどなあ。

その宇治に住まう井上章一が「日本の醜さについて」を出しました。日本の都市がデタラメな建築で埋め尽くされるのはブルジョア革命が日本で徹底的に行われてブルジョアどもが好き勝手したからだとする。つまりは個人主義がヨーロッパなんかではなく、日本でこそ真の意味で開花したんだと主張。もちろん批判しているわけだが。

日本人は集団的で、個人主義の徹底が見られないという社会学の謬見は高野陽太郎の「集団主義という錯覚」などで打ち砕かれていて、井上はさらにヨーロッパの街並みが伝統的な佇まいを頑固に残そうとするのに比べて日本のそれは個人の好みが最優先されて完全に個人主義の横溢となっているという。まあ確かに日本のどこの街でもわけのわからん建物が建ち、周りとの調和などは一顧だにされないのは確かだ。その上道頓堀を最先端とする日本のイルミネーションの意匠は幼児的であり、川のほとりに転落防止の柵を設けるなどと相まって安全第一でつまりは幼児的趣味を感じさせるという。

確かに日本人が集団主義だとかいうのは全くのデタラメで高野がまとめる以前からもよく指摘されていた。高取正男の「日本的思考の原型」はかなり前の本だが今でも読み継がれていて欧米人は家族でスプーンやフォークを使いまわしていていわゆるマイスプーンやフォークを持っていないのに、日本人は箸は自分用のにあくまでこだわっていて、日本人の方がはるかに個人主義的だと指摘している。そういうのも踏まえて日本人はこうだとか、ああだとかいう日本人論はまるで信用ならないものに成り果てています。山松ゆうきちがいうように人間なんてそんなに変わらない、違いがあるとすれば教育の結果だというのが正しいとすればいつの頃からか日本では建物は好きにしていいよ、それがトレンドで皆んなそうしているんだからあんたも安心して好きな家やビルを建ててかまへんよと教えられ、ヨーロッパでは反対に周りに合わせて調和のとれた建物を作るのがトレンドだからそうしなさいと言われてきたわけだろう。でもなんで、別々のトレンドができるのかなあ?

また例のアレックスカーは「美しき日本の残像」で、日本やシナなどの東洋における伝統の破壊は極端だと指摘して日本の国宝建築物の前にある立て札に常に「HITACHI」とあるために欧米人は例えば法隆寺の五重塔をそう呼ぶのかと誤解する向きすらある、極めて下品で不恰好な宣伝だと批判している。まあその通りだから反論出来ない。

 


2018-05-31 10:30:00

今朝は曇り空で雨の予報です。暑うはならんので私は雨の方が好きです。

先日亡くなったかこさとしの「科学者の眼」などをお譲り頂きました。かこさとしは子供向けに科学絵本をあれこれものしていますが、「科学者の眼」は40人にも上る学者を取り上げコンパクトにまとめていて人気作で、古書価も3000円くらいします。ただまあ出版年度が古くて伝記の内容がいい加減であることや、わかっていることでも子供相手に説明するのが憚られるようなものは勝手に改変してあってどうかとは思います。例えばアルフレッドノーベルの件では晩年第三の目で全世界の平和に目を向けたとあって、そのきっかけはかつて雇っていた婦人秘書が勧めたからとあります。しかしそうではなく、婦人秘書というのはノーベルが結婚相手が欲しくて新聞で募集した女で、当初は女の方も結婚しょうと思っていたが、結局ノーベルはふられてしまうんですね。また大陸移動説のウェゲナーの件では1932年に提唱した大陸移動説は世間から総スカンを食ったが、第二次大戦後の地球科学の進歩でその正しさが認められたとして唐突に我々は愚かにも科学者の説に反対している、もっとその視点に学ばないといけないんだと激しく大衆批判のようなことを書いています。

まあ子供相手にちゃんと説明するのは面倒だし、バカな子供は理解する能力も資質もありませんから大変なんですが、一応話をしてやることは必要でしょう。津島佑子は教師が役にも立たない小説ばかり読ませるのに反発して怖いもの見たさで戦争ものや実録物にのめり込んで読んだ。大人はこういうことは子供には早すぎる、そういう悲惨なことは知らせたくないと規制をしてしまうが、実は子供は世界に充満する悲惨な事件や凄惨な出来事を知りたがっているんだと書いていますが、それはいくらなんでも言い過ぎで、津島の個人的な趣味を拡大しすぎです。


2018-05-30 13:20:00

今朝は雨でかなり激しく猫も出ようとはしません。しかし昨日の晩帰宅した10時過ぎに雄猫が戸を開けた隙間から脱走して道を隔てたお隣の家に逃げてしまいました。あたりはもちろん真っ暗ですし、猫も真っ黒ですから弱りましたが、近所の黒猫「クロー」がうまい具合に庭にいたようでうちの猫を追い立ててくれましたから、すぐに尻尾をふくらまして戻ってきました。ありがたやー

先日山松ゆうきちの「インドへ馬鹿がやってきた」を入手しました。山松は貸本時代からの漫画家で「くそばばの詩」とか「2年D組」などのあくの強い人物を描いた面白い作品があります。今度のはエッセー風の作品で56になる山松がインドにはまだ漫画がないと聞くから日本の漫画を持ち込んだら人口も多いしかならずブレイクするだろうと考えて自分の作品はもとより友人の平田弘史や臣新蔵やらに協力を求めて例の「血だるま剣法」などを売り込もうとするわけです。確かにインドは現在もカースト制度が厳しくその点部落差別を扱った「血だるま剣法」は受け入れてもらえると考えたようです。山松はインタビューで「インドに行ったら人生観が変わるとかいう人がいるけど、そんなバカなことはない。インドの人だった水洗トイレがあれば使うに決まってる」という。確かにそうだよなあ、便利なものは便利だよなあ。朝日新聞に載ってるインドの田舎のルポにトイレが自宅には作ってなくて(不潔だということのようだ)催してきたら家から1キロ近く離れたトイレまで行かないといけないというのがあっていくらなんでもそりゃあ不便だろうと思いました。

近代化のパワーは全てのものを押し流すものだとは思うが今のインドで通用するのか、なかぬか興味深い本です。


2018-05-29 12:23:00

夜前から蒸し暑く早くも二階の窓を開けて風が入るようにして寝てます。今朝も雄猫は外に出て大量のイネ科の草をはみ、突然家の中に戻ってきたので、車でも来たんかなと思いきや、急に体を震わせてえずきだして、緑の懐中電灯みたいな形の嘔吐をカーペットにされました。外でやって欲しいところです。

京阪電車の萱島駅から少し東に歩いたところ、だんじり小屋のあるところから墓地を経てソースをつけずに食べるだし巻きのような美味しいたこ焼き屋さんからさらに下島町に至る微高地はもともと寝屋川の扇状地でした。西暦の500年くらいまでは萱島駅あたりまで河内湖となっており寝屋川はその中に流れ込んでいてドロリと湖の中に扇状地を作っていて、その時分から既にたかくなっていました。やがて河内湖が干上がり始めましたが、寝屋川の水量は保たれましたので、今までのようにまっすぐ湖に流れ込むルートでなく既に塀のように高くなっている扇状地の北側のへりを右折れして現在の流路となりました。

井上章一が「京都ぎらい 官能編」に書いていますが洛西の祇王寺とか東山の花見小路や高台寺周辺など、いくらでもあるのだがもともと何もないところなのにあたかも昔からそうであるかのように装って観光名所にする技が京都のお得意です。私にはかなりいかがわしい行為に見えるし、このようにやたらに昔を商売にして持ち上げるのは田舎によくある現象です。太宰治の生家やその周辺が一大観光名所となり、些細なことでも全て名所に作り上げて宣伝しているのは周知のことです。大阪も以前はここが仁徳天皇の高津宮の跡でござーいと高津高校のグラウンドにでかい石碑を建てたり、神武天皇が東上してきた時に見つけた「白かた」は今の枚方だから顕彰しょうとかやってました。まあ京都よりずいぶん古くから歴史の表舞台となってましたから、やろうと思えばものすごい規模でできるだろうし、やりようによっては20〜30年であたかもそれらしい名所はできるでしょう。