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古本屋日誌
今朝はよく晴れていてあまり暑くもなく快適です。先日お客さんから昭和33年に出た「年鑑 大阪」という本来は年に4回出す予定だった大阪の街の変化をあれこれ説明した200ページくらいある雑誌をお譲り頂きました。巨大キャバレー「ニューメトロ」の外観の写真、御堂筋沿いにあったやはり巨大キャバレー「ハリウッド」の外観がなかなかよい。メトロの写真は正面なんだがこのキャバレーは内部は柱を持たない円形をしているのだが、正面はまっすぐで、曲面にはなっていないのが不思議でした。「ハリウッド」のキャプションには御堂筋に向いた外壁の下絵は東郷青児のものだとある、非常にでかい。またなんなんタウンができる際に地下街の坪あたりの分譲価格が50000円で、戎橋筋や心斎橋筋に店を構える老舗は赤字のところもありとてもその負担に耐えられず進出するのをあきらめた店も多いのだが、いざなんなんタウンがオープンしてみたら、地下街は押すな押すなの大盛況でために地上の店は売り上げが激減していて、地下街を束ねる協会に損害の補償を求めたが、ほんのわずかしか金は出してもらえなかったとある。またこの地下街の開発を進めるデベロッパーには大阪市役所のOBが就任していて、民間を排除しているのは利益を独占しようとする陰謀だと攻撃している。
まあそういうことで結局ミナミの地下街は梅田に比べてえらい小さいわけですな。よくわかりました。
今朝は曇り空で暑いこともなく寒いこともなく快適です。
今月の中旬岩波書店は平田篤胤の「仙境異聞」(岩波文庫)を久々に復刊しました。あの世に行ってなぜかまた帰って来た子どもの話で以前から古書価格が高くなっていて8000円くらいになっていました。岩波書店は月に一回まとめて重版する書目を発表するほか、春と秋にはかなりの数を重版し、さらにときとんぼなしに今回のように高くなっている本を出すことがあります。
中公文庫でも長らく「頼山陽とその時代」全3巻が品切れで高くなっていたが、中央公論社はなぜか復刻はせず、代わりなのか筑摩書房が文庫の索引もつけたものを新たに出しました。ために中公文庫の方の古書価格は大きく下がりました。筑摩叢書の「歴史主義の成立」は例のマルクス主義批判の基本書としてなかなか評判でしたがこのところは社会主義の魅力も地に落ちてしまい、価格も下がっていますが、ちくま文庫などに入れなかったのは「薔薇の名前」と同じ理由、つまりまだまだ売れるから利幅の少ない文庫にする必要がないと判断したのではないのかな。中央公論社からは「歴史主義の貧困」も出ていてこれも同じくマルクス主義の衰退とともに急速に古書価格が下がりました。しかしまた版を新しくして出したらこれはこれで評判でかなり売れています。「歴史主義の成立」もぜひ新版で出すかあるいは文庫にしてもらいたい。
講談社メチエから「長安の都市計画」というのがだいぶ前に出ていてかなり古書価格が高い。まあ「復元 安土城」みたいなものですがなぜか文庫にもならない。長安ですからね、あんまり客がつかないんではないかとゆう判断なのかもしれない。そういえば斎藤なずなが話の雑誌から出していた「片々草紙」もずっと品切れで古書価格はそもそも私も一度しか見たことがなくよくわかりません、問題なく売れるのにさっさと重版かけてもらいたいものです。
先日お客さんのお宅に買取に伺った時講談社学術文庫がたくさん本棚に見えて「あれは売りませんか?高いのもありますけどね」と勧めてみたら「いや、あれは置いとく、講談社学術文庫は重版しないわけだから、価値がある」と言うので「いやいや、売れるものはいくらでも重版かけてますよ、例えば日本書紀とか続日本紀とかいくらでもやってますけど」とお答えしてみたが、結局何もおっしゃらずそのままになりました。
岩波書店はまた漱石全集を出していますが、まあ完全に紙の無駄ですな。特に新しい発見があったわけでもないし、第1巻から出す意味なんかない。ただ古本屋の立場からするとなぜか漱石全集は人気がありよくお買い上げいただけます。かなり大量にいつも売れるんです。でもそもそも漱石てそんなに面白くもないし、文章も鴎外に比べたら全然大したことないし、エロい話は全くなく、そういう受けを狙ったくだらなさが私は嫌いです。
今朝はそんなに暑うはのうてまあまあでしたな。
青林工藝舍から斎藤なずな「夕暮れへ」が出ました。斎藤なずなは天才作家です。まあ才能は基本的に誰にでもあると言えるし、誰にもないとも言えるわけですが、斎藤なずなに限ってはそんなに訳知り顔の話は通用しません。
持ち込みをしている漫画家の卵の男と看護婦が同棲していて看護婦は患者が死んだ日は特に激しく男を求める。二人は小鳥を飼うのだが可愛がっていたのに寿命には抗えず死んでしまい、こりずまにまた飼いはじめ次から次に増えていくがそうなると愛情は薄れてどうでもよくなり、小鳥は死んでいく。小鳥にとってはこの夫婦は神のような存在だが、男はなかなか漫画が認められない、女も病院で才能や人の良さなどに全く関わりなく人が死んでいくのを見ている。神様にとっては人など気まぐれでどうともなる存在でしかないのだろう。その中で男は女に結婚を申し込んで気まぐれなんかではない絶対的な価値を作ろうと抗うという話です。
まあこの世の構造は斎藤という通りなんでしょう。私もそれなりに長く生きてきて人の世の不条理は身にしみています。「それでもなお❗️」はマックスウェーバーの政治的人間の話でしたな。
夜前はかなり本格的な雨で気温も下がりました。
先日お客さんから中公文庫の「秋田美人の謎」をお譲り頂きました。なぜ秋田は美人の産地と呼ばれるようになったのかが解き明かされています。ツングースやギリヤークといった北方の血が混じって非常に色白でいわゆる「色の白いは七難隠すの伝で話は進んでいきます。顔の形は長方形や瓜実顔が多いんだとあります、私の知ってる秋田出身者は勝平得之、落合博満とか柳葉敏郎とか男ばかりで、女は、小野小町とかAVの中澤慶子くらいしか女は思い当たりません。確かに中澤慶子は瓜実顔で美人でしたな。
でもまあこの本でも誇らしげに触れているのだが青森にあるヘブライみたいな地名とキリストのお墓とかさらには例の偽造されたものすごい量の古文書なんかを考えると秋田美人も上げ底ではないのかな。井上章一の言うように大化の改新の頃からわが国は美人を重んじる傾向が強く諸国の国造にみめよきものを奉れなどと命を下している。だから忖度ですな、秋田は美人ゆうことにしとこやないかと中央に媚びへつらっているだけではないのか。小野小町が秋田に下ったなどという伝説も中央のお下がりをありがたがるおかしな根性ではないか。だいたい秋田には勝平得之の素晴らしい版画もあるし、ちなみにかれの版画50選はマルス書房で五万円で販売中です。さらには藤田嗣治の巨大な絵画もあるし、まあ見事としかいいようありません。
今朝は天気予報通り曇り空でやはり雨になりました。先日お客さんから賀川豊彦の「死線を越えて」三部作(教養文庫)や大正10年の「貧民心理之研究」などをお譲り頂きました。賀川はノーベル文学賞の候補になっていたことが最近わかりましたが、確かに「死線を越えて」の改造社版は発売間なしに100刷などと刷ってあった、まあ半分は売らんかなの戦略でしょうけれどそれにしても大した売れ行きです。世評では賀川なんかがまちごうてノーベル文学賞を受賞することがあれば、賞の権威に傷がつく、選考委員は何もわかってないとか批判が多かったが、「死線を越えて」は文学作品としてよくできていて心打たれる。神戸の新川の貧民窟でキリスト教の伝道を始めるのだが文字通りの辻説法でスラムの街角に願人坊主のように突っ立ってあれこれ説教を始めるが、仕事にあぶれた連中やひまじんやら何やらにおちょくられたり、殴られたりする。まあそりゃあそうですね。原罪とか言われても戯言にしか聞こえませんからね。賀川の新婚の家にもようわからん人たちがやってきて勝手に泊まったり、飯を食って行ったりする。
こういうので私は気になりますがね。何か間違いは起きないんだろうかと。そういえば松下幸之助も創業の頃は鶴橋の長屋で嫁とあと男の従業員と三人で二股ソケットやらの研究に勤しんでいたのだが、これも間違いないのかな。というよりも一緒にすまなあかなんだ従業員て大変ではないのかな。まあ性の意識はかなり今とは違っていたんだろうけど気にはなるなあ。
陰惨なもらい子殺しの話も赤裸々に語られる。貧の盗みみたいなものかもしれないが、わが子を育てられない親から嬰児を金品をもらって引き取り代わりに育てるという触れ込みでその実もろた子はどんどん殺してしまう。
賀川はこういう体験を踏まえて「貧民心理の研究」を刊行して、おかしな振る舞いに及ぶ貧民の心のあやをあれこれ書いていて興味深い。やがて神戸の海軍がらみの造船所などで大規模なストライキやデモを組織して日本中を震撼させることになります。