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古本屋日誌
今朝は寒の戻りで風が強くて肌寒い。猫は少し外出してゴロゴロ転がってはいたが近所の猫の鳴き声を聞くや否やすぐに帰宅されました。
先日お客さんにインナーシフトが出した「猫はこうして地球を征服した」などをお譲り頂きました。インナーシフトは「隠れた脳」を始めとする楽しい科学啓蒙書をたくさん出している出版社ですが、猫の歯は非常に鋭い上に人間が持つ大臼歯のようなものをすりつぶす機能の歯は持たず、ひたすら牙で急所を襲い殺戮できるようになっているのだとか、犬と違い猫は完全な肉食動物であらゆる動くものを襲って食べる、自分よりはるかに大きい鹿を狙っていたとか物騒な話がたくさんあります。なかでもエキゾプラズマ脳症の話は怖い。なんでも菌は猫のババなどに含まれこれに触れる動物に感染して脳をコントロールしてあやつり果てはネコ科の大型動物例えばライオンなどへの本能的な警戒心を喪失させフラフラとライオンの前に出て行ってしまうように仕向けるという。他にも猫の繁殖力はネズミを超えているとか、野良猫が稀少な鳥類を襲って絶滅に追い込んでいるとか物騒な話がたくさんあり非常に怖かった。それにつけても思い出すのは水木しげるで、作品名を忘れてしまったが三味線屋の店頭が描いてあって店先にうず高く猫の頭が積んであって「あげます」とある。いらんやろうけど、不思議なセンスだなあ。
今朝はかなり寒くてホットカーペットをつけました。雄猫は相変わらず私が外出するに合わせて必ず外に出るんですが、近所で蔵のあるお宅が解体中で車両の出入りも頻繁にあるために落ち着かずためにすぐに帰宅しておられます。
郷土雑誌「大阪春秋」の170号が発売となり早速一読、大阪府唯一の村である千早赤阪の特集。従来はこの雑誌は歴史の話が大半だったがこのところは現在やこれから過疎化をどないしていこうかという未来を見据えた話まで掲載するようになり、その分くだらない記事もあるはものの、玉石混淆となり雑誌を読む楽しみは増えた。村長のインタビューで村民はどうしても手のかからないコメの生産に偏りがちで、コメはなかなか他の産地との競争に勝てそうもないし、他の農産物を奨励したい、特にいちごには期待をかけていて「ちはや姫」という品種を売り込んでいるという。「ちはや姫」はこのところテレビでも取り上げられていてなんでも大消費地である大阪市が近いので完熟しないうちにもいで、出荷する必要がなく、いちごのへたが完熟の証として外に反り返るのを見てから摘み取っているので非常に甘みも高くうまいという。
先日鉄工所に勤める友人とその友人と飲む機会があり、友人の友人は30台の半ばだが退職して奈良県の下北山村に移り住んでその地のホテルなどの立て直しの仕事をするという。ビームコミックで出ている鈴木みその「限界集落温泉」は人口減に悩む村がアイドルのイベントを開催するなどして立て直そうとする作品でなかなか面白いのだが、大阪は京都などと違い観光に力を入れる姿勢がもとから薄いのでこういうアィデアも必要だろう。千早赤阪村も「太平記」には千早城で関東の100万の大群を翻弄して100日にわたる攻防に耐え抜いた、その防衛戦もなかなか愉快で断崖から岩や大木を投げ落とすのはまあ当たり前として、なんでもババを集めて煮えたぎらせたりして大きな柄杓でよじ登る敵にかけたとある。まあババは沸騰させるまでもなくえらいかおりが漂うだろうからそれでもなお崖をよじ登ろうとする関東の軍団は役者ですな。
京都の人ならこういう楽しそうなホラ話は大事にしてまずここがその防衛戦の崖ですから始まり、ババを用意した肥溜めはここですと細かく商売にしていくだろう。
今朝は晴れていたが11時あたりからぱらつき始め今は地雨です。
先日お客さんから出たばかりのちくま文庫「たまゆら」(神藏美子)などをお譲り頂きました。この本は以前は横長の大判で出ていたもので評論家の坪内祐三のいい人が白夜書房の末井昭とくっ付いてしまうまでの神藏の表情を巧みに撮影したもので、アラーキーの「東京日記」みたいな作品です。
また同じお客さんに伊賀駒吉郎の「三都比較 大阪研究」もお譲り頂きました。伊賀駒は夕陽丘女学校の校長で、兵庫の甲陽中学の創設者でもある教育者で大正4年に1400ページあまりもある大部の大阪研究書をものしていて最近は全然目にしませんでした。大阪の名所として例の骨佛のある一心寺が載ってます。しかし骨佛とことは全く書いてなくて、大正4年にはなかった風習のようで、代わりに境内にある古跡として「家康駒つなぎの松」「霧吹きの松」「彦左手植えの老椿」が書いてある。このうち「霧吹き松」は家康が幸村に追われてあわやという時に霧を吹いて家康を救ったというもので、一応現存しているようだが、後の2つは影も形もない。残っている松のことも全然宣伝してないので、ないも同様で、一心寺としてはそういう京都のような名所旧蹟にたよった金儲けではなく、みなが直面する死をテーマにお寺の存在意義を見出していった。京都の寺ならまあ松なり、椿なりが枯れたらそれらしいのをどこやらから調達してきて丁寧に植えてまたぞろ名所でございてな感じにするに違いないが、それって立派な文化財の偽造、捏造ですからな。
昨日も北区のお客さんのところに伺い高橋秀実の本などをお譲り頂きました。帰りは千里中央回りになりましたが、御堂筋線のこの駅はホームを囲むように二階に回廊があり、ホームを取り囲む回廊から次々に発車して行く列車を見下ろせる上にたくさんの飲食店が並んでいて発車の直前まで飲み食いして滑り込むことができる。手洗いがホームの中央にあって壁を隔てて列車の方を向いて用が足せるのも面白い。
高橋の本には例の「弱くても勝てます」などが含まれていて東大合格者日本一の開成高校の野球部のユニークな指導方法が書いてあります。守備は上手くないからエラーはしてもいいし、ややこしいゴロは取りに行かなくていい、バッティングはストレートを強振するというようなものですが、開成高校の野球部なんてどんな価値があるのかなあ。見てて全く面白くないだろう。
だいたい野球はエラーがあるものとしてルールができてます。グランドが凸凹で石やら瓦礫やらも時折顔をのぞかせているわけだからイレギュラーしないわけがない、おまけにバットでボールを叩くだけの原始的なプレイなので紛れ当たりでも変なところに飛ぶ可能性もあるし、変わった角度で当たれば回転がかかる時もあってあらぬ向きに球が飛ぶ、つまりはエラーするのが当たり前なわけでそういう前提で見ないといけない。京セラドーム、ナゴヤドームなどの人工芝の球場はグランドを均して出来るだけイレギュラーバウンドを減らそうとしているわけだが、野球の本来の面白さをわかってない。まあドームを作ってしまう発想自体が金儲け第一ですよね、雨で中止になるのは嫌だ、そうなるくらいなら、たとえ外野のフェンスが切り立っていて飛球がよく見えない、全然見えないことくらい観客が我慢すればええやないかということです。
昨日の横浜戦は小野はまあ割と落ちたフォークで打者をピッチャーゴロに仕留めたのだがファーストへのなんでもないトスに失敗、ランナーは2塁となった。これが野球の本質ですね。まあ仕留めているんだからそのランナーがセカンドにまで行ってしまうのは不条理。理不尽な振る舞いですね、ピッチャーは全然悪くない、そもそもそういう理屈に合わないゲームなんですから。
小野は全然悲しそうでもなかった、もっと辛そうにしてもらいたかったな。
今日も非常にぬくい。昨日は汗だくで買い取った本の運搬をしましたが、そろそろ赤帽さんとか屈強な山岳部の連中に任せようかとも思います。
うちの店はほとんどの注文品はゆうメール(つまりは冊子小包)で発送し、高額商品に限りゆうパックにしています。2年に一回くらいつまり5000回に一回くらいの割合で未着の事故が起こっています。日本郵政の問題なんだが本が行方不明というのが残念だ。一度は浜田ブリトニーの「パギャル」の全4巻セット、しかも全部帯の付いたのが行方不明となった。なかなかない面白い漫画なのに本当に残念で未だにどこに行ったのかと気になる。もちろん該当の郵便局に問い合わせるのだが「ご家族が受け取られている場合があるので聞いてみる」となり、それでもない場合「近所に誤配したかもしれないので調査します」となる。マンションの場合は宅配ボックスに入れっぱなしの時があるのでお客さんにその可能性がないか連絡してみることになる。
これはクロネコヤマトを発送で利用していた時のことだが岡崎次郎の「マルクスに凭れて六十年」の注文があり、この本は岩波文庫の資本論の翻訳や教養文庫の「資本論辞典」といった著作のある碩学岡崎次郎の自伝で岩波文庫の翻訳は大内兵衛の名前になっているが実は岡崎がやっていて原稿料はなぜか大内兵衛が取るという理不尽なことがあったとある。結局岡崎は嫁と一緒に旅に出て行方不明になってしまう。これを5500円で東京の出版社に売ったのだが、10日ほどしてまだついてないと言ってきた。ヤマトに聞いたら配達はしたという。いい本なのに紛失なんかになったらもったいないと気を揉みましてが結局お客さんが後に「あれは違う部署に配達してあった」と言ってきてホッとしたわけです。