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古本屋日誌
今朝はまずまず過ごしやすい気温でしたが、また昨日のように暑なるやもしれません。
先週の土曜日淀屋橋駅で10時から特設会場を設けて京阪特急地下乗り入れ55周年の記念グッズが売り出しとなりました。嫁に頼んでカッコ良さそうなクリアファイルを購入しました。クリアファイルは2種類あって地下乗り入れの際の特急車の写真をあしらったもの、特急車が地下軌道に入ってくるのをイラスト化したものがあり、どちらもなかなか良かった。55年前というと1963年くらいで、京橋駅が高架になったのは1969年なのでそのかなり前ということになる。ただ隣接する地下鉄御堂筋線の淀屋橋駅は、今は二階を設置して通路にしたり、配管を収納したりしてすっかり天井が低なってますが、ご承知の通り元は非常に天井は高く開放感にあふれたものでした。それと比べると京阪のはいかにも狭く、天井も低すぎる。御堂筋線から乗り換える通路の天井など異常に低く、あれでは頭をぶつける人もいるのではないかと思うくらいだ。前にまだ淀屋橋駅構内のホームに売店があったからなんだがお菓子か何かを買おうとして小銭を出したまま意識がなくなってずるりと前のめりに倒れたサラリーマンがいてすぐに駅員を呼んで担架が運ばれてきてその人を乗せて階段の方へ行こうとしたんだが、ホームが狭くて、夕方ということもあって帰宅をなぜか急いでいるリーマンも多くて身動き取れなくなっていたら、担架に乗ってたおじさんが「ここは歩きますわ」と降りて階段を登りだしたことがあった。
しかし萱島まで続く複々線軌道、それもほとんどが高架になっていて一直線であるのは現代都市のイメージにぴったりです素晴らしい。阪急京都線など京阪に比べたら田舎の電鉄に過ぎず、京阪は圧倒的に垢抜けしている。
今朝も気温は低いのだが暑なる予感がしています。
「ビッグコミックオリジナル」に北見けんいちの「釣りバカ日誌」がずっと載っていて、特に変わりばえのしないおとぎ話が描いてあります。最新のものは浜ちゃんの嫁が王子様に見初められて口説かれるというバカバカしい話で、まあこのマンガ自体が会長と平社員が釣りでつながって社内の序列とは反対に釣りについては平社員の浜ちゃんがイニシアティブを発揮するというありえない作りになっています。こういうマンガはストレスの多い現代社会で疲れた人に癒しを与えるものとして期待されているわけで、才能とかそういうものは何もありません。需要があるから求められる製品を作っているということであり、工場でチキンラーメンを作るのやわたしがお客様に古本をお売りしているのと同じですね。
ただワンパターンのおとぎ話をずっと作り続けられるというのは大したものです。2、3年やったら飽きてしまいそうですけどね。
でも藤子F不二雄、藤子不二雄は金儲けとして「ドラえもん」を描いていました。たんなるバカで腕力が強いだけのジャイアン、勉強はできるが体力はなくて根性の悪いスネ夫などという現実にはありえない大衆にこびるキャラに徹して金をもうけていました。しかしほんとうのガキ大将は誰もが知る通り頭も良く、要領もかまし、先生くらいは手玉に取れますし、勉強のできるやつは実は明朗闊達で性格も明るいし優しい、こういうほんとうの話は「少年時代」や「魔太郎が来る」やSF短編できちんと描いて精神のバランスを取っていました。
今朝はかなりぬくうてこれからの気温が思いやられます。淀屋橋駅で京阪特急の乗り入れ55周年で記念グッズが10時から販売となり、どんな具合なのか楽しみです。
昨日の晩Eテレで1月に文楽劇場で上演の「平家女護島」の放送がありました。豊竹呂太夫、吉田玉助で、やはり素晴らしいお声でご同慶の至りです。また玉助はうまいな。しかしまあこの近松の作品も解説で出てきた阪大の先生は素晴らしいと絶賛していたが、ストーリーには無理がある上に合理性も全くなく極めて問題のある作品です。鬼界ヶ島に流罪になった俊寛ら3人に大赦が発せられ船で戻れることになるが、成親には島で親しくなった千鳥もいう女がいてこの女を連れて帰ることはならぬとなる。それで女は大騒ぎして挙句岩に頭を打ち付けて死ぬからと言い出す。ここが最も違和感のあるところで赦免の船は無理でもそのあと迎えをよこしたら済む話だ。別に島から出てはいけないとなっているわけではなく、女も一里か二里なら泳いで渡れるが何百里ともなると無理なんだといっている、さらに俊寛は平家の代官である瀬尾を襲って殺害するのだが、船に乗っている平家の侍たちは手出しもせずにただ見ているのがわけがわからない。囚人が暴れているんだから制止するのが当たり前だろう。さらに俊代寛は俺は瀬尾を殺したからその科でこの島に残る。しかし女を連れ帰れば3人を許すとした平家の意向と人数もあうから問題ないなどと主張してこれが通ってしまうんだからわけがわからない。近松の研究家とかはそれでメシを食ってるのだから擁護するのは仕方ないのかもしれないが、そのような理屈は大学の中でしか通用しない。文楽の面白さは近松半二のほうが門左衛門なんかよりずっと上で、ストーリーとしても「近江源氏」なんかはよほど優れているわけだから、こっちをやってもらいたいものだ。
まあしかしきれいな大阪弁をずっと聞けるのはありがたい、久しぶりで教経の正しい大阪アクセントを聞くことができてよかった。
今朝は少し寒い感じでしたが急速に暑くなり汗ばむ陽気です。オス猫が左前足を引きずるようなしぐさをするのでどっか怪我でもしたんかいなとよく観察してみたら爪が伸びすぎていてうちら側に巻き込んでいました、早速抑え込んで爪切りで切ってやりました、今回はいつもほどは嫌がらず。
先日お客さんから大阪城天守閣や穎川美術館で開催となっていた浪花百景や長谷川貞信の展覧会の図録をお譲り頂きました。浪花百景の錦絵は以前東洋陶磁美術館の照明を落とした展示ケースで拝見したことがあり、奥行きもあってなかなか素晴らしくできたら全部手に入れたいとは思いました。その後京都の古書会館で古本市があり、赤尾照文堂が500万くらいで出しているのを見ましたが、まあ見ただけに終わりました。その後お客さんから昭和51年に立風書房が復刻したやつがあるんやけど買わへんか?元値は10万以上したんやとおっしゃいますので、早速ご自宅に伺う約束をしました。値付けをするための予習で中之島図書館に出向いて立風書房の復刻を出してもらい見て見たんですが、まあ昭和50年代ならこの程度かと思うしかないデタラメな印刷で、きめも荒くて到底鑑賞にたえられる代物ではない。立風も10万も取るんだったら木版でちゃんとやるとかしたらよかったのにバカな出版社だとしか思えない。
問題は拝見して図書館の窓口に返却した際に起こりまして、つまり司書の方がそのきめのあらい値打ちもない絵を抜き取られてはしまいかと一枚一枚目の前で確認していきはるんですわ。まあそういう不届きな輩もいるんでしょうね。司書も大変だなあ。でもまあこの中之島図書館も真面目に仕事をしているとは到底思えないからな。大阪で出ていた雑誌をきちんと集めていない。というかほとんど集めていない。一体どういうつもりで仕事をしているのか極めて不思議だ。
今回の大阪城天守閣のや穎川美術館のはオフセットですが、非常にきれいだしキャプションも充実していて素晴らしい作品です、ぜひお手元において見られてはいかがでしょうか?
今日はよく晴れていてしかも暑い⁉️お客さんの注文を出荷してコーヒを飲むにしてももはやレイコーの方がいい状態、この先が思いやられます。
先日お客さんから出たばかりの真田信治の「関西弁事典」をお譲りいただきました。真田は阪大の先生で長らく大阪弁の変化を研究していた人です。この手の本は前田勇や牧村史陽以来のものなんだがもはや大阪弁や大阪ことばではなく非常に広範囲になって関西弁ですからね。関西弁という表現は関東の人が大阪や京都、神戸などのことばの違いに当たり前だが無頓着で十把一からげにした表現のようで馴染めないという批判は昔からありました。まあそれはそうなんですが、批判している本人もじゃあ大阪弁と京都弁、神戸弁の区別ができるかというと怪しいものでせいぜいおおきにーとおおきにぃとかしとーとしとるとかけーへんとこーへん、きゃへんくらいしか分かっていない。元々は神戸弁、大阪弁、京都弁はかなり違っていて普通に聞いていてもすぐ分かったんですがね。それに大阪弁とひとくくりにしているが、河内、和泉、摂津では相当に違うし、階層によっても違う。船場ことばもあるが例えば部落解放同盟がまとめて出している部落の大阪弁は語彙からして異なっているものがある。
だいたいがこのネット社会でいつまでも変わらないものはなく、言葉などどんどん均一化されていて、実際我々はそのおかげで商売もできるし、生活もできてます。
ということでどんどん標準語化していくのは必然で止めようもなく、まあこういう本もノスタルジーの産物でいわば農本主義みたいなものですね。他にも増井金典が「関西ことば辞典」なるものを出しました。これはいかにも大学の先生の書きそうなおかしな本でなんでもわれーれが今使っているいろんな漢語などは元々は関西由来のものだとして文献から取ったのであろうたくさんの日常語が収めてある。ということでこの本は普通の国語辞典と変わらない内容になってます。
大学生とか教授とか相手の論文や本ならこんなものでも通用するだろうが、世間的にこれが認められるとは到底思えないな。