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古本屋日誌
今朝は曇りで予報は雨なのでお客さんの注文を早めに郵便局に持って行きました。このところ石牟礼道子の本がよく売れます。講談社文庫の「天の魚」は以前から高かったんですが、「苦海浄土」も人気があります。石牟礼が水俣病に向き合う姿勢は土着的で、死んだ人間や魚や空さえも窒素を包囲する、怨蹉の声を上げるわけです。窒素だけがその他の公害病に比べて強く責任を問われた件に関しては児玉隆也が「淋しき越山会の女王」の中で詳細に検討していて、要するに窒素は札付きで公害病の常習犯だということです。
先日お客さんから向田邦子のいろんな本をお譲り頂きました。そのなかに「霊長類ヒト科動物図鑑」があり、再読してそのうまさに驚嘆しました。小学生の教科書を見ていたらこの「霊長類ヒト科動物図鑑」が載っていてガキの頃からこういうのが読めるとは羨ましいとも思い、でもまあ子供にはわからんやろうけどなぁとも思った。知ってる顔は実はとっつきにくい、どう反応していいかわからず困ることを肉親に外で出会った時を例に挙げて論じる、困った繋がりで父親をホームに見送りに行かされた話があって列車が出るまで居心地の悪い思いをしながら作者は立ってるわけです、最後に風呂上がりに身体を拭いてる時に知り合いから電話がかかり一人暮らしの気安さで話続けたらふと横によく知っている倉本聰の写真の載った週刊文春があってどきりとしたで終わる。
話題がかなり遠くに伸びて行きそらはそれで面白いのだが最後にまた元の話に別の道から連れ戻してくださるようで、うまいなあ。
今朝は比較的寒くて仕事には薄着できたことを後悔しています。
父親は随分前から肺気腫でこれは日にちぐすりで治るというわけにはいかない病気で入院を繰り返していましたが、母親も甲状腺の異常で足首が腫れて今回入院しました。
うちの家はもともと大工で私も跡を継ぐ気配も小学生くらいまではありましたが、あまりにも不器用なので沙汰止みとなり、家業はバブル時代には盛況となり今までは二階建てまでしかやったことがなかったが5階建てのビルも手がけるようになり、その儲けで自宅を4階建ての鉄筋に建て替えて3階、4階を賃貸に出してました。賃貸経営もなかなか大変で浴槽で錦鯉を飼育してる人がいました。うーん、錦鯉もね、浴槽ではなあー。しかし好事魔多しとはこのことでやがてバブルもはじけてビルのオーナーが金を払わないまま雲隠れする事態が立て続けに起こり、ために自宅のローンが払えなくなりました。大阪銀行が貸し主でしたが、お決まりの競売となり追い出されてしまいました。その後は南海の住之江近くの昭和の初めに建った長屋に移りましたが、すぐに家賃が払えなくなりましたが、ない袖は振れないのでそのまま過ごしていましたら、大家が来てすぐに出て行ってくれ、トラックも用意したといい、その代わり滞納した一年余りの家賃は棒引きにするからというので、やむなく天王寺の母親の実家に転がり込みました。
まあこういうことはよくあることだし、誰が悪いということでもない。母親のいいところはすぐに自慢をすることで家を建てたこと、息子や娘のこと、息子が早くに結婚してそれもわりと高い家に住むようになったことなどをことあるごとに知人に触れ回ってましたが、左前になって首が回らなくなったことも同じように誰彼なしに触れ回ってとくに隠し立てはしませんでした。
だってまあ事実は事実で、聞いてほしいですからね。
先日お客さんから新明解国語辞典の初版、9刷りをお譲り頂きました。箱はないんですがビニールカバーもきれいな上に小口もきれいでなかなかみたことがないくらいでした。新明解国語辞典の初版は1972年の発売ですが、箱は白、青、赤紫の三色があります。三省堂によると80万部くらい出たようですが、私の先輩もそうなんですが、おいそれとは国語辞典は買い替えませんから今も家の片隅に鎮座しているケースがかなりあるんではないか、ただその場合はボロボロになっているでしょうがね、新明解国語辞典の前に明解国語辞典というのがあってかなり小さい本なんですが、いい状態のものはあまり見ません。かなり前に復刻されたんですが、すぐに品切れになり、この復刻版も1万くらいしそうです。国語辞典はこれくらいのサイズがちょうどいいわけで小学館の日本国語大辞典は13巻もありますので、個人で所蔵するにはかなり不向きです。しかし私は以前この辞典の第1版の縮刷版をお客さんから5万円で買い取りして喜んで所蔵していたことがあります。
今朝は少し寒くてまたストーブをつけました。この分では再度灯油を買うことになりそうです。今朝は伝票の整理をしてましたら例によってメス猫がおこたの上に乗ってきて邪魔をします。雄猫は天気もいいので外に出たいと全力で訴えてきますので早速出したところちょうど近所の飼い猫のクロウが散歩中で鉢合わせしてしっぽをふくらませて戻ってきました。
東京の古本屋は神保町などはとくにそうなんですが、専門店が多くて万葉集関連の本だけとか、イタリア文学に特化してるとか浮世絵だとかまあ骨董屋やオタクショップですね。これは東京の方が人口が多いのである狭いジャンルでも分母が大きいがゆえに商売として成り立つという理由もありますが、実は近畿圏の人口もさほど見劣りするわけではないので、本質的な理由にはあたりません。誰もが思う通り東京にはマスコミや出版社、大学が必要以上に密集していてそれらの需要を満たすために古本屋はあるのです。
人の好みは十人十色であり、どれもこれも趣味に過ぎない点では大学で幅を利かせている学問であろうが、エロ雑誌であろうが、写真集であろうが何も変わりはありません。そういう意味ではそれぞれに専門店があるのは探すのには便利ですね。しかし専門店には当たり前ですが、他のジャンルの本はないので新しい発見や人との出会いは制限されます。またマスコミや大学がたくさんあって、つまりはそれで飯を食っている人が多いために、実際にはくだらなくてバカバカしいものにまで過剰な価値を与えて自分に都合のいい話を作り出す問題があります、そういう東京の特性を支えているのが古本屋だと思います。
この点大阪の古本屋は基本的に専門店にはなっておらずなんでもありのバラバラです。岩波文庫の横にフランス書院もならんでますし、みすず書房もあればビニ本もおいてあります。こういうものもあるのかと便利ではありますよね。よく谷町9丁目にある近松門左衛門の墓が気の毒な状態にあるのを嘆いたり、なんとかならんのかとか書いてる人がいますが、ごく普通に読んでみて近松門左衛門の浄瑠璃は面白くありません。心中物はなぜ死んでしまうのか全く理解できないし、くだらない道徳に縛られていて見苦しい。そういうものに過剰な価値を与えるのは間違いだと思うし、ある意味で大阪はそうしてきました。
昨日の晩から雨で気温も低く灯油を改めて買おうかどうしょうかと思案中です。雄猫も雨の時は出ようとはしません。一度郵便局に連れて行ってみようかと自転車のカゴに乗せようとしたら瞬間的に何かを察したと見えて大慌てで家に逃げ込みました。青木るえかの書く通り旅行好きの猫がいたら人生さらに幸せでしょう。
先日お客さんから八切止夫の「八切姓の方則」をお譲り頂きました。八切は日本には先住民族であるサンカがいたんだとの主張を唱えているのでこの本もこれこれの苗字は先住民族系だとか、渡来系だとか断定して書いてあって面白い。だいたい起源だとか、語源みたいなものはわかるはずもないことで、学問としては遊びでしょう、だから八切なんかは思いっきり遊んでいるものとして楽しめばいいと思います。この本は人気があってよく探してくれと言われるのですが、あるお客さんはせいてんねや、せきまえで頼むわと言われますのでお伺いしたらこの本を元に生まれてくる男の子の名前を付けたいんだという。まあ好き好きですけどね、どうなんでしょうか。日本国語大辞典には語源がこれでもかといっぱい載ってますがよくわかりませんね。ああいうのが面白いと思う人がいるんでしょうな。桂米朝はうがいの元は長良川で有名な「鵜飼」やでーとゆうてましたが、ほんまかいなとしか思いません。
野末陳平のカッパブックスの「姓名判断」も人気のある本でこれはややこの命名でかなり頻繁に使われていてリクエストの多い本でなかなか見つかりません。
それにしても先日のテレビドラマ「相棒16」の2時間スペシャルはこのところの大阪差別を際立たせた作品で非常に不愉快でした。スキャンダル雑誌の編集者が含みのある警察官にエスカレーターから突き落とされて怪我をしたという設定もデタラメですが、この記者は大阪のヤクザの娘でその母親が容疑者の警察幹部に復讐していくわけです。大阪とヤクザのつながりというステレオタイプ、しかも出てくる姉御やその下のチンピラがまたデタラメな大阪アクセントで耳障りだ。
今朝はもう暑すぎるくらいでこれでは夏場が思いやられます。昨晩も少しは暑くて寝間着の上に羽織っているブレザーを脱ぎました。メス猫は独占欲が強くて、他の猫に話しかけたり、撫ぜたりしていると飛んできて割り込んできます。もう3つなので人間でいうと30くらいのようですが、わからんものです。
先日お客さんにいがらしみきおの「ネ暗トピア」などをお譲り頂きました。いがらしは東北の出身ですが、全く暗い感じはない。世間をおちょくりまくる精神が横溢している。ネ暗トピアの1巻には有名な投身自殺の漫画があり、男がビルから身を投げるんだがなぜか空中でこれまた身を投げた女と見交わして恋に落ちるが、体も地上に落ち続けて二人とも死ぬ。地上では野次馬が口々に「やはり心中ですかねー」と囁く。
バカバカしいがよくできてますね。いがらしみきおの中では関西弁は芸術的なものでその道の師匠なんかが使うものという認識があるのも嬉しい。碁のプロがプロレスラーと一戦交える漫画では結構達者に大阪弁を操っている。そうなんよ、関西の言葉はそういうものなんよ。
先日NHKの日本人の名前に関する番組を見ていたら大阪の名前の特集で、古舘が司会なんだが一々が下品でバカげた内容だった。冒頭から大阪の苗字と全国のそれを比較して全国的には佐藤とか鈴木とか画数が多いのが多いが大阪は田中や山本などわりと画数の少ない簡単なのが多いという話が出てすぐにコメンテーターが「ほんなら大阪はあほやゆうことなん‼️」などというしょうもない合いの手を入れる。そういう大阪を差別してよしとするステレオタイプは許されないと思うけどな。地方を差別することは問題ないが部落差別や女を差別するのはいかんというのは不思議なことだ。
友人に予備校の先生をしてるのがいるが東京にある校舎でも授業をしているのだが「生徒から金の話をしてくるだらうという目で見られていて不快だ」とよくいう。全く不快だ。そもそもオリンピックだなんだと街を破壊してイベントに狂奔して、金のことばかり考えてる輩に言われたくないものだ。