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古本屋日誌
今朝も非常にぬくうて快適です。昨日の晩も猫じゃらしで遊びましたが、雄猫は全く反応せず猫じゃらしを取り出した衣装ダンスの半開きの引き出しの中に器用に入り込んでじっとしています。まるで空襲を避けて防空壕に避難している感じで姉が大騒ぎするのは結構だが自分は知らんよというかんじです。
先日お客さんから「クレイジージャーニー」のDVDなどをお譲り頂きました。火曜の深夜に松本、設楽、小池がやってる頭の行かれた旅行者のルポ番組です。昔の「ギニーピッグ」とかアメリカでは今もいくらでもやっているクレイジー冒険野郎の特集みたいなやつですね。最新の番組は世界中から集めたクレイジーな食事の特集で残飯に味付けしたものや足の足を焼いてスープと食べるやつや、緑色のセミを食べたりしてました。
1980年ごろの「プレイガイドジャーナル」にはインドツアーの案内が毎号のように載っていて、また沢木耕太郎の「深夜特急」シリーズや蔵前の雑誌などでインドがブームになっていて「あそこに行くと人生観が変わる」ガンジスに来て洗濯をする横で荼毘にふした人骨を流し、沐浴をする、藤原新也のサントリーの新聞広告に人肉を貪る犬が出たりと確かに日本の日常とはかけ離れた姿が取り上げられました。
まあこういうのはオリエンタリズムなわけで、見苦しい。そんなことよりもこういうのは貧しいからやってるだけでそれなりに金回りが良くなるとすぐやめるだろうと思うんです。さっきの足の足のスープだってハエがたかってるわけでスープも油だけしか入っておらずうまいわけがない。
まあ京都の人みたいに全然うまくもないのにニシン蕎麦をありがたがり、同じく大したこともない鱧にこだわる、それも南座の地下にあるニシン蕎麦の専門店みたいな輪をかけてまずい店を持ち上げて高い金を払う奇特なな連中もいますけどね。それは彼らが基本的に伝統を売り物にして飯を食おうとしているからで、本心としては彼らもああいうものはありがたがってないと思います。鳥取の出身の漫画家山松ゆうきちはインドについて「あんなもん大した価値はない、金持ちになったらやめるだけのこと」と公言し、人間はちゃんとなって来たら求めるものはみんなおんなじなんだから俺の漫画も売れるに違いないと思いインドに渡って自作の「血だるま剣法」などを販売していました。
さすがに血だるま剣法はハードルが高いようにも思いますが、山松の徹底した人間観察は学ぶべきものがある。
今朝は非常にぬくうていよいよ春本番です。しかし家の中は陽が当たらない上に座敷は奥まったところにあるために寒くてくせでストーブつけています。夜前メス猫が遊んでくれと頭突きをしたり、腹の上に乗っては降りたり、見つめてきたりとするのですが、遊ぶ気もない雄猫も姉に合わせてすり寄ってきたりするのは不思議です。嫉妬みたいなものか、姉に合わせているだけなのか。
こないだテレビで林修の「初耳学」を見てたら広辞苑の第7版の発売のことを話題にして「ある記事を読んでこれはまた広辞苑を読まないといけないと改めて思った」として画面の左側に大きく「週刊ポスト」の呉智英の連載を掲げて話していた。呉の連載は知識人たるもの広辞苑を読むのは当たり前だとの見出しとともにかつて彼が見つけた広辞苑の知識を披露してある。例えば序文は新仮名遣いでも歴史的仮名遣いでも同じになる文章にしているとか。言葉の出典として論語が出ているが実は論語にはない、それで編集部に教えてやったら返事はきたのに直ってないとか。林はそれに触発されたか番組では明治の文豪は下の名前で呼ぶのに昭和になると苗字で呼ぶようになったことを広辞苑で見つけて嬉しかったと言っていた。
まあ林は予備校の教師だし、バラエティの出演者なのでよくわからないことでもこうだと適当にごまかして断定して語らないといけない商売だから、もし彼がちゃんとしたインテリなら面倒に思うことも多いだろう。それにしても不思議なのは林が触発されたという呉智英の名前が番組では出なかったことで、それほど褒めるんだから「林先生⁉️その影響うけたて誰なん❓」てな感じで突っ込んで欲しかったが、なぜかだーれも何も言わない。
今朝もなかなかぬくうて春たけなわではないかというくらいのものでした。昨晩もメス猫が遊んでくれというので猫じゃらしでジャンプしてもらいましたが、一度ジャンプを試みてしくじるとスタスタと反対方向に立ち去ります。そして改めて狙いを定めて襲いかかる動作をしめす。羽生結弦のような連続ジャンプを期待して鼻元に猫じゃらしを持ってきたりしても知らん顔です。
森友学園の書き換え問題は朝日新聞のスクープなんですが、まあ記者が頑張ったというよりは官僚が我慢できなかったということでしょう。文書を改ざんするなど言語道断なわけで、そういうことをしても乗り切れると踏んだ上つ方に腹が立って朝日新聞にネタを流したのじゃあないかと思います。さすがは東大法学部卒業の優秀な官僚ですな。事務次官の前川も大したものでしたが、逆に気骨もなくやたらに忖度してすぐ金に転ぶバカ(つまりそこらへんにいる私同様の庶民のことですが)が官僚であってはいけません。
先日お客さんからいろんな中学入試問題の本、つまり赤本ですねをお譲り頂きました。神奈川の分が多くて桐蔭学園のを見たんですが、偏差値が46くらいなのにやたらに難しい。芭蕉の例の「しずかさや岩にしみ入る蝉の声」を取り上げてあれこれ三つの解釈が長々と書いてありそれを要約させたりしていました。東京の友人に聞いたら「こっちは東大法学部に入って官僚となり日本の舵取りをするのが憧れだから、大阪みたいに入試問題も算数中心ゆうことはない、国語の長文ができないと受からない」そうです。そういうものなのか。よく麻布中学、高校は自由な校風だと聞いてますが確かに坪内祐三の本に麻布高校時代の話があり、かれの父親が馴染みのバーに坪内が出入りしていて父親のカードで払いをしていたのだがある時額が20何万となり父親から坪内に電話があって「おまえ体は大丈夫か?」と聞かれたとある。
折しもワシントンポスト紙のウォーターゲート事件を題材にした映画「ペンタゴンペーパーズ」が間も無く封切りでそれに伴い文春文庫から出ていた「最後の日々」上、下のご注文が増えています。
暴露本は「公安警察スパイ養成所」が古典的な名著で沖縄に絡んで気の弱いターゲットがスパイに仕立て上げられていくさまはそれはそれとして、仕立て上げる公安警察の方もだんだんターゲットと一体化していろいろ便宜を図るところが面白い。しかし宝島文庫はすごく安くて不思議だ。ダン池田が北公次とジャニー喜多川との男色を暴露した本もそれなりのインパクトはあったが、私のいた大学では男好きの男も結構いておおっぴらに酒を飲んでキスをしたり、風呂に入ってしけこんだりしていて、特にそれが話題になることはなかったなあ。もちろんそういうつまりはホモを毛嫌いする男もたくさんいて人前でもはばからず「あいつは怪しいデー」とおちょくっていたが、それはタイプとしてアグレッシブが売りだったからだろう。なんせ弟と喧嘩して怒り狂い木に登って謝ってるのに下に薪を並べて火をつけていた。
今朝は大して寒くはなく雄猫は相変わらず一緒に外に出てきましてが、仕事なので長くは遊んでもおられず、最近身につけた必ず家の中に入れられるコツを使うと、たちどころに彼は家の中に吸い込まれた。なんのことはない、ドアを閉めてしまうだけなんです。彼は最近臆病風が強まっていて、少しのことで過剰に反応するんです。締め出されるとでも思い飛ぶように家に駆け込みます。
サントリーか抽選で一万名ににセサミンを1ビンくれてやるというので早速応募して見事に頂きました。もう3週間近く飲んでいます。あんまりこれといって効果は感じられません。そもそも古本屋の仕事は結構夜の作業が私の場合多くて、家に帰るのは10時過ぎになり、そこから酒を飲み、ご飯を食べ、風呂に入ったりネコと遊んだり、テレビを見たり、新聞を読んだり、出荷の準備をしたりしてるとすぐに夜中の2時くらいになってしまいさらに歯を磨いてネコのばばを処理しているとさらにずれ込みます。翌朝は9時過ぎまで寝ていることも多いのでそもそも寝起きがすっきりしません。セサミンを飲むとなんだが朝は早めに目が覚めて、その後寝られなくなり起きるんですが当然体がだるい。ままあもっと早寝しないといけないんでしょうね。
若い頃私は結核にかかったことがあるんですが、病名がわかるまで半年以上もかかりました。病名がわからない時には体が非常に疲れやすくて、仕事から帰り飯を済ませたらもうぐったりしていて風呂でも入ろう日には気絶しそうでした。布団に入るや体が溶けそうに心地よくて体が敷布団に一体化していくようで、後少しで熟睡に落ちる感覚もクリアでした。つまりはものすごく気持ちがいいんですね。病気の醍醐味なわけで、自分でもこれはかなりの大病なんだほうなあと思いながらも快感に酔いしれてもいました。
今朝は少し空気は冷たいがどうということはなく、日差しも春のそれです。雄猫は遊びには全く興味をしめさず、かわりに外へ出たがるが、一旦車が通りかかったり、自分の方を見られたりするとすぐに帰ってきます。
先日お客さんから「プレイガイドジャーナル」を80冊あまりお譲り頂きました。75年から10年間にわたるもので、76.79.80の3年間のは全て揃っていました。ちょうど森晴樹の編集長時代で映画の紹介で画像にダジャレや何やらのおかしなキャプションをふったり、編集後記がなかなかよい。1980年1月号では東京に出向いた話があり、「東京ではいろんな文壇のネタが起った翌日にはみんな知っていてその伝達の速さに驚いた」とし、自分はそういうことよりも時間の現場に居合わせたいのだと書く。
学生ころこのプレイガイドジャーナルで原一男の「ゆきゆきて神軍」が梅田日活地下で上映されることを知り、友人とはるばる京都からくりだしたものの、そもそも何時から上映なのか誰も確かめておらず窓口のおばちゃんに聞いたら「晩の8時からやでー」という、まだ5時にもなっておらず、やることもなく、東通と新御堂の交わるあたりにあったパチンコ屋に入り大いに負けてから映画を見た。だいたいこのころは適当な時間で集まったり解散したりしていてのんびりしていた。日活地下はエロ映画専門のといっても日活の作る映画はなかなか面白いのだが、そういう映画館でいつもはガラガラなんだが超満員でおばちゃんの話では「こんなんここきて初めてやわ」やった。確かに昭和天皇の責任を追及するこの作品は面白かったが、ついでにGHQに上映を禁止された「日本の悲劇」も上映してくれたらよかったな。
奥崎謙三は神戸で自動車の修理業を営んでいて例の田中角栄云々の目立つ看板で有名だった。映画では奥崎がニューギニアでの友軍兵士の殺害問題でかつての戦友などを訪ねて問い詰めていくのだが、その高飛車な態度に向こうがキレて喧嘩になり奥崎が押さえ込まれるシーンがあって何か叫んでいるのだがよく聞き取れない。長年疑問だったのだが、何年かしてビデオが発売されて何回も巻き戻して確かめたら「この俺がやられてるやないか!」だった。ナルシなところがかわいかった。