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古本屋日誌
昨日から非常に蒸し暑くまるで梅雨時のようで、体がほめいて止まず、倉庫の部屋以外窓を開けて風を通しました。例によって雄猫は外に出ましたがご近所の可愛いブルドックが通りかかり、そのいななきに臆して目の前に飛び出して逃げようとしたものだから吠えかかられて意気消沈しています。
先日手塚治虫文化賞を受けた「ゴールデンカムイ」をお譲り頂いたんですが、話は明治の北海道で囚人の背中に金塊(今の貨幣価値に換算して8億だという)のありかを記した彫り物を残した男がいて、それを手掛かりに日露戦争帰りの軍人がアイヌの女と協力して宝探しをするというものです。一番問題なのはお宝のありかを刑務所の中で他の囚人の背中に彫り込む、しかも一人や二人ではなくえらい人数に施すというデタラメな御都合主義です。それをよしとするならば、凶暴なヒグマと戦うシーンもあるんですが、主人公が203高地の歴戦の勇者な上にパートナーがアイヌの女なんだから何とかクマを倒してもさほど不自然ではなく、御都合主義のそしりからは免れている。また漫画ならではの絵の魅力もあり、ヒグマを夜近寄らせないために火を絶やさずに焚いてと支度を着々と整えているのにもかかわらず、突然ヒグマが出現するシーンは見開きに大きくクマの姿が描かれて驚かされる。
というわけでまあそれなりに面白い作品なんだが、ゲーム的な面白さにとどまることも確かで、それでいいのかとの疑問も残ります。
昨日はえらい暑うてびっくりしました。UCCが新しく出した黒糖入りのミルクコーヒーがなかなかうまくてよく飲んでいます。液体なのに飲んだ瞬間一瞬カラメルの膜が張っているのかな❓という不思議な感触があります。
お客さんから「月刊カドカワ」の1991年の11月号、中島みゆき特集、集英社文庫の桑田佳祐の「ケイスケランド」の帯付きをお譲りいただきました。カドカワの特集号にはあれこれの論考に加えて「伝説の彼方へ」という本人のエッセーや中島みゆきが自身の全曲を解説した文章が収めてあります。中島は1975年のデビューですがまだ二十歳やそこらの小僧っ子があのような歌詞を作れるものなのかと今更ながら天与の才に感動するばかりです。桑田佳祐も聴き込むうちには飽きてしまうこともあるんですが、メロデイラインも歌詞も魅力的であるのは言うを待ちません。例の東京オリンピックの招致で作られた「東京」であっても、破壊されて日々おかしな姿な変貌していく東京へのレクイエムが含まれています。
中島みゆきは新潮文庫から「愛が好きです」というエッセー集を2冊出していますが、1冊目は特に人気が高い。谷川俊太郎との対談が収めてあって話が例の「恨みまーす」に及んで、谷川俊太郎がひつこく何回も「あれは泣きながら作ったんじゃないの❓」とか「泣いてた❓」「泣いてたんでしょ」と食い下がるも中島は「教えてあげない」ですからね。
中島みゆきのコンサートはなかなかチケットが当たらず、当たってもホールの一番の後列だったりしました。すぐ後ろがドアなんですからまあある意味でちょっとレアな席が当たったとも言えると慰めました。
先日遠隔地のお客さんから昔の小説の単行本があるとのことでお送り頂いたんですが、松本清張のものでした。清張のものは価値のある本もあるんですが、大半は量が多いので古書価としては伸びない。お客さんに電話して「すみませんが値段はつけられないんですが、こっちで処分するかあるいはお客さんのところは返送するかどうしましょう?ただしその場合は返送する料金は負担していただきますが」と申しました。「なんぼかかるんや❓」とのことでしたので「今回お送り頂いたん分の送料は着払いで当店がお支払いしましたが1300円くらいでした」まあお客さんにとっては値段はつかないと言われるわ、返送料まで負担しろと言われるわで腹立たしいことでしょう。松本清張は「砂の器」はくだらない作品で評価されすぎていますが、そういうものではなく「小説 東京帝国大学」とか「張込み」とか面白いものがたくさんありますから、それが古書価と直結していないのは残念です。
今朝は涼しかったがまた蒸し暑なってきました。雄猫は相変わらず外に出てイネ科の草をばくばく食べています猫は純粋な肉食動物だと言いますから、うちの猫は別種なんかもしれません。メス猫の方はたしなむ程度にしか食べません。
お客さんから吉沢潤一の「ギャル男🆚宇宙人」などをお譲りいただきました。物語は魅力的で大人版の「ONE PIECE」みたいなもので、愛と友情の物語で困っている女友達を命がけで救う魂の物語です。太宰治の「きりぎりす」やみうらじゅんの「アイデン&ティティ」のような話でココロが温かく、優しくなれます。しかしなんといっても絵の魅力がすごいもので、ラストシーンの宇宙人と薬物対決(おかしなドラッグを飲んで大丈夫なのかどうかを競う)でのラリっているギャル男の姿は夢にまで出てきそうです。もう死んでしまったたかもちげんの「祝福王」にある地獄の亡者の群れの描写の匹敵する出来栄えでもはや宗教の領域に踏み込んでいます。ぜひは作者が描きたかった異常な世界をお確かめください。
今朝は過ごしやすかったが、次第に気温は上がり汗ばむ陽気となり少し動くと汗が出ますな。
古本屋のお客さんにはお医者も当然ながらおられてわたしもよくご注文いただきますが、「織田作のやつな、大阪の顔て、どっか全集に入ってたやろ、新しい方のを揃えてくれ」という感じで、講談社の全集ではなくてその後に出た少し増補したやつが欲しいという。わたしは講談社の全8巻のは手持ちがありましたし、「大阪の顔」はそこに入ってますので、先生を折伏しょうかと少しかんがえましたが、織田作好みなんだから懐古趣味には興味をお持ちだろうと考えて「承知しました、ついでに岩波文庫の文楽の話と桂米朝の全44巻あるグリーンのテープの全集とか大谷晃一の織田作の伝記とかその妹さんなんかの足取りをひつこく追ったルポとかこの辺もみつくろってお待ちしてもよろしいですか?」と尋ねて気前よくご了解いただきます。私は個人的には全集を買うのは場所をとるし、そもそも偉大な作家といえどもくだらない作品の方が多いことは明らかでそういうものまでため込むのは愚かしいことだと思うのですが、お客さんのご要望とあらば八方手を尽くして新しい全集も見つけてお届けしました。先生のご自宅に伺ってふと本棚を見るとちくま文庫の「私、プロレスの味方です」の初版の帯付きのがありますので、私はこの本がとても気に入っていますので初版は持っているのですが、帯付きのは今まで見たこともないので「先生、この本もらえませんかな?ものすごく欲しいんです、次に何か先生には特別に便宜を図りますから」とひつこくねだっていただいてしまいました。
今朝は暑い⁉️5月でこれでは先が思いやられる。このところ夜更かししてしまい寝る時間が遅くなりがちです。帰宅してすぐに食事にせず、ウィスキーを飲んだり、ビールを飲んだりしてしまうのでそれだけでもう1時間はつこてしもてて、それから食事に1時間、その後お茶を飲んだり、録画した番組を見たり、風呂に入ったりしてもう1時間くらいは経っていて、風呂に入ったら入ったでのどが渇いたとごくごく水を飲んだり、歯を磨いたり、猫のふんしの世話をしたりでまた小一時間使いでそうなるとあんまり眠たく無くなってます。
先日お客さんから糸井重里の文庫本をまとめてお譲り頂きました。ちくま文庫の「完本情熱のペンギンごはん」「私は嘘が嫌いだ」文藝春秋の「萬流コピー教室」角川文庫の「話せばわかるか」などでした。糸井重里は法政大学の時に佐世保のエンタープライズ寄港阻止闘争に参加していたことからして一応左翼の流れは受けているのだろうが全然硬直化していない。「長嶋茂雄なんかいなかった」「おいしい生活」「想像力と数百円」などの面白いコピーを生み出し一世を風靡しました。コピーライターという仕事はずっと前から、昭和30年代からずっとあって詩人の工藤直子も大分から上京してずっとやってました。でもまあ工藤直子の時代は黒子のような扱いでさほど表舞台に登場することはなかったのだが、大量宣伝大量消費の中で時代の寵児となりました。糸井はエッセーの中でベストセラーを作る構造を批判してとにかくこの作品は売れていると宣伝しまくって内容と関係なく売れているという既成事実を作り、時間に余裕のない大衆が売れている本を買うと述べています。
まあそれはそうだが大衆は適当に気軽に読める作品も求めているわけだし、誰もがまともな判断能力を持っているわけでもないから手引きも必要だからこれが売れてますよと示してやるのは立派な仕事だ。鶴見のゆう大衆芸術なわけで取り立てて問題はないし、さらにレベルの違うものは別段取り上げるまでもなく現れるから心配してもらう必要などない。
山下清の「日本ぶらりぶらり」昭和33年の初版もお譲り頂きました。式場隆三郎の解説がついている上にたくさんのカラーグラビアやモノクロの絵が付いていて珍しい上に、保存状態もよくびっくりしました。山下は初めに鹿児島に式場といった話を書いていて鹿児島の子供がパンツも履かないしふんどしも身につけないで出歩いているのを見てうらやましいなあ、なん歳くらいまでならパンツなしでかまわないんだろうかなどと悩んでいる。鹿児島はそういう習慣があったのかな。まあ大阪の住吉でも昭和の40年代は上半身裸のおっさんはたくさんいたけど、さすがに子供が走れメロスの状態はなかったなあ。