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古本屋日誌
上司小剣のコラム集に今の天王寺公園一体で開催された第五回内国博覧会の話があれこれあって、トイレが会場に少ないので、業者が金を取って有料のトイレを設置していたが利に聡い大阪人は前日から節制して、水分を摂らないという。
上司小剣は大阪人がせこいからトイレに行かないようにしていると言うが、そうではなく昔はて屋外の手洗いはどこもかしこも汚すぎたからだと思う。
また茶臼山から河底池に下っていくウォーターンボートでは西洋人は喜々として乗り込んでいるのに日本人は「屠所の羊よろしく余儀なく乗り込んでいる」とある。
また小さい子どもを連れて見に来た人のために託児所があって100台からの乳母車を預かり14、15から30までの女が世話しているという。
14、5の鼻垂れが乳幼児をちゃんと世話できるわけはない。昔は子供は少々手荒く扱っても誰も文句を言わなかったから可能だったことだろう。
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4月30日に四天王寺で開催中の古本まつりを訪れたら西門を入ったところにある御朱印どころに長蛇の列で広場の真ん中あたりまで列が続き、折れ曲がって三列でうねうね伸びている。興味深くて並んでる人に聞いたら「明日も来るでー、全部の種類をもらうんや」という。
そういうものなのか。こうなることは初めからわかっているんだから、予め書いておいてストックしておきそれを渡せばいいと私は思うのだが、変に合理的な手法ではありがたみがないのだろうか。
温泉地やメジャーどころの遊園地にはえらい人が押しかけてひしめき合っている。温泉など客の方はたまの休みだからゆっくりしたい、従業員からもてなしを受けたいとか思って甘えようとしているが、さて従業員の方は「客は多すぎる、もうこんかてええ」と嫌気がさしています。連休中なんか人が多くてもてなしも少なめになるし、料理もおざなりになることくらい大の大人ならばわかりそうなものなんだが、その程度の想像力もない。
観光地ではいつも女子便所がいっぱいで、かなり並んでいる時も多い。男子に比べて個室にいちいちしなければならず、空間的には無駄すぎる。少し前までのように女子も立ちションにすればこんなくだらないスペースや時間の無駄遣いがさけられるのになあ。昔は着物だから朝顔に後ろ向きにかがんでまえは着物で少し隠して用をたしていた。今は着物でないから恥ずかしいのかもしれないが、女同士だからどうでもいいだろう。
マイコン制御の旋盤は繊細な曲線をいとも簡単に作り出すことができ様々なフォルムのスマホや電子機器を楽々作り出しているので、実は「手作り」を売り物にしている民芸品やハンドバックなどは機械化した方が相当に安く、しかも素早く製品を作り出せる。しかしわれわれの脳は太古の昔から手作りに弱く、人の手仕事に過大な価値を見出すようにプログラミングされているので、そのバイアスゆえに機械の作り出す商品は安く買い叩かれる。
古本の通販でもものすごく大きな箱に文庫本を入れて周りにボール紙や緩衝材を挟み込んで動かないように固定して送ってきたりするが全くの無駄で、やめてもらいたい。私も毎日本をお客様にお届けしているが、そんな無駄な包装はしない。
またゆうパックやレターパックを始め配送番号がいちいちわかる手段で送って来るのもまるっきりの無駄だ。紛失を心配するのだろうが、普通郵便にせよゆうメールにせよそういうことは起こらない。出す方もまた配送する郵便局やクロネコヤマトなんかもわずらわしいだけだろう。だいたい配送は出来るだけ速く着くのが一番で客はみなそれを望んでいるのに、手間がかかるだけの配送番号処理では本末転倒だ。
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今朝は霧雨で油断するとびっしょり濡れそぼってしまいます。雄猫も勇んで外出した割には湿気をたっぷり含んでいるひめむかしよもぎに辟易したか、すぐに戻ってきました。
朝日選書の渡辺清「戦艦武蔵の最期」は吉田満のようなエリート士官ではない一兵卒が描いた作品で定評があります。以前阪本誠一の漫画「戦艦大和」にレイテ湾に向けて栗田艦隊が出撃する前、ブルネイ泊地で武蔵の外装をグレイにペンキで塗りかえたシーンが描いてあって将兵は口々に「縁起でもない、こりゃまるで死装束だ」とか「敵の攻撃を武蔵に集中させて任務遂行を図るゆうことや」などとありました。
確かに他の艦船が黒鉄色なのに一人グレイでは上空からも目立つでしょうし、いわば武蔵はおとりだったという話ですね。
渡辺清の本を見ると確かに灰色に塗り替えたとあり、ただ兵隊の間ではありったけのペンキを使って作業したことに「何も出港前の慌ただしい時にせんかてええやろ」という不満は語られていましたが、死装束とまではありません。でも結果的には米軍機は武蔵だけを狙って投弾しておとりの任務を十分に果たすことになりました。
でもなぜか栗田艦隊は臆病風に吹かれて引き返してきてしまうんですね。武蔵はおとりだから撃沈されるのは想定内だとたとえ思っていても目の前で1000人からの将兵が命を落としていくのを見たら絶望感に苛まれますよね。それに有名な話ですが大和の主砲は全然当たらない。
秦郁彦らの「連合艦隊12戦艦を探偵する」によるとレイテ湾に突入直前の、アメリカの護衛空母への砲撃では大和主砲は100発くらいは撃っているのだが、全く命中せず、それ以前に商戦を改装しただけの護衛空母を正規空母だと見誤って攻撃し、「まだまだレイテ湾には敵の正規空母がいるのでは」と疑心暗鬼になったりしていました。
呉の「大和ミュージアム」には戦艦大和に用いられた当時の技術の粋は戦後日本の高度成長を準備したものだとのキャプションがありましたが、全く賛同できませんな。
今朝は予報通り雨もよいで、止んだかと思うとまた霧雨が降りだします。
私も通信販売で商品をお客様にお送りしていますが、なかなか売れない品物もあります。原価や封筒代や送料、サイトの月間登録料などを加算したらこれ以下では無理という金額が当然あります。しかしなかなか売れないものはどんどん値段を下げていって、結局売れば売るだけ赤字が膨らむ価格でも販売してしまっています。
仲間の古本屋さんも私と同じようなことをしているのですが彼の話では「お客さんから一山全部でなんぼなんぼゆう買い方をしてんねんから、原価はゼロみたいなもんなんやからそれでええやん」とか「うっとこは店を開けて、客が買いに来る合間合間に発送業務をしてるさかいに問題ない」と言います。
でもそれは理由としては成り立ってません。いくら仕入れの原価が限りなくゼロに近いとしても郵送したら赤になるわけですから、自分の手間賃を度外視するにしても商売としてやってはいけないことに変わりはありません。完全なボランティア活動なわけなんですが、本人はそれに気がついておらず、正常な商業行為だとなんの疑いもなく思っているところが不思議ですね。
織田作之助の「夫婦善哉」のはじめの方にあるおばはんの実家の天ぷら屋の収支が赤になりがちで店主が「おかしいなあ、これこれの野菜で、これこれの値段で売ってんなんさかい赤になるわけがないねんけどなあ」などと本気でぼやいてるのと似てますな。油の代金や什器とかをお忘れなわけです。
今朝も少し寒いくらいで汗ばむこともなく過ごしやすい天候ですね。
週刊「モーニング」連載中の漫画「はたらく細胞Black」は身体の白血球やホルモンなどの免疫システムを擬人化した作品で発想は昔の子どもの絵本にあったものだ。
ただ比喩がなかなか面白いな。今回はあまりにも美食家で寿司やら肉やらあれこれ食べ過ぎたご主人様に対処するため、膵臓のランゲルハンス島がフル稼働することが期待された話だ。ランゲルハンス島は大海に佇む孤島にある掘っ建て小屋風の工場という設定になっていて、ファックスがうなりを上げてインシュリンの注文を吐きだす。しかしこれに応えるべきβ細胞たちはウエットスーツにゴーグルを身につけたスリムな作業員なんだが勤しむどころか集まって顔を見合わせるばかりだ。そうしている間にも血糖値は上がり続けて赤血球が焼け焦げてゾンビ化して酸素を供給しにくくなっていく。業を煮やした作業員が高速艇を飛ばしてランゲルハンス島にたどり着き見たものは、これが見開き2ページにわたるもので、β細胞作業員全てが天井からロープで首を吊っているシーンだったのだ❗️❗️
てな感じなんですが作業員が血液中に溢れる糖分をなんとか減らそうと細かい細胞ひとつひとつを訪ねて糖分を預かってくれと頼むシーンは、巨大なマンションが描いてあって「ピンポーン」てチャイムを鳴らして頼むんだが住人は「糖なんていらねーよ」とすげない。