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古本屋日誌
今朝は予報通り雨で、雨音で目を覚まして雨粒が吹き込んでくるので慌てて窓を閉めました。
このところ小学生に聞いてみたら「虫歯なんかない〜〜、フッ素水つこてる」とか「歯ァは矯正してる」と言いますので今昔の感がありますな。私は歯性が悪く、学校の検診で毎回のように「C1.2、ペケ」とかをもらい親には見せず放置し、挙句担任から電話が来て、近所のおばさんに襲われ自転車の荷台にくくりつけられて歯医者に連行されていました。
なんでも歯磨き粉で磨いてからゆすがず、そのままにしておくと歯によいのだそうだが、想像しただけで気持ちが悪い。他にも今は歯は横に磨くように指導されているそうで、我々の頃は縦に磨けと言われていました。
高校の頃に朝礼で校長が「君らは皆脳みその1割くらいしかつこてないんやで、せやさかいなんぼでもやりようがあるよってしっかりやるんやで」と言ってましたが、もちろんそんなことはなく、現在では脳細胞はフル稼働していることがわかっています。
この校長は「君らの若さはほんまに財産なんやで。私はその若さが手に入るんやったら校長という今の地位を手放しても惜しない」ともゆうてました。バカな高校生でしたが、さすがに「ええ大人のくせにあほゆうとんなあ」と思いました。この校長、明石立身という名前なんですが、名前の通り功あり、名とげてとでも思っていたんでしょうか。
大阪では人前で己の自慢をすることはタブーみたいなもので、近所の知り合いにおうても親は必ず「うちの子はほんまにあほですよって、じょうじゅう往生しとりますわ。それに引き換えおたくのワコさんはようお出来になるし、けなるいこってすわ」てな感じでした。この校長も普段はそうなんでしょうけど、生徒の前だということで気を許したんでしょう。謙遜しても考えていることはこんなもんです。
今朝は昨日ほどではないがかなり暑い。
郷土雑誌「大阪春秋」の最新号が出て北河内の交野の特集で、私部にあった中世の城の話は興味深い。
しかしこの雑誌で一番良かったのは新阪急ビルの話だ。大阪駅前、新装なった新阪急ビルは、随分阪急百貨店から離れていて、むしろ阪神百貨店の敷地の一部と言っていいロケーションなのは不思議だった。地下から二階まで褐色の大理石に包まれた豪奢な内装で阪急グループの気合の入れ方が偲ばれる面白い建築だった。
実はこの新阪急ビルのすぐ北側の土地、現在の阪神百貨店の南部分は阪急の所有だったという。阪神グループは梅田に大きな百貨店を出そうと計画してこの土地の取得を目指したが、すでに阪急百貨店を経営している阪急グループはそうはさせじと妨害工作に出て自らこの土地を取得してしまったのだそうだ。
結局大阪市の調停で阪神は阪急所有の土地を購入する代わりに、現在の新阪急ビルの土地を阪急が持つことに同意することになった。
先日「ブラタモリ」でミナミがなぜお笑いの本場になったかという謎を解き明かす放送があった。
道頓堀川が湊町のところで川幅が倍になっているのは周囲がひどい湿地帯で埋め立てるための土砂が大量に必要で、ために川幅を広げて浚渫して盛り上げたからだ。
道頓堀川の浜側は間口がひどく狭くまた、階段で川べりに降りていける構造になっているのに対して陸側は非常に間口の広い大きな建物が建っている。この構造は250年以上変わっていない。その真相は船で浜側の芝居茶屋に乗り付け、ここで酒食を楽しみ、時間になると階段を上がって目の前の芝居小屋で歌舞伎や文楽を楽しんだからだ。
そしてもっとも興味深かったのは、道頓堀の各店舗が突き出した立体的な看板を掲げている由来です。道頓堀にはざっと思い起こしてもかに道楽の巨大な動くカニ、くいだおれ太郎、たこ焼き屋の壁から突き出たかつお節付きのたこ焼き、西道頓堀ではあるが、ホテルの前のモアイめいた石像列などがあるのだが、これらは徳川時代の芝居小屋から来ているというのだ。
中座、角座、大西の芝居などの玄関には地上より少し高まったところにその日の芝居の名シーンをかたどった人形が飾ってあり、またその左右には芝居の絵も掲げてあった。これら人形看板、絵看板こそ道頓堀の象徴とも言える風景であって、今に継承されている。
国語学者の金田一秀穂は京介、春彦と続く三代目で、なかなか茶目っ気のある人物で、NHKで厚切りジェイソンと共演していたこともある。ジェイソンが例の調子で「悪に手を染めているはずなのに、足を洗うはどないなんや〜〜」とか「親切は親を切ると書きます、おかしいんやない〜〜」とかくだらないことをゆうのに対して秀穂は「英語で1月はjanuary、2月はfeburaryとかいうのはおかしくないか‼️日本語は1月、2月なのにひちめんどくさい、くだらなさすぎる」「だいたいお前はジャーパニーズピーポーとかゆうてるけどジャーパニーズだけで日本人だろう、無駄なんだよ」とか笑いながらも頭から湯気を煙らせて突っかかっていって面白かった。
その秀穂が「日本語のへそ ムダなようででも大事なもの」を書いて関西は長らく中国などの大陸の文化が入り込みやすく、首都として発達していた。人が集まるとそれだけストレスも増えるから「笑い」の文化が生まれたのだろう。自分が属している学会でも研究発表で関西の人はうまい、必ず「笑い」の要素を入れてくる。ある関西の大学の先生から「学会ではかならず2つギャグを入れて話すように」指導しているとも聞いたと書いている。
まああれですね、秀穂先生はまんまと騙されてますな。だいたい関西の人間て面白ないですもん、ギャグもつまらないし、だいたいおんなじ受けないダジャレばかり言う。吉本新喜劇のギャグていつもおんなじで、「あ〜〜〜〜まーたおんなじギャグゆうておんなしように倒れてるわ〜〜ほんまアホやな、もう疲れたわ〜〜」て笑ってるだけですからね。
東京の人から「大阪人は面白い、なんかギャグゆうてくれるやろ」とプレッシャーがかかるから、無理してそれに合わせてしょうむないことをゆうてるだけです。まるでお殿様のお顔を伺う僕のようですな。
ダイヤモンド社からファルサキスの「父が娘に語る経済学の話」が出て、このところもてはやされているMMTの概説書かなと思い読んでみた。
銀行が設備投資したいから金を貸してくれた頼みに来た事業者に「わかりました、では3億ご融資しましょう」となった時、その3億円はどこから来るのか?
普通に考えたら銀行に預金している人々の金を回すと考えるだろうが、それは間違いで実は「何にもないところからパッと出す」だ。金融危機が発生し銀行が倒産するかもしれない事態でも、最終的には日本銀行が「何にもないところからパッと金を出す」ことで、銀行を救済して危機を乗り切ることができる。
こういう話で、さらに国債や公債を発行して国が借金を負うのは正常で必要なことだと主張していきます。
なるほどね、将来にわたって個人や国が存続し利潤を残していけると考える、つまり未来の先取りとして融資が行われるということですね。
結局突き詰めたら例えばいわゆるベーシックインカムで個人個人に金を配ったら、大半の人はそれを衣食住に完全に消費してくれるだろうから、需要も増えてひいては生産や輸入が増加しますから、何ら問題はありません。まさか飯も食わずに貯金したり、家賃を払うのをケチって公園で寝ることを選ぶとは通常考えられませんから、需要増加のシナリオは間違いない。是非とも勝つ何もないところから」チョチョイと金を出して配布してもらいたいものですな。