Welcome
古本屋日誌
今日は梅雨前線が北上して、低気圧も接近し今までにない長時間の雨です。サミットだとかいうことで天王寺駅はすでに火曜日の段階でゴミ箱やコインロッカーが使用禁止となっていて不便なこと甚だしい。
金持ちの代弁者どもが雁首揃えて何をしたいのかよくわからない。
三田紀房の「アルキメデスの大戦」は8月に例の「三丁目の夕日」の山崎貴によって映画化され、主演の櫂直には菅田将暉があたるとのことで楽しみだ。
零戦といわれることになる海軍の新型戦闘機のコンペが三菱、中島、航空廠の三者で実施となるストーリーで、ここでも空中戦の結果を無視して三菱の戦闘機が採用されることになってしまう。戦艦大和の建造計画でもわざと極端に低い建艦費を提示し、その分は一緒に造られる駆逐艦の建艦費用を大きくしてまかなうなどという詐欺が行われようとしていた。
実際に大和などが造られる際に建艦費用を抑えて、審査が通らやすくしたことは事実で、合理性が第一に追求されなければならない軍隊にあって、そのような不正が横行したのは不思議ではある。造船所が一部の将校と組んで私利私欲をはかったと言えないこともないが、しくじれば将兵がどんどん死んでいく軍隊にあって、そういう単純化は無理だろう。
合理性が追求されるべき場で、そうならない本質までこの漫画から教えてもらいたいものだ。
蒸し暑い〜〜梅雨らしい天気ですなぁ〜
仕事での能力がないため、実績を積むことが出来ない人ってたくさんいますよね。かくいう私もそうなんですけどね。
そういう人は客が何を求めているのかわかっていない、どうでもいい情報ばかり、関心も興味も持ってない客の前で話し出してクレームとなります。しかし失敗しても学ぶことが出来ないから次も同じことをします。あげく本人にはストレスが溜まるので他にあたります。家族には自分だけが大変なんだモードが全開になり毛嫌いされます。自分が行くお店では横柄な態度ばかりで、ありがたみがわかっていない。ストレスがたまっているゆえなんだが、だからといって認められるわけではない。
翻ってすごく仕事ができる人はどうなのか?何をやらしてもソツなくこなすし、他の営業と比べてダントツの業績を叩き出している。精神的にも余裕がありそうなんですが、それでも人には厳しいケースも多い。
紀伊国屋書店てありますね、梅田本店は平地の書店としては全国屈指の規模でしょうが、まあレジ係はなっていない。
仕事のできる先輩が少し大きめの単行本を買いました、レジの女は紀伊国屋書店のブックカバーをつけようとするのですが、カバーの方が大きすぎて、本からだいぶはみ出しています。先輩はそれを平気で渡そうとする女を睨みつけて、いきなりカバーを破り捨てて「あんた、あほちゃうか」と捨て台詞を残してさっさといってしまいました。人にどう接するのかは難しいものですね。
幼い頃また田んぼや畑がたくさんあり、春にはレンゲが咲き乱れ、護岸などはないいじがわでザリガニ捕りに熱中した世代にとって、70年代に顕在化した環境汚染は世の末以外の何物でもなかった。食材も昔のトマトは青くさい野性味があったのに、今は桃太郎一辺倒で甘すぎると批判する。無農薬や有機野菜の店に行ってかなり割高の食材を好んで買うのだが、贔屓目に見てもそれらはなぜか美味しくないのが不思議だ。
清文堂が出した「花の下影」を入手しました。徳川時代の大阪の飲食店を色刷りで紹介したガイドブックで、食の好みなんかすぐに変わってしまうことがよくわかります。
まずどじょう汁なんですが、徳川時代はよく食べられていて、小屋掛したような一膳飯屋などでメニューとしてポピュラーだった。考えたら同じ川魚のうなぎと遜色ない食材でしょう、鰻は付焼きにして臭みを消していますが、どじょう汁もおむしでにおいを和らげているわけだから変わりはないです。浅草では今でもどじょう料理の老舗があって、盛業中のようですが、大阪ではとんと見たことがない。鰻はもてはやされるのにどじょうは毛嫌いされる、これは不思議だ。
鯉の洗いもよくメニューに出ている。酢味噌でたべるようだが、おたいさんのような淡白なお味でさぞかしうまかったのではないかな。これもこの頃はポピュラーではなくなっていて、かろうじて「いずもや」などで食べられるくらいだ。
また徳川時代の大阪には蕎麦屋がたくさんあった。今でこそうどん屋の方が多いようだが、以前は蕎麦だけを出す店もたくさんあった。つなぎでメリケン粉とか入れてるでしょうからあんまり美味くはなかったのではないかと思われるが、ファーストフードなんだから、ささっと食べられて、それなりに腹持ちがいい蕎麦は魅力的だったんだろう。
昨日も夜遅くから沛然たる雨で今日はかなり蒸し暑い。先日テレビ大阪の「大阪人の新常識」を見た。
心斎橋筋は昼間は吉野ダラーや泉州ガチャマンが金に明かして宝飾品やら呉服を買い漁るため人の流れは南から北向きだったが、夕方からは船場のええしが女連れで道頓堀に芝居を観に行くので北から南向きの流れになったという。ダンさんは気前よく女に呉服をこうてやるので、心斎橋筋には今のドラッグストアをしのぐくらいの呉服屋が櫛比していた。
まあこれはそうだろうが証券会社が並ぶ北浜には「天ぷらがカラッと揚がる」を当て込んで天ぷら屋が数多く並んでいたという。しかし別に株は上がらなくても何の問題もないわけで、下落局面なら空売りを仕掛けたらいいだけの話で、とにかく株価が大きく変動することが儲けるために必要なんですね。買手は「強気」と呼ばれていたし、売手は「弱気」とみんな呼んでました。
その「弱気」の仕手筋は当たり前だが天ぷら屋なんかにはいきません。彼らはラーメン屋とかうどん屋とか支那料理屋に行ってたんです。ラーメンやらうどんは下にドロリと沈んだまま浮かび上がりませんからね。支那料理屋ではその頃は珍しい水餃子も好まれた。まあ理由はわかりますね。
この辺の当たり前のこともテレビ局には取材してもらいたかった気もするけどまあ作ってるやつがバカなら仕方はないな。
このところ梅雨らしい空模様で、昨日も夕方から沛然たる大雨で、連日雨が続いています。
呉座勇一が以前新潮選書から出した「戦争の日本中世史」を読みました。鎌倉幕府の滅亡から観応の擾乱、嘉吉の乱、応仁の乱に至る戦乱の歴史で、山名宗全が成り上がろうとして応仁の乱に至った話も載っています。
呉座は最後の方で室町時代の最初の頃は「そこそこの平和が保たれた」とし、その理由として足利尊氏がメンツや行きがかりを捨てて南朝に降ったり、山名氏」大内氏といった最後まで南朝に加担して幕府に刃向かった大名をも簡単に許したことをあげています。メンツとか経緯にとらわれて大義を持ち出したら戦争になってしまうわけです。
呉座は「平和はかっこいいものではなく、爛れたものだ」として、それでも戦争を引き起こすよりはずっといいと述べています。ここから例の小林よしのりの「戦争論」の話になって小林が戦後の平和を瀰漫した大義のないかっこ悪いものとし、対して戦争中の特攻隊を大義に殉じるかっこいいものとして描いたことを批判しています。また左翼の連中が憲法を極端に持ち上げてこれがあるゆえに平和が保たれているとか世界に冠たる平和憲法などと主張するのを妄想だと批判しています。