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古本屋日誌

2019-06-02 11:09:00

気鋭のルポライター安田峰峻が50回をむかえた大宅壮一ノンフィクション賞を取った。デビューの「中国、電脳大国の嘘」以来綿密な取材と幅広い人脈、旺盛な好奇心は衰えることはなく、何よりセンスがいい。

先のデビュー作も巷に「中国はあと3年で崩壊する」だの「民主化運動の火は止められない」だのデタラメな妄説が跋扈している中で、中国のネット世論は共産党の支配を揺るがすものではないことを論じたもので極めて説得力のある本でした。

大宅賞は天安門事件の関係者のその後を追った「8964」で、起業してそれなりの地位にいたり、新しい政治運動を起こしたり様々な姿が興味深い。また天安門の学生が明確なビジョンも持たず、単に欧米風の民主主義に憧れていただけだったことも含めて問題点も指摘してある。

5月に文春新書から出た「性と欲望の中国」も面白い本で、改革開放によって抑えられていた性欲、欲望が全面的に開花した現状があますところなく捉えられていて面白い。

かなり前に野坂昭如が「エロトピア」を書いてあらぬ妄想をたくましくしていたが、その中にソープランドで男がベットに横たわって、その上にくくりつけた女を吊るして、ロープで上下させて屹立した逸物に出入りさせるというのがあった。野坂の考えはセックスは男が激しく動かないといけないので、不公平だ、逆に女が激しく動いて男は楽をしたいというところから生まれたものだ。

安田のこの本でその妄想が実現していることを知って仰天したが、まあバカだよなあ。


2019-06-01 11:59:00

作品社から「現代語訳 墨夷応接録」が出た。安政のペリー来航時、幕府の責任者として交渉にあたった林大学頭によるものだ。編者の森田健司もいう通りアメリカ側の「ペリー来航記」は岩波文庫や角川文庫でも昔から容易に読むことができていたのに、肝心の日本側の一級資料が広範に読みうる状態になかったのは異常で、今回の出版は広く江湖の喝采を浴びることになるだろう。

早速一読して興味深かったのは函館の開港に関するやり取りで、ペリーは林に「港の様子を見たいから視察に行きたい、上陸などは考えていない」と了承を求めている函館に出向いた。

しかし函館に到着すると「上陸させてくれ、周囲を確認したい」と言い出し現地の奉行が拒絶すると「それでははるばるここまで来たことが無駄になってしまう。神奈川からここまで来るのにかかった10万両を支払ってもらうことになる」と脅迫した。

林は戻って来て「函館は良港で申し分ない」というペリーにこの件を追及したところ、しらばっくれたが、結局函館でのアメリカ人の外出可能範囲を下田の10里四方から五里四方と軽減させることに成功した。

なかなか立派なものだ。


2019-05-31 11:57:00

昨日は昼間はかなり暑かったが、カラッとしていて日陰や風のあるところでは涼しくしのぎやすかった。

久しぶりに甲子園まで出向いてジャイアンツ戦を見た。ジャイアンツの先発ピッチャーの制球が定まらず、ファーボールを5つも出してくれたり、センターが飛球をダイレクトキャッチしようと突っ込んで取ることができず、後逸したため、糸井のシングルヒットがスリーベースになったりしたおかげで、タイガースは危なげなく完勝。

しかしまあ野球にファーボールはつきものだし、エラーもあって当たり前なんで、常にランナーが塁上を賑わすベースボールらしい試合でした。甲子園は土のグラウンドなので、人工芝のドーム球場に比べて、凸凹も多い。つまりそのぶんだけイレギュラーバウンドも増えるわけだから、エラーもしやすくなっていて、見ていて面白いはずなんですが甲子園園芸の整地能力は高く、なかなかそうはならないのが残念だ。

試合が終わってから近所のバー「GROUND」に出向いてウイスキーを飲んだ。ここは世界の盗塁王福本豊の経営する店だそうで立派なカウンターとテーブル席が揃っていて、飲み物のメニューは置いていない。バーテンに「これこれこんな感じのウイスキーはないのか?」と相談しながら決めていくシステムで、なかなか面白い。


2019-05-30 13:37:00
先日NHKで例の「ブラタモリ」をやっていて堺編なので早速見て見た。さらに「歴史秘話ヒストリア」でも百舌鳥古墳群を取り上げていた。

仁徳陵は断層の撓曲部分に作ってあって、地形は海に向かって下がっている。大阪湾に向かい長い縦方向を見せていて、大阪に入ってくる船にその巨大さを見せつけている。朝鮮半島の古墳は円墳が多く、規模も小さいからデモンストレーション効果は大きかっただろう。
墳丘は元は石で覆われ、円筒埴輪の列が取り巻いていて、その数は3万くらいあったのではないか。墳丘を覆う石は近くにはなく、かなり離れたところから運んでいる、石棺は高砂市から来ていることが判明している。
朝鮮半島の高句麗が勢力を拡大して日本の同盟国である百済を脅かしていたので、巨大な墳墓で勢力を誇示するとともに、半島から馬や鉄器を仕入れて侵略に備えていた。
百舌鳥古墳群と古市古墳群を結ぶ竹内街道は古道で攝津と和泉の国境となっており、堺は国と国の境目ということで中央からの統制が届きにくく、ために自由な雰囲気があった。
こんな内容でした。
まああれですね、徳川時代には仁徳陵にはいることができて、春には花見が楽しめ、茶屋もできていたとか、古市の名物は土器で観光客相手に古墳から取ってきたものを販売していたこと、明治に入ってアメリカ人が仁徳陵に入り発掘して遺物を持ち帰ったことなどは一切触れられませんでした。さらに言えば仁徳陵などを構築した王権は実は騎馬民族、朝鮮人だったのではないか?にも全く触れることはなかったわけです。



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2019-05-29 13:05:00

今朝は雨も上がりしのぎやすい。

先日「月刊京都かわらばん」の創刊号から冬眠号までの揃いを手に入れました。

1976年に出来た京都のイベントガイド誌で1978年まで発行、これまで何冊か手に入れたことはありましたが、26冊揃ったのは初めてです。もちろん大阪の「プレイガイドジャーナル」を意識した雑誌で本家がいしいひさいちの「御漫画」ならこっちは同志社大学漫画研究会の貧乏学生マンガ、青春街図に対して「京都見て歩る記」なるイラスト付きのルポてな感じです。

同志社大学漫画研究会の作品は赤ヘルの学生のデモ隊を物干し場から見て「デモもえらい数が減ってしもて」と後輩が先輩に呟く、デモ隊が各々持つ竹竿に目がいってたたみかけるように「竹竿もすけのうなってますな」となって先輩が物干し竿にしている竹が描いてあって、トドメに「そういえば先輩は学生運動してはったんですね」でおしまい。

説明しすぎで、才能は感じられませんな。

是非お求めください。