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古本屋日誌
近所のコンビニに彩図社の「幕末 通説のウソ」が2冊あって中身も読めるので読んで見たら薩英戦争のことが出ていてイギリス軍の死傷者は薩摩の3倍だとか、新撰組は抜刀隊のようなものではなく、銃を所持して訓練を常時行なっていたとか、鳥羽伏見の戦いで幕軍はフランスから提供を受けた前ごめの最新式の銃を2000丁くらい装備していて薩長よりはるかに近代的だったとか、同じくこの戦いで錦の御旗が登場したのは1月5日で、既に勝敗は決していて、従来言われていたような錦の御旗が勝敗を分けたという説は間違いだとかなかなか面白い内容なので買いました。
コンビニ本は玉石混淆ですが彩図社のシリーズは大東亜戦争のものなどなかなか良いできの本がたくさんあります。
鳥羽伏見の戦いを扱った本では中公文庫の「旧幕新撰組の結城無二三」が何といっても素晴らしく、薩長への突撃を繰り返し一歩も引かない戦闘意欲の高さがひしひしと伝わってきます。中公新書の「鳥羽伏見の戦い」は幕軍が敗れた理由として進撃路を京街道一本に絞ってしまったので、狭い街道の幅がネックになって大軍の利点が活かせなかった、1万5000を三手に分けて西国街道と奈良街道からも進撃すれば何の問題もなく勝てただろうとする。
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池上彰が朝日新聞社から「韓国のホンネ」を出した。
池上は例の従軍慰安婦問題で日本政府が「強制的に軍が連行した事実は確認できない」と述べたことを批判して、敗戦直後大量の文書を燃やして証拠の隠滅をはかったわけだから、今証拠がないといってもどうだかわからないという。また日本側は日韓基本条約で無償、有償合わせて5億ドルの経済援助をしたことで解決済みとしているが、「日本のやり方は中途半端」であり、ドイツがイスラエルやかつて侵略した諸国に目に見える形で何度も謝罪しているやり方が望ましいという。安倍晋三は「右派の政権」だから韓国に行って謝罪をすることができる、左派は文句を言わないし、右派も沈黙すると言う。
そうなのかあ、池上彰はそういうことを言うのか、びっくりしました。
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2003年に18年ぶりにタイガースが優勝した年はかなり頻繁に甲子園や大阪ドームに通っていた。
ライトスタンドは一杯に観客を飲み込んでいて、タイガースの攻撃では全員立って応援歌を歌っていて、たまに立たない人がいて、その人は弁当を使っているんだが、横の知らん人が「この人な、さっき来やはったばっかりでお腹すいてはりますねん」ととりなしをして周りが納得していました。7回裏のジェット風船を打ち上げる際は親切なにいちゃんが必ずいて余分に風船を買い込んでいて「さあ、あんたもあんばい飛ばしなはれ‼︎」と手渡してくれました。スワローズのリリーフで本間が出て来た時には「この人は社会人からえらいしんどい思いして入って来た人やから、あんまりやいのやいのゆうたらんといて」とわざわざ解説する人がいて「なんでヤクルトのことそないによう知ってはんの?」と尋ねられると「わての嫁はんがスワローズファンなんですわ」などとやりとりしていた。タイガースの得点シーンでは大喜びしてメガホンを叩き合い、ハイタッチを上の段の人や下の段の人と何度も繰り返し大騒ぎでした。
赤の他人同士がこんなやりとりを日常的にやっているのはつまりはお祭り騒ぎだったということです。祭りが18年もなかったわけだから少しハメを外すのもありだろうという意識もあったんだろう。しかし祭りは一過性で長くは続きはしない。
2005年に再びタイガースは優勝した。しかしライトスタンドに出向いてもみんな座ったままだったし、普通に野球を見ていた。ジャイアンツ戦で大量リードを奪い、さらに矢野がライトに大飛球を放ったが巨人の矢野がフェンスにジャンプしてキャッチした時も、私は腹立たしくて「矢野‼︎早よいにたいんか!」と怒鳴ったがライトスタンドの皆さんは拍手していた。「矢野が打って矢野が取る、キャッチャーやのに足も速いなあ」とかゆうてはりました。
皆さん冷静だよなあー
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地理学者の加藤政洋がちくま新書で「大阪」を出した。
感心しない作品でいったいどこに目をつけているのだろうか。「都市の歴史を掘り起こす」としてミナミやキタを始め大阪各地の沿革や現在を取り上げているが、先端的な工業地帯やランドマークと釜ヶ崎や日雇い労働者といった両極端しか大阪にはないという視点が陳腐でバカげている。
そういう視点は加藤も取り上げている小野十三郎がかつて言っていたものだが、そんなわけあるはずもない。加藤は織田作之助の著作も引いて廃れゆく情緒を取り上げるが、織田が古きよき大阪を愛していたことは普通に織田の小説を読めばよほどのバカでない限り誰でもわかることだ。
例えば「ラサスポーツセンター」はどうなのか?巨大な屋内スケートリンクをもち、さらにテニスコート、屋外プール、ボウリング場ショッピングモール、飲食店街などを併設したこのスポーツセンターは都市の機能性や可能性を示してもいるし、また一方で一か所でなんでも楽しめるごちゃ混ぜの合理性も表していることは明らかだ。また織田作之助は嫌がるだろうけどね、その気持ちもわからなくはないが。
扇町公園にあった「大阪プール」は?大阪近郊だが先日取り上げた「阪神パーク」は?大阪球場や中津のスケートリンクは?ヤンマービル地下のライブハウスは?「プレイガイドジャーナル」や「編集工房ノア」はどこへいったんだ?このような大阪を代表する施設や経験が一切取り上げられてはいない。それで何を論じたいのだろうか?誠に不思議な御仁ではある。
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大阪には2つの天孫降臨伝説があります。1つは有名なニギハヤヒのものでニニギよりかなり前に磐船に乗ってたけるがみねに天下ったというやつで、ニギハヤヒは石切に祀ってあります。また乗ってきたとかいう磐船は交野の磐船神社に今も残っている巨巌だという。まあこれはいいとして2つ目は天探女が高津にやはり磐船に乗って天下ってきたという伝説で郷土史家の高橋敬蔵によると大空襲で焼けるまでは「磐船神社」があって石碑も立っていたという。また「摂津名所図会大成」には元禄時代に高津で土の中から大きな岩が出土してこれに触れた人間は祟りのため「悩乱した」とあるそうだ。
高橋が「観光の大阪」に連載していた中にこの高津の磐船神社の写真があるのだが、個人の居宅の庭に小さな社があり、その前に「高津磐船」の石碑が写っている。またその磐船は非常に大きく18間✖️10間もあり、真ん中に如意宝珠があって下照姫の御神体なんだという。
まああれですね、ここら辺が大阪のなってないところなわけです。このように物証もあり、伝説もあり、お社や石碑まである、奈良時代の「摂津国風土記」には高津の磐船の記述まであるのに大切にしないわけですからバカですな。例の「東日流外三郡誌」は偽書であることを詳細に論じた決定版がこの度文庫本で出ましたが、青森のイエスキリストのお墓や太宰治の生家もそうなんですが、東北の人は中央政権への激しいコンプレックスゆえに、あれこれカウンターパートを作ろうとします。でも大阪にはそれはない。つまりは東京に憧れていて、そのおこぼれが欲しいだけなんです。志があまりにも低くて感心しますな。
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