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2024-01-17 12:28:00

ハラールが非ムスリムの客も呼び込むことも。コロナ後の成長戦略“逆転の発想”

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ムスリムとの共生を考える守護氏(左から3人目)

「ハラール(Ḥalāl)」を扱う飲食店が、コロナ後も順調に増えている。ムスリム(イスラム教徒)対策オンリーと思われがちだが、実は新規顧客獲得に大きな力を発揮する。コロナ禍を乗り越えたハラールを扱う企業の好調さ、今後の見通しについてハラールに関連するコンサルティング業を行うフードダイバーシティ株式会社代表取締役・守護彰浩氏に聞いた。

ハラール店舗の好調の理由

コロナ禍以前の2019年まではインバウンドが活性化したことでインドネシア、マレーシア、中東などのイスラム圏やムスリムを一定数含む国からの訪日客が劇的に増加し、必然的にハラールを扱う店舗も増えた。農林水産省の資料によると、コロナ前の2019年3月時点でムスリムに配慮した外食事業者は880社で、そのうちハラール認証を受けた事業者は242社に及ぶ。ハラール認証とは、その認証期間が対象となる商品やサービスをイスラム法に則って生産、提供されているかを監査して基準を満たしていると認めることで、認証を受けた店舗では店頭にその認証を掲げる。

これらの店舗の中には日本人客を対象とせず、訪日ムスリムと国内在住のムスリムに特化した店舗も存在した。台東区浅草に存在したラーメン店『成田屋』(すでに閉店)はその代表格。日本人客はほとんどいなかったと言われ、筆者が2019年に訪れた際に日本人客は筆者1人だけであった。ところがコロナ禍で2021年には訪日客がコロナ前の2019年の100分の1以下となり、そうした店舗の多くは苦境に陥った。『成田屋』もその例から漏れなかった。

2022年から徐々に訪日客数が回復し、2023年は1月から11月までに2,233万人余を記録。コロナ前の2019年の2,935万人余の76.1%までに戻った(訪日関連の数値はJNTO=日本政府観光局発表)。こうした状況を踏まえ、守護氏は「今(2023年末)、飲食店と訪日客の数が合っていないせいで、ハラールをやっている店は非常に儲かっています。コロナ禍でハラールを扱う店の何割かが閉じてしまったため、生き残った店に多くのお客さんが行っているという感じです。本格的に訪日客が回復した2023年9月以降は、店舗から嬉しい悲鳴が届いています」と話す。

フードダイバーシティ株式会社代表取締役・守護彰浩氏

非ムスリムを呼び込む必要性

ハラールの店舗が減ったところに訪日客が回復したので需要が供給を上回っている状況であるが、コロナ後、特に意識すべきはハラールがムスリム以外にも決定的な集客能力を発揮することである。

ハラールとは「イスラム法で合法」の意味で、ムスリムも食べることができる食材のこと。多くの日本人が誤解していると思われるが、ハラール(食材)は「ムスリム専用の食事」ではない。「非ムスリムもムスリムも食べられる食事(食材)」で、このことはハラールを考える上で重要な意味を有する。

豚肉やアルコールはムスリムにとって禁忌であることはよく知られている。牛肉や鶏肉も宗教の教義に従って処理された食材だけがハラールで、そうではないものはムスリムにとってハラーム(禁忌)となる。

多くの日本人にはハラームかハラールかは食べる上では関係がない。たとえば牛肉であれば、食肉にする際に通常の処理ならハラームで、「アッラーアクバル(アラーは偉大なり)と唱えながら、教義に従った方法で処理すればハラールである。結果、客の前に出てくる肉にハラームとハラールで全く差異はない。アルコールが入る酢や味醂は使用できないが、純米酢など無添加の酢やハラール認証のある酢、ハラール認証のある味醂風調味料は使用できる。そうなると、ハラールの店舗に日本人が入っても当該店舗がハラール対応をしていることに気付かない可能性はある。

ムスリムは自国のサイトを利用して日本でハラール対応をしている店舗を見つけてから来日することが多く、ハラール目当てで入店する。一方、多くの日本人は単純に「この店は美味しいから」と考えて暖簾をくぐる。つまり、文化的宗教的多様性を持つ顧客に対応している店舗は、訪日客がほぼゼロになったコロナ禍でも日本人客で持ち堪えることができたのである。

「その部分はまさに私がコロナ前から警鐘を鳴らしていた部分です。訪日客に特化した店舗は全部ではありませんが、やっていけなくなってしまったところもあります。結果を出している店舗は『ムスリムも、日本人も』という混合型をとっています。パンデミックみたいなものは今後も起きると思います。当社がコンサルティングする際には、最初はハラールについてなんとなく難しいイメージを持たれますが、豚とアルコールなしでいつも通りの料理を作ってくださいと伝えると、日本のシェフはしっかりと対応ができます」

なお、ムスリムには断食月(ラマダーン)があり、その期間は太陽が出ている間は水も飲むことができないため、その時期、ムスリムの客は1人も入らない。その期間中は旅行もしないことが多いため、訪日客に特化してハラール店舗を運営するのは、日本ではほぼ不可能と言われている。

ハラールが非ムスリムの客も呼び込むことも。コロナ後の成長戦略“逆転の発想”

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打ち合わせをする守護氏

アフターコロナの2つのポイント

飲食業にとってハラールはコロナ後の成長戦略の要ともなるシステムである。コロナ後のハラール市場の質的変化について、守護氏は2つのポイントを挙げる。

①ハラールの一般化と実用性の認識
②円安

■ハラールの一般化と実用性の認識
コロナ前は物珍しさからハラールの料理を食べてみたいという客もあったが、今ではそうした人は少なくなったという。ハラールと全く気付かない日本人客が多い中、増えているのが「集団の中にムスリムがいるので、ハラール対応の店でないと入れない」という客層である。

マレーシアは国民の60%程度、シンガポールは約15%がムスリムである。仮にシンガポールからの団体客10人がやってきたら、1人はムスリムの可能性がある。集団で食事に行く場合、ハラール対応をしていない店だと、その1人のムスリムが食べられないから旅行会社もその店を選ぶことはできないが、ハラール対応の店舗なら10人全員が食べられる。

「ハラール対応店にやってくるムスリムは、その集団の全員がムスリムである必要はありません。10人の団体でムスリムが1人でもいれば、その10人の客を獲得する可能性があります。訪日客だけではなく日本の企業のMICE(ミーティング、研修旅行、国際会議、展示会)でも同じです。その売上がハラールを導入した企業にとっては非常に大きいのです」

こうしたことは多文化共生、異文化理解が叫ばれる時代においては極めて重要。日本でも外国人を雇用する企業が増えたが、集団で会食する機会に一部の従業員が宗教上の理由から食べることができない事態になれば、その企業の多文化共生への理解が足りないと評価されかねない。人の行き来がこれまで以上に盛んになるアフターコロナで求められるのは、ムスリムも非ムスリムもウエルカムのハイブリッド型(守護氏)店舗ということになる。

■円安という追い風
②については、ドル円相場は2019年12月の平均で1ドル=109.29円であったものが、2024年1月5日には1ドル=144.64円と32%も下落した。コロナ前に訪日客が1万900円使って100ドルを支払っていたところ、コロナ後は1万900円を使っても約75ドル支払えば良い計算となる。自然と訪日客の財布の紐も緩くなる。

「円安が一気に進行したために客単価が上がっています。東南アジアからいらっしゃる方も『日本は安い』と言う方が多く、メニューの一番高い料理から頼んでいくという方が増えたという報告を受けています。ラーメン屋さんならトッピングはフルで、という方も多いようです」

守護氏がコンサルティングを行った台東区の居酒屋『博多前炉ばた 一承 東京上野』は客単価で5,000円から6,000円の店で、日本人客とムスリムの双方を集客するハイブリッド型。そこではムスリムのために1枚2万5,000円の神戸牛のステーキを提供している。通常のメニューであればハラールでも仕入れ値は変わらないが、神戸牛のハラールステーキのような希少な肉の場合はどうしても仕入れ値が高くなってしまう。それもあって、ムスリムだけに提供しているという。

「『一承』様は普通の居酒屋さんですが、ハラール神戸牛がかなり数が出ているそうです。以前、シンガポールからやってきた3人組が1人1枚ずつステーキを頼み、3人で8万円以上の会計になったと聞きました。コロナで訪日を3年間我慢したというのもあるのでしょう、富裕層が財布の紐が緩くなり、そうした消費をする方が増えてきた印象です。日本で有名なものを食べたというニーズが強いのでしょう」

ハラールが新規顧客を呼び込み、そこに円安の追い風が吹いた結果と言ってよさそうである。

ハラール神戸牛はお客様に示してから提供している(『一承』東京上野店の紹介ビデオ画面から)

ハラールがアフターコロナの切り札に

少子高齢化、人口減少が続く日本社会において、急激に客や売上を伸ばすのは簡単ではない。しかし、唯一と言っていい成長部門のインバウンドを利用すること、また、進む多文化共生の意識も加えて、ハラールは成長力を秘めたコンテンツと言えるのかもしれない。

守護氏は「こうしたやり方は私が編み出したものではありません。海外のレストランでは当たり前のことです。海外は多民族国家が多く日本以上に多様化に対応しなければいけない土壌がありますから。ハラールだけ特別オペレーションにしてというのではなく、全部をハラールにしてしまうというのがほとんどです。日本も多文化共生が求められる時代ですから、きちんとそうした海外の事例は学ぶべきだと思います」と強調する。

アフターコロナは本格的な異文化との交流に備える必要性が高まるのは必至。ハラールのシステムはそうした時代の切り札になり得ると言って良さそうである。

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