インフォメーション
日本産牛肉、最多輸入の意外な国 東南アから再輸出?
- 2020/2/13 2:00
世界で最も日本産牛肉を輸入している国はどこか?――。この答えがカンボジアだと知っている人は多くないだろう。財務省の貿易統計によると2018年度の日本産牛肉(冷凍、冷蔵の合計)の最大の輸出先はカンボジアで、約880トンが輸出された。王座の常連だった香港(約770トン)を上回った。19年度も4~12月実績で香港を4割以上上回っており、2年連続で世界一の日本産牛肉の輸入国となることが確実な情勢だ。
しかし、この事実はカンボジア人でも知らない人が多い。一部の高級な日本料理店などを除き、カンボジアで日本産牛肉を見かけることはまずないからだ。東南アジアの中でも牛肉消費量が多いと言われる同国のスーパーや伝統的市場ではオーストラリア、ニュージーランド、国産の牛肉が主に売られている。カンボジア家畜飼養家連盟の幹部も「そんなに多くの日本産牛肉が輸入されていることは全く知らなかった」と驚いた様子で話す。
カンボジアに輸出された日本産牛肉の大部分は中国に再輸出されている可能性が高い。01年9月に日本で起きたBSE(牛海綿状脳症、狂牛病)に伴い、中国政府は日本産牛肉の輸入を禁じた。輸入量が多かった香港は月齢など条件を付けて07年に解禁したが、本土は禁輸を継続した。
カンボジアで売っている牛肉は豪州か地元産が多い(プノンペンの市場)
禁輸の間、中国では日本への関心が急速に高まった。2010年代に入り、中国からの訪日客が急増し、15年には前年の2倍の約500万人が来日した。多くの中国人は日本の焼き肉、すき焼きなどを食べ、うまみのたっぷり詰まった「サシ」が入った日本産牛肉の味を知って帰国していった。
そんな日本の味を知ってしまった中国人の胃袋を満たすのが"闇ルート"で輸入された日本産牛肉。中国本土で本来は手に入らないはずの日本産牛肉が上海、深圳など主要都市で食べることができるという。高額になる店も多いと言われているが、富裕層には関係ない。中国政府が摘発することもあったが、最近は少なくなっているようだ。
カンボジアは東南アジア諸国連合(ASEAN)の中でも中国寄りの国として知られる。1985年の首相就任から今年で在任35年となるフン・セン首相(68)はインフラやカジノ関連など中国からの投資マネーと労働者を呼び込み、経済成長につなげてきた。国際舞台でも、ベトナムやフィリピンと中国が領有権を争う南シナ海問題で中国寄りの態度を取ることで中国の後ろ盾を獲得していた。
貿易面でも中国は主要な相手国。17年実績で輸入額の37%、輸出額の7%を占め、多くの物資が両国を行き来している。日本産牛肉は港湾都市のシアヌークビルから海路で運んだり、ほかの東南アジア諸国を経由して輸出したりすることが多いとみられる。米国や欧州連合(EU)向けの衣料品、靴以外は主要な輸出品目がないカンボジアにとって日本産牛肉は貴重な輸出品だった。
ただ、事態は少し変わってきた。中国政府は19年12月、月齢30カ月以下の骨なしの牛肉に限り、輸入を解禁した。今後、日中両政府で検疫条件など詳細を詰め、20年中にも輸入が再開される可能性が高い。
わざわざコストをかけてカンボジアを経由する必要性はなくなり、中国への直接輸出が増える。日本産牛肉の輸入、中国への再輸出を既得権益にしていた政治家、企業にとっては大きな痛手となるだろうが、"うまみ"を味わったことがないほとんどのカンボジア国民にとっては何も変わらない。
(企業報道部次長 富山篤)