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古本屋日誌
「サピエンス全史」で一世を風靡したハラリの新しい本が河出書房から出た。
21世紀を予言する未来の書だ。自動運転の車が一般化してドライバーは後部座席で高いびきが可能なんだが、それでも「トロッコ問題」からは逃れられないという。
疾走する自動運転の車の前に幼い子どもが飛び出して来た、。これを避けるにセンターラインを越えて反対車線に出るしかないが、折悪しく猛スピードのトラックが来ている。それでも幼子を救うために反対車線に飛びだすならば、後部座席のご主人様は命を失う可能性がある、そうかといって幼子を跳ね飛ばしてその命を奪うのもどうなのか。
ハラリは車を買うときに、「おれはトロッコ問題では人を助けるプログラムの車にする」とか「おれはいかなる時でも自分優先のにする」とか選択して買わないといけなくなるという。
まああれですね、他人を助けるプログラムの車をマイカーとして買うような奇特な方がたくさんいるとは思えませんな。
2017年にグーグル傘下のディープマインド社が開発したコンピュータープログラムのアルファゼロがストックフィッシュ8を負かした話も詳しい、
ストックフィッシュのは何世紀にもわたり蓄積して来た人間の経験やコンピューターの経験にもアクセスできた。それに対してアルファゼロはチェスの定石すら教えられておらず、最新の機械学習プログラムで自分と対戦しながら自学自習し、わずか4時間でストックフィッシュ8に負けないまでに成長したという。
まああれですね新井紀子の言う通りAIはすでに偏差値で65くらいまで来ているわけだから、大半の人間よりもはるかに有能となっているので、われわれの子孫が今ある仕事をAIに奪われて路頭に迷う心配がある。
うちとこも本の在庫の大半はAmazonで販売しているのだが、わずか2000冊程度の在庫量でも以前はどこにその本があるのかよくわからず、お客さんからの注文が入ったにもかかわらず、探し出すのに30分以上かかったりして、イライラさせられていた。
でもはたと考えたらお客さんから買い取った本を日付順ただ並べておけば、あとはAmazonの検索システムで難なく所在を確認できることに気づいて、このところは探し出すストレスがなくなったなあ。
お客さんからの買取のお電話は面白い。
「あれや、おたくは古本屋さんやな、買取に来て欲しいんやけどな、高〜〜〜〜やわ」
「ありがとうございます〜〜、どんな本がありますか?」
「漱石全〜〜とか鷗外〜〜単行本とかやわ」
「ご住所はどちらですか?こちらは門真市なんですけど」
「高さ〜〜町ゆうてるやん、青山のビルの横やさかいじきわかるわ」
「もしもし〜〜その高さ町とかいうのは門真市ですか?」
「洋服の青山やん、わかるやろ‼️」
「ご近所の建物ゆうてもうてもなあー」
てな感じの要領をえない会話が延々と続き、ようやくこの方は兵庫県の高砂市からおかけになっていることがわかりました。
10月に亡くなった吾妻ひでおはその前の月に復刊ドットコムから「完全版、不条理日記」を出した。
巻末には2ページの分量なのだが描くのに3ヶ月かかったという「不条理日記、2019」に加えて奥付には出版される2019年の9月に記した「じゃあまたお会いしましょう」で終わる後書きも収めてあってかっこいい最期だったなあ。
いま改めて読み返してみても彼の描く幻獣の多彩さ、奔放さには舌を巻くばかりだ。画面全体に散りばめられて、所狭しと動き続ける獣たちを捉えることは出来ない。かろうじて視覚にとどまったウワバミのような巨大な蛇獣は部屋で寝そべる吾妻ひでおの横を通り過ぎて「助かったよ〜〜」と感謝の気持ちを述べるとひでおは「俺も助かったよ」と省エネで作品が完成したことを寿ぐ。
しかしなあ、吾妻ひでおは正真正銘のアル中だったけど、ネットに掲載してある本人の姿を見ると相当ガタイも大きく頑丈そうな体をしている。180を優に越していた谷崎潤一郎みたいなもので、たとえ血圧が200を越していても血管の強度や肝臓のアルコール分解能力などは常人をはるかに凌駕していたことだろう。
その身体的な優位性が吾妻ひでおの名作を生んだわけで、本人もアルコールに浸れば幻獣が飛び交い、インスピレーションが湧くことを自覚していて、強靭な身体能力に自信を持ちながら、意識して酒を飲んでいたのではなかろうか。
ネットで物販が出来るようになって、従来のように店を構えることなく商売ができるようになったのはありがたいことだ。
既存の古本屋も集客のために少しでも長く客に店にとどまってもらおうといろいろ工夫を凝らしている。
本棚と本棚の間のスペースを広く取るために床に本を積み上げない。中央に大きなテーブルとステンレスの椅子を並べてちょっと読んでもらえるようにする。
本棚の前に籐の椅子を並べて落ち着いて座り読みができるようにする。暑い季節には麦茶をサービスし、寒い頃には暑いお茶を出す店もある。
本の並べ方も入ってすぐのところには絵本や料理、雑貨ニッティングの本を並べる。レトロな食器やバッグ、料理小物や音楽CDを置いて多角化を図る。
古本屋の小汚いイメージを慮って本のカバーの上から透明なシートをかぶせてあらが目立たないようにして清潔感をアピールする。
私が感心したのは大阪や京都の古い町屋によくあるうなぎの寝床スタイルを利用した、ある大阪の店だ。
間口は1間くらいなんだが奥行きがあって、通路は右側に1人通れるくらいの狭さにしておいて、照明もあまり強くない。
奥に行く間に左側からセンターにかけていくつかの大きなテーブルや本棚を並べて平板さをなくして寄り道したい気持ちを醸成する。
どこに何かが隠れているような雰囲気がしてくる。本の並べ方もここは文庫本、こちらは新書本、こっちは四六判、あちらは大型本と整理整頓するのではなくて、木製のしっとりした本棚の区切りを細かく分けてどこに何があるのかわからないようになっている。
店の1番奥はテーブルが出張っておらずちょっとしたオープンスペースになっていて開放感がある。そこから二階へ続く木の階段が薄明かりの中に浮かび上がって一段一段の左右の端にはちんまりと本が積んである。
要するに隠れ家のようになっていて本の森の中にいつまでも佇んでいたいような気分になってくる。
京都にあるミシマ社という出版社から仲野徹の「そろそろ大阪の話をしよう」が出た。
大阪に詳しい各界の人との対談集なんだが大阪城天守閣の北川央とのやつでは大阪の上町の意味が取り上げてあって大阪城が上にある意識でつけられているのだという。つまり東西南北でいえば、大阪城は東なんだが、そこが1番上で、そのお城の近くにある場所が上町なんだそうだ。
そうなのかあ〜〜〜〜、船場に比べて標高が高い地点にあるから上本町とか上汐町とかいうのかとばかりおもっていましたわ。確かに徳川時代の地図は東が上になっていますな。
北川央は以前新風書房から出した大阪城の本の中で、昭和の再建天守閣は最上階だけが黒塗りでほかは白い、これは夏の陣の黒田家屏風と全然違う。黒田図屏風は全て黒塗りですからね。
実は2006年にオーストリアで見つかった秀吉時代の天守閣を描いた屏風では最上階だけが黒塗りでほかは白い。北川は昭和の再建時にどうして秀吉時代の天守閣の様子がわかったのかミステリーだとし「これが話題にならないことが不思議だ」とまで書いていた。
さてその後進展はあったのか?今回の仲野との対談集で新たに新潟から発見された聚楽第の屏風に描いてある天守閣は最上階だけが黒塗りで残りは白いから秀吉時代の流行なのかもしれないという。また黒田家屏風に全体が黒塗りの天守閣となっている理由に関して「秀吉の創建の後慶長の大地震で大坂城も大きな損害が出たことがわかっているので、天守閣に大幅な修正が加えられたのかもしれない」という。
うーん、まあそうなのかな、でも肝心の昭和の再建天守閣がなぜ秀吉時代の天守閣の姿をしているのか?その典拠は何か?が問題なのにそれには答えられていないよなあ。