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古本屋日誌

2019-12-13 10:30:00

今年の7月、雑誌「望星」が大阪の特集号を出した。阪大の中野徹が井上章一と対談するページがある。

井上は昭和10年ごろの雑誌で東京に暮らしている元タカラジェンヌたちの座談会を読んだが、皆大阪弁で話しているし、それを東京の雑誌記者は「日本語におけるフランス語ともいうべき大阪弁で語り合っている。江戸っ子には理解しがたい、えもいわれぬ味わいがある」と語る。

また昭和30年ごろから大阪の会社が本社機能を東京に続々移転した影響で、東京のサラリーマンには大阪弁が高圧的で威張っているように聞こえたことも指摘している。大阪から来た上司の話し方が大阪弁なんだからうなづけることですね。

まああれですね、今はおちゃらけか金のからんだ、下品なヤクザ言葉めいたものとして位置付けられてしまった大阪弁の捉えられ方の変遷は興味深い。

私も含めてそのもう一つ下の世代、1970年代の前半生まれくらいまでは大阪弁やアクセントへのこだわりが強いひとたちが必ずいた。小さい子が幼稚園や小学校で変なアクセントを覚えて家で話していると強い口調でたしなめるわけだ。

そのために東京アクセントやその話し方を受け入れようとしていたある層が、「これではならじ」とまた大阪弁に復帰してくるという過程が見られた。

ちょうど小学生が巨人やホークスのような単に強いだけのチームに憧れてファンになるが、中学生に上がる頃に周りから「お前も大人なんだから、勝つのが嬉しいなどという幼稚な価値観は反省せなあかん」とか言われてタイガースに回帰してくるのとよく似ている。

でもまあ今はそういう改心や洗礼を受けることもないだろうなあ。