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古本屋日誌

2019-11-24 02:06:00

酒は日本では許容度が広く、「酔うとったんや」と言えば暴言を吐いても、物を壊しても許されることがある。

今ではさすがに無理だか1980年代の半ば、枚方の塾の社長は泥酔して車を運転して民家の塀に激突して足の骨を折ったんだが、「あれ〜〜〜〜なんか足が曲がってもてよう立たんわ〜〜せやけどちょっとも痛ないわ」とびっくりして同乗していた女に記念写真を撮らせ、後日自慢そうに社員だったわたしに見せてきた。

今でもいつまでも飲める人がいて、気持ちよさそうに生ビールを2、3杯くらいあけて、ハイペースになって酎ハイだのハイボールだのを注文していく。

顔も赤くならず、のっぺりと白いままで、こっちは一杯目ですでにゆでダコなのに不思議と言うほかはない。

「はしご酒」というのは何軒も店をへめぐって、店を変える度に酒量が上がってくるやつのことだ。

血液中にアルコールを分解できる酵素が大量に含まれていてしかも旺盛な活動能力を保持している。それに加えて肝臓の分解能力も高い。味には適度に鈍感。ビールはとりわけ二杯目、三杯目と重なるごとに膨満感も増してくるし、味わいも衰えて通常はブレーキがかかるものだが、どういう体なのか鈍感なのか大丈夫だ。

このような幾重にも重なった特殊能力を保持できて初めていつまでも楽しく飲むことができる。

最終的にどうなるのかというと、ハイピッチになるとともに「いまここで裸になるぞ‼️」とか横の人にからみだしたりして、結局酔いつぶれてねてしまう。


2019-11-23 11:53:00

この前の月曜深夜の「ビーバップハイヒール」は京阪電車のミステリー特集だった。
ミステリーとされたものは「アンスリーとは?」「1番駅間距離が短い土居と滝井間は何分かかるのか?」「初め香里園には何があったのか?」というようなくだらないものばかりでもっとちゃんと作れよと思うしかなかったなあ。

なんでも京阪電車の森小路から土居の区間は「日本一駅間距離が短い」と放送していたがそんなことはない。同じ京阪電車の中で考えても石山線の京阪膳所から粟津の区間なんかどの駅間距離も400メートルくらいしかない。




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2019-11-22 09:29:00

NHKの古館一郎司会の「日本人の名前」で京都の特集があった。

京都人のプライドの話で例の「一見さんお断り」のネタが出て古館はかつてロケに行って予約なしで割烹に入ろうとして扉を開けて「すみませんが、予約取ってないんですが〜」と頼んだらカウンター席にだーれも客がいないのに「申し訳ありません、今日は満席ですので」と断られた話をしていた。

京都の人によれば「一見さんお断り」は十分なおもてなしができないから、そのこしらえが出来る次の機会に来てもらいたいという意味で極めて丁寧な、客をもてなす態度だと弁護していたがそんなことはないだろう。

だいたい次に断られた店には行かないから、もてなしてもらいようもない。

私も大徳寺近くの蕎麦屋に友人5人で1時くらいに出かけて、「すみません、5人なんですがいけますでしょうか?」と尋ねたら「あのーうちの店ねー団体さんは3人までに決めてますねん、すみませんが遠慮しとくれやす」と言われて、店内を見回すとテーブル席はまだまだいくらも空いているので「それやったら3人と2人に別れて座りますから」

 と食い下がってみたら「うちはそういうのもやってませんので」とすげなく断られた。

それでも「じゃあ私ら3人だけ食べます〜〜」とか言って適当に別れて入ってしまうこともできたんですが、別々のテーブル席に付いてもなんとなくグループだというのはわかってしまうし、そうなったらそうなったで今回はいいとしても次回は出入り禁止になってしまうだろうから、グッとこらえてすごすご帰りましたよ〜〜〜〜

でもまあそれはそれで意味のあることなのだろう。わが道をゆくというスタンスがなければ祇園祭は存続できなかったし、東山の景観も保つことはできなかった。

 

 


2019-11-21 17:08:00

このところ急に朝夕冷え込んきて、急遽石油ストーブを引きずり出してつけてみたが、確かに部屋全体がぬくなって快適ではあるのだが、灯油の残りは少なく、移動販売車もまだ来ておらず、かといってガソリンスタンドまで買いに行くのも道中寒風吹きすさぶ中であるのを思うと二の足を踏む。

そこでホットカーペットを二階からおろして来て床に敷き詰め、さらにこたつぶとんも探し出しておこたのしつらえた。こたつぶとんは長らく押入れに入れっぱなしでよく見るとコートに付いていることがある白い虫が蠢いているので、仕方なくガムテープで少しずつ埃などといっしょに取り除いた。

日本家屋は風通しが良くなっているので、やはり隙間風が入ってくるかがするので、角2号封筒の封をするときに使う幅広の透明テープで窓や扉を目張りしてみた。

 

 


2019-11-20 11:55:00

祥伝社新書から井上章一と佐藤賢一の対談本が出た。 

梅棹忠夫からヒントを得たというフランス革命と明治維新の類似性の指摘、ヤマトタケルノミコトの神話での女装やホモっ気の指摘、遊牧民族の歴史上の役割の指摘、宋の時代に全面化した科挙による官吏登用、戦後の人命尊重の風潮が戦争をできにくくしている指摘などが書いてあるが、どれも目新しいものではなく、天下の碩学にしては物足りない内容だった。

先日でた大塚ひかりの「エロまん」に詳述されてある神功皇后の神話をさらに裏づける話は面白かったけどね。大塚は神功皇后が三韓征伐に赴いた際の男装に注目する。

彼女はその時妊娠中で、分娩を避けるために腹に石を挟み込み、甲冑を身につけ男装で戦場に赴いた。また帰国後反乱を起こした2人の皇子を討ち取るために、自分はもう死んでしまったなるデマまで流して当時深く信じられていた言霊信仰まで踏み破った。

井上章一の本では日本武尊の話が次のように述べてある。

熊襲タケルの兄弟を討ち取るために日本武尊が女装してタケルにしなだれかかり、長らく身体を弄らせてようやく男と気づいたタケルを打ち取り、逃げる弟の尻の穴からつるぎを突き刺した。断末魔の中タケルは「あなたはひーろーだ、ぜひヤマトタケルノミコトと名乗りなされ〜〜」と叫んで息絶えるわけで、完全に男色のエクスタシーの場面です。

ただ井上章一は明治維新の時、あるいは秩禄改正のおり危機に瀕した幕閣や侍がシナや朝鮮に亡命して時を待つとか、亡命政権を打ち立てるなどの発想を全く持たなかったことに注目して「日本の場合、ドゴールの亡命政権のフランスやら清末の孫文は考えられもしなかった。それは日本の場合日本という縛りが極めて強いからだ」という指摘は面白かった。

確かに井上章一も述べているが白村江の戦いでの敗戦の際に裏切る兵隊はいなかったようだし、あの元寇の時も圧倒的なモンゴルの軍勢に気圧されて寝返る侍もいなかった、これも日本という縛りが強いことを示しているのだろう。

先の大戦でもアメリカ軍は例えばサイパン島上陸作戦時に基地内にバーや女の接待がある施設を作り、兵隊の慰安に努め、昼間は昼間で圧倒的な物量に物を言わせて日本軍を攻めまくったわけだが、私などすぐに縮み上がって白旗を掲げそうなものだが、降伏してくる兵隊は少なかった。なんでも日本の兵隊にはこっちが機関銃にしても38銃にしてもほとんどない中で弾も節約してやってるのに、アメリカは有り余る銃器を好き放題使って攻め寄せてくる、これはどう考えても不公平だ、不当なことだと思いアメリカ兵への怒りをたぎらしたそうだ。