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古本屋日誌
橋爪節也は阪大の博物館の人でこの度創元社から「大阪百景」を出した。
四季折々の大阪の風物詩をものした本だが、心打たれることはない。
要するにこういうことがありました、面白いでしょうと見つけたことを羅列してある本で底が浅い。つまりは作者のエッセイストとしての底の浅さが感じ取れてしまう。
例えば堂ビルホテルにあったバーのメニューの話がある。
カクテルに「花咲く国のカクテール」というのがあって要するにOSKですよねというだけの話になっている。まるで小学生の作文か中坊のレポートだ。
私はこういうつまらない本を読まされるよりは磯田敏夫の小説やエッセイ、藤澤桓夫の出来のいいエッセイ、上司小剣の小説やエッセイを読みたい。
出版社にせよ、編集者にせよ、バカばかりなのかな、橋爪の書くものと今あげたものの優劣をどう考えてるのか伺いたいものだよ~
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「季刊25時」のvol9は52で死んでしまった中島らもの特集号で彼の全著作が紹介してある。
他にも「中島らもの高槻事件」と題した追悼文がある。東京でらもと対談することになっていたのだが、いつまで待っても現れない。可愛い女ならしばらく待とうものだが、なにせなにわの怪人である、会いたい、話がしたい3時間待ったが現れなかった。
後でわかったんだが、らもは約束の2日前の深夜に大阪を出て東京に着いているのだが、なぜかまた大阪に戻りJRの高槻駅で降りている。高槻は新快速の停車駅で次は新大阪なんだけどね。
駅前に座り込んでいたら若いにいちゃんから「らもさんですか❓」と話しかけられしばらくして「にいちゃんとこ泊めてくれるか❓」とらもは頼んだんだが断られて連れ込み旅館に泊まった。
それからしばらくしてらもは三ノ宮の飲み屋の階段から落ちて死んでしまった。
こういう話なんだがこのにいちゃんもバカだよなあ、自分から話しかけておいて泊めて差し上げないとは困ったもんだ。信心が足りんよなあ。
同じく若くして死んでしまった坪内祐三が「ぴあ」に連載していたエッセイで単行本化にあたり中島らもと対談することになっていたが、急に連絡が入って「らもさんが階段から落ちてお亡くなりになりました」。
坪内もらももアル中なんだよなあ、周りがいくら止めても言うことを聞かない。中島は入院中の病院を抜け出して酒を飲んでいたし、坪内は林真理子から「ツボちゃん、あんたアル中でしょう、ええ加減にしとかなあかんよ」と言われて「林さん、知らないでしょう、僕が自宅でどれだけ真剣に仕事したり、本を読んでいるか」とか言う。
坪内の「反論」は笑ってしまうよなあ。全然反論になってない。むしろアル中が言いそうなことだ。
今回の肺炎騒ぎで先月来マスクが品薄となって、どこの薬局、コンビニでも品切れとなりネット通販では5桁で取引されるなど、人をおちょくったような事態になっています。
さらにこのところトイレットペーパーやティッシュまで品薄になっています。なんでもマスクと原材料がおんなじだから引いてはこれらの商品も無くなるのではないかとの憶測が引き金になっているようですが、あまりのバカバカしさに笑いも起こらない。
うちの近所のスーパーが昨日新聞チラシに「大王製紙の12ロールのトイレットペーパー、シングル、ダブルともに299円、軽減税率対象外」「ティッシュ5箱、238円、対象外」おひとりさま1セット限りと出していました。
従業員である嫁の話では既に8時のオープン前にチラシを手にしたお客さんが店の前に並んでいたそうで、オープンと同時に殺気立った様子でトイレットペーパーやてのコーナーに急ぎ、たちまち店内で行列ができた。
店員が品物の入った段ボールを開けるといろんなところからお客さんの手が伸びてくる状態で、レジも長い行列ができて「あんなあ〜このカゴやけど後でレジ通すからしばらく預かっといてくれへんか?」と頼んでくるお客や1人で4セットも買おうとレジに並んで「車の中で家族が後3人待っとんねん」という人もいてさらに混乱したそうです。
そういえばかつての石油ショックの時も千里中央の人たちがトイレットペーパーが無くなるのではとのデマに踊らされてスーパーや市場に殺到したことから始まって、騒動が全国に拡大したわけで、あれから半世紀が経とうとしているけど、バカは死んでも治らない。
ハラスが1994年に出した「沖縄シュガーローフの戦い」に帝国陸軍の機関銃の性能の話がある。
南部製九九式軽機関銃がそれで1分間の発射速度が800発あり、米国製のM1919軽機関銃の倍の速度があって「まるで女の叫び声のような音がした」という。帝国陸軍の狙撃兵の正確無比な射撃も取り上げてあって、敵の階級をしっかり確認して士官以上を狙い一撃で命を奪っていくので恐ろしかったという。
海兵隊は次から次へと戦死傷病者が増えていくため、あまり実戦経験のない若い兵隊もどんどん最前線に送り込まれる。恐れを知らない新兵たちがシュガーローフを望む麓にやってきて「さっさとジャップの野郎をやっちまいましょう❗️」と盛り上がっているところに迫撃砲弾が直撃して5人とも首から上がなくなってしまう。
吉田満の「戦艦大和の最期」に特攻出撃の際厨房の係りから「今日の夕食のメニューをおしらせします〜〜」と能天気なアナウンスが明るく流れてくるシーンがあっていつも心打たれる。海兵隊の新兵たちも恐怖に打ち勝つためになんとかいつものように明るく楽しく振る舞おうとしたんだろう。
この本の巻末には現在の那覇市にあるシュガーローフの姿を写した写真と翻訳者である猿渡青児が訪ねたルポも載っている。3つの丘のうちシュガーローフは山裾は少し改変されているが山容全体は戦争時のと比べても大きな変わりはないように見えるし、ハーフムーン丘陵もその面影が窺える。
海兵隊は勝ったから日本を支配下におき、「民主主義の礎を作った」とか「圧政から解放した」だのというたわごとに身を任せて自らを正当化して過ごしていける。
残念なのは帝国陸軍の将兵でその勲が讃えられることもなく、「悲惨な地上戦だった」などとひとくくりにされて終わりというのはバカバカしい。那覇現地にシュガーローフ丘陵がしっかり残されているのはそれこそ歴史を重んじる沖縄県民の保守の魂の現れであると思いたい。
うちは朝日新聞を取っているんですが今回の肺炎騒動で安倍が全国の小中学校の休校を要請した件で、新聞に載るのは家にいるしかない子どもを共働きの家族が面倒をみられないとか、看護婦なんかが家庭に戻らなければならなくなり、その数が減るから外来を診る余裕がなくなるとか、そういう話ばかりなのが不思議だ。
学校に勤務している正社員はそんなに多くはない。ガードマン、清掃員、給食の担当、納品の業者など相当非正規労働者がいて、これらの人は仕事がないからとかいう理由でなんの補償もなく放り出される。
なぜそれが問題ともならないのか実に不思議。
3月2日から2週間、全国の小中学校は休みにしてほしいと安倍が要請した。なんでも肺炎が蔓延しないための措置なんだそうだが、全く意味のない愚行ですな。
新型の肺炎といっても大した病気ではなく、致死率は極めて低い上に、重症化しない。重大な感染症はインフルエンザであって、毎年新しい型が出現して大量の罹患者を出し、致死率もはるかに高い。
そもそも物流がこれだけグローバル化した現代社会にかつての黒死病やスペイン風邪のようなパンデミックは起きようがない。
れわれの体はコロンブスを受け入れざるをえなかったインディアンのように虚弱ではなく様々な遺伝情報やウイルス、菌類にさらされて鍛えられている。ウイルスからしてもあっという間に寄生主を死に至らしめるような激甚、猛毒な性質ではグローバル化したこの社会には適合できない。
むしろもっと穏やかで少し熱が出て身体がだるいでも動けないほどではない程度の症状の方が、広範囲に広がることができるから好都合だろう。
安倍は根本的にバカだからその辺りは何もわかっておらず今回の愚策に出たわけだ。
全国の学校を休みにするというが正社員はまだ給料が保証されるからまあいいとして、非正規の職員や出入りの業者やガードマンやら掃除の係りの人など、仕事があって初めてペイが発生する人たちは、今回の安倍晋三の蛮行によっていわれなく、一方的に仕事を奪われ命の危機に直面するわけだ。
要するに貧乏人のことは何一つ考えないし、考えたこともないわけなんだから素晴らしいよね〜〜
カンボジアのトンレサップ湖には今も水上生活を送る人たちがたくさんいる。
水上にまず竹を組んで浮力をつけてその上に木を斜交いに組み上げて上に家屋を建てる。学校も同様、マーケットやお寺、結婚式場まである。
これらの建築群は岸辺近くに生えている木々にくくりつけて漂流してしまわないように気をつけている。しかし乾季になって水位が下がって来ると、住居も学校も少し水深のある地点に移動させてまた木にくくりつける。
食料は定置網で魚を捉える他、水上にスペースを作って土を盛り上げて野菜を栽培する。
私の住んでいる門真市もかつては広大な河内湖に面する漁村だった。だからトンレサップ湖と同じような生活を送っていたのではなかろうか。
最寄駅の京阪萱島には例の樹齢700年を越すという楠の大樹がそびえているし、その大木の脇を蛇行する寝屋川にはこの木に劣らない大樹がまだ何本もそびえている。
また城垣町、かつての馬伏には大阪に綿花や米を運ぶための集散所が設けてあり、たくさんの巨木がそびえていた。
というわけで萱島でもかつてはこれらの木々に家々をゆわえつけて固定して水上生活を営んでいた人々がかなりいたのではないか?と想像している。
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