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古本屋日誌
ちくま文庫から向田邦子のベストエッセイが刊行、妹の向田和子らが編さんしている。
1980年に事故死して早40年をけみしようとしている。天才作家であり、いまなおテレビドラマにもなり、新しい全集も刊行されている。
向田邦子の文章はよくたくまれていて、読者に不安感を抱かせない。奇抜な題材が取り上げられるわけでもなく、日常の様々な事象が彼女の心の中で織り上げられてつながりを持っていく。脱線してあらぬ向きに筆が飛ぶことはあっても、支線は回収されて太い河に合わさっていく。
ネタの使い方が実に贅沢。脱線した話だけで十分に興味深いものでそれ一つでゆうに何十ページもの作品が書ける。しかし向田邦子は惜しげも無くほんのエピソードで使ってしまう。
「ごはん」は初めは歩行者天国の話でなんか車道を歩くのは具合が悪い、しっくりこないという話。やがて3月10日の東京大空襲の話になり、焼夷弾が家の中に降って来て畳が燃えだしたので急いで消さないとならなくなり土足で畳の上を走り回ることになる。なんか居心地の悪さを感じるわけだ。
翌日焼け残ったわが家で「次はやられるから、最後に美味しいものでも食べよう」となって、とっておきのご馳走を食べた。といってもサツマイモの精進揚なんだが、家の隣の外科医院には負傷した人や亡くなった人がいる中で舌つづみを打つ、確かに居心地がよろしくはない。
さらに話は向田邦子が軽い結核になり養生のため苦しい家計の中から奮発して鰻を食べさせてもらうネタになっていってこれまた居心地はよろしくはないが、それでも美味しいものは美味しいという。
結局向田は思い出に残る残るごはんの話をしていたことがわかってきて、それは空襲の翌日に食べた精進揚と気兼ねして食べた鰻なんだそうだ。
真似のできない芸当ですな〜〜
向田邦子の文章を読むと才能は厳然と存在することがよくわかる。でもまあ世間に流通してる大半の書籍は、これは需要があるから生産してるだけで、それはそれで商売としては現実的ではあるけど、バカバカしいことも確かだな。
文壇の大御所杉山平一がやっていた「文学雑誌」57号(1980年)に磯田敏夫は「新派大悲劇」を書いてキャバレー衰亡の原因を探っている。
道頓堀には巨大キャバレー「メトロ」「富士」「美人座」をはじめとして「ユニバース」「ミス大阪」など様々なキャバレーがあるが、今日あの「メトロ」でさえダンスホールになってしまったのでと嘆く。
これは客が来なくなったことが第一の問題で、それは団塊の世代に子どもがポコポコ生まれて、教育費や何やら今まで考えられなかった規模で金をかけるようになって、その煽りで旦那の遊興費が大きく減ってしまったことによる。
おまけにキャバレーのシステムを悪用するホステスの問題もあるという。なんでも新人ホステスは2ヶ月の間は指名がつかなくても最低保証日給で7000円もらえるという。そのため2ヶ月経ったらさっさと辞めてまた別のキャバーレに勤めることを繰り返す輩がいる、それもかなり年配の女までやっている。
こづかいの減ったお父さん方はキャバレーの横にできた居酒屋に流れて、ここで集団見合いみたいなことを楽しんでいてもうキャバレーには流れては来ない。
磯田の小説は盛り上がらないキャバレーの日常を活写して、いくらでも発生する深刻な危機を流れるような文体で書く。
慰安旅行にせっかく来たのに店長の母親が亡くなってしまい宴会も盛り上がらない、裸踊りを披露してくれるホステスも雰囲気を察しておとなしい。磯田はその時火事で焼け死んだホステスの両親に詫びに行った時の針のむしろのさまを思い出す。いつまでもいつまでも面罵され続ける。
今回の肺炎騒動で、新潮文庫のカミュの「ペスト」がよく売れている。同じタイトルのデフォーの「ペスト」も魅力的な作品なんだがなぜか中公文庫は復刊しませんな。商売気がないのか、バカなのかどちらもなのかわからない。
癩病の「いのちの初夜」(角川文庫)、伝染病で引きこもる話である「デカメロン」、結核のサナトリウムでの閑話を描いた「魔の山」、蚊が蔓延して世間が真っ黒になる「蚊」、孤島に閉じ込められて異常をきたす子どもの話「蝿の王」、大地震でトンネルの中に修学旅行の生徒が閉じ込められて、これまたおかしくなる「ドラゴンヘッド」、ネズミが大量発生してしまい責任のなすりつけ合いに終始する「パニック」、なぜか突如海水面が上昇し兄と二人、バスタブでサメが泳ぎ回る東京を逃げ回る「バスタブに乗った兄弟」などが現在必読の本だろう。
岩波文庫には寺田寅彦のエッセイが収めてあるが、彼の嫁は齢19で、しかも妊娠中に結核に感染してしまう。寅彦は事実を伏せて「軽い風邪だから、養生しような」と言うのだが、嫁は症状から結核ではないかと疑い鬼気迫る表情で寅彦を問い詰める話がある。
かくいう私も結核に感染したことがあり、その間全くデタラメなヤブ医者の大群に悩まされて往生した覚えがある。バカなヤブ医者ほどタチが悪いものはない。
肺炎騒ぎで全国の小中学校が休校となり、中国や韓国からの入国も規制されている。センバツをはじめ様々なイベントや催し物中止、美術館、図書館なども休館となっている。
しかし例えば大阪府の罹患者はトータルで100人にも満たない、大阪府の人口850万からすれば完全にゼロと言える数字でしかない。
致死率にしてもインフルエンザと変わらないわけで何ゆえ大騒ぎするのかよくわからない。
古本屋関連ではカミュの「ペスト」やでデフォーの同じく「ペスト」(中公文庫)がよく売れている。そのうちちくま文庫の「デカメロン」なんかも売れそうだな。
しかしここで扱われているのは中世ヨーロッパの黒死病でありわれわれが移動手段ももたずために流通も制限されて新しい病原菌には抵抗力を持たない状態であった。そのために当時の人口の3分の1以上が死に追いやられた。同様のことがコロンブスなどが持ち込んだ新大陸の梅毒についても言える。20世紀初頭のスペイン風邪もそのような疾患だった。しかし今日では交通手段が飛躍的に発達し誰でも手軽に航空機や船、鉄道などを利用して世界中どこにでも容易に行くことが可能となって、グローバリズムも猖獗を極め物資の流通は四通五達となっているではないか。
もはや720世紀初頭までの人類のようなウィルスにウブな子どもではない。新たなウィルスに対しても容易に抗体が作られ重症化しない。そもそもウィルスの側からしても黒死病やスペイン風邪の時のようにすぐに重症化させて寄生主をしに至らしめてしまっては直ちに隔離され消毒され蔓延する機会が失われてしまう。風邪のような軽い症状が長く続いてダラダラ体調を悪くした方が広範囲にばらまくことができて好都合と思える。
この間大阪市の小学校は休校が続いていてなんでも3月24日まではずっと休みで2日だけ行ってそのあとまた春休みになるんだそうだ。
杉山平一や磯田敏夫が同人になっていた「文学雑誌」を少し入手できました。ぜひお求めください。
この雑誌は91号まで、つい最近まで出ていて70年以上の歴史を持つ。ほぼ毎号磯田敏夫は短編や中編小説を書いていて、驚かされる。これまで「道頓堀左岸」を読んだ印象では戦後間も無くの作家かと思っていたが、その後もずっと書き続けていたわけだ。