Welcome
古本屋日誌
タイガースの監督でもあった野村克也が亡くなった。朝日新聞はなんと一面トップに掲げ、スポーツ面は言わずもがな三面にも大きな記事を載せていて、相変わらずバカな新聞だな。
1992年に野村はスワローズの監督をしていて終盤までタイガースとせっていた。9月に入って甲子園での直接対決で9回裏となり八木裕が左中間に大飛球を放って一旦はホームランとなりサヨナラ勝ちしたのだが、野村は執拗に抗議して「あれは直接インしたんやのうてフェンスに当たったやつが弾みで入っただけや、せやさかいにホームランやのうてツーベースなんや、さっさとやりなおしたらんかい」という。
私は家でテレビを見てましたがいつまでも、いつまでも抗議するわけですよ。結局判定は覆ってツーベースとなりタイガースは勝ちを逃しましたよ。
二塁塁審は平光だったが、タイガースの中村監督に「俺は責任とって引退するから、ここは折れてくれ」との話があったとも言われている。
まああれですね、野村克也だったから審判団も折れたのではないですかね。これがタイガースの中村だったらおんなじように抗議しても一蹴されたんではないかなあ〜〜
ちくま新書から中川右介の「阪神タイガース、1985〜2003」がこないだ出ていわゆる暗黒時代の話ばかりを詳細に書いている。
岡田がまだ若いのに球団から引退するように言われて、本人は納得せず移籍球団をあれこれ探していた話ももちろん書いてあってブルーウェーブの監督だった仰木が興味を示したがうまくいかなかったことも述べてあり「田淵、掛布、岡田と花形選手の引退は例によって後味の悪いものとなった」とある。
今もタイガースは実に弱い。もう15年も優勝してない。たった6球団しかないのに、異常事態としか言いようがない。その上でさらに輪をかけて弱かった暗黒時代のことを詳細に調べて本にしようと企てるとは中川右介てほんまおかしなやつだよなあ。
週に20時間以上その会社で勤めていたら雇用保険に入れなければならないわけです。
仕事を辞める時は離職票をもらって失業給付なんかを受けられる場合があるてな話はなんとなく知っていた。
だがなんでも同じ会社に引き続き勤めていても週に20時間未満の勤務になった場合は「離職した」とみなすそうで、その場合も会社は離職票を労働者に渡さないといけないそうだ。
もらった方は雇用保険の加入年数や月収に基づく「失業給付」を基本日給の120日分とか150日分とか受けられるのだそうだ。
例えば1日分が5000円なら60万くらいになるからバカにならない。
でも労働者の方も会社の方もそんなシステムがあるなんて知らないケースがままあるようだ。なんでも雇用保険から抜けて一年以内に離職票をもって申請しないと時効になって失業給付を受け取る権利を喪失してしまうそうだからことは重大だ。
編集工房ノアは中津にある老舗の文芸書の出版社でその歴史は1975年にさかのぼりすでに50年近い歴史を刻んでいる。
なんといっても美しい装丁の造本、グリーンの帯、推薦文、奥付の後にある目録、これは一つ一つ本の梗概が手短に記してあって興味をそそられる。
その出版社の代表、涸沢純平が関わりのあった詩人たちの最期を丹念に追想した本が出た。
たとえば港野喜代子の話、港野は新しく出した詩集を持って涸沢と一緒に在阪の新聞社を訪ね歩いてPRに努めた。死ぬ前日のことだ。
その時港野はぽつりと「こうして回ってもむなしいだけや」とつぶやいたという。
まああれですね、出版のPRなんだからむなしいことなんかないし、新聞社の文化欄担当記者が心に留めて記事にでもしてくれたらありがたいことは間違いない。
そんなことは港野にも十分わかっていながら、親しい涸沢にはふと弱気なことばをつぶやいた。後から考えたら「この世とはもうおさらばなんだよ〜〜」てな伏線だったのかもしれないわけだ。
司馬遼太郎は頼まれもしないのに港野へのレクイエムをしたためて、自ら朝日新聞社に電話をかけて「載せてもらいたい」と話をしたのだが朝日の記者は「できない」と答え、理由は「港野喜代子が無名で知られていないから」だったという。司馬は読売新聞に持ち込んでもちろん掲載された。
昨日はJR高槻駅前にあるジュンク堂に出向いてあれこれ坪内祐三の追悼文を読み、編集工房ノアから出ている涸沢の「遅れ時計の詩人」も購入。
「文學界」は中野翠と鹿島茂が書いていた。中野は坪内の死んだ日に腕を骨折してしまい満足に書けないことを嘆きつつ「坪内はスルスル歩く、せっかちなところがあった、その坪内が棺の中だ」と書く。
鹿島茂は山口昌男が坪内を連れてきて始めた明治大正の文献研究の思い出を書いていた。
「群像」は橋本倫史。
水了軒の汽車弁の話だ。
坪内はよく大阪の水了軒の弁当の話を書いていた。橋本は坪内の亡くなった翌日、東京に帰る前に大丸梅田店の水了軒に出向いて坪内の好んだ「汽車弁」を求めようとしたが、閉店間際で見当たらない。店員に「汽車弁はないんですか?」と尋ねたら、「どの弁当でも汽車で召し上がられます」と上手いこと言う。
仕方なく八角弁当を買った。水了軒は1度倒産してその後復活したのだが、味に厳しい坪内がそれを食べてどう言うのか、想像してみたら、怖いという。
まああれですね、水了軒が美味いのは間違いないのだが坪内はとりわけ「汽車弁」を好んだのが面白いよね。
私は新幹線に乗るときは常に「御堂筋弁当」を食べてました。これは大阪の様々な名物を弁当に盛り込みたいとのコンセプトで作られた観光客向けの弁当で大阪のウスイエンドウのご飯、タコの入った天ぷら、銀杏、タイの焼き物てな感じで見ていても楽しい。
だが坪内の好みはそこにはなく、「汽車弁」。これはどこにでもある幕の内弁当だ。つまりはごく普通のがよかったんだよなあ。昔ながらのものがいい、気をてらわない好みでまあわからなくはない。
「新潮」は福田和也、平山周吉。福田は自分と坪内は正反対だと書く。自身は行き当たりばったりだが、坪内は周到に話す内容を細かく準備してきて「SPA」の対談に臨んでいる。
また坪内は怒りっぽい。たとえばその店に好きなメニューがないと本気で怒る、なぜそんな小さいことが気になるのか不思議だったという。
iPhoneから送信
iPhoneから送信
朝日文庫からテレビでおなじみの夏井いつきの「子規365日」が出た。
夏井が同郷の俳人正岡子規の俳句を365日間にわたって1日一句選んで解説するスタイルの本だ。
夏井は論理的な、俳句的な添削能力は高いようだが、句を味わう力には問題があって、この本の子規の解説もよくわからないものが多い。
例の「赤蜻蛉筑波に雲もなかりけり」の解説なんだが「小学校の時も、中学校でもこの句を習ったが、さてどこがいいのかさっぱりわからなかった」と書く。
ところが「俳人になってかなり長くたってからある時パッとわかった」のだそうだ。
おーそれは聞きたい、ぜひお教えくださいと思うじゃないですか。
いつき先生の解説は「赤蜻蛉ってほんとうにきれいなんだとわかりました」で終わり。