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古本屋日誌
大河ドラマに合わせて筑摩選書から井上章一、呉座勇一らの「明智光秀と細川ガラシャ」が出た。
呉座勇一は京都の国際日本文化研究センターに移って慣れない京都の暮らしを嘆いてるのではなかろうかね〜〜
本郷和人が東大の史料編纂所なのに、なんでこの俺が京都くんだりにとばされなあかんねんてな思いがあるのかもしれない、去年は「本郷和人はこのところ学問的業績に何ら見るものがない」と激しく論難していたよなあ。
しかし本郷和人は。1960年生まれ、80年生まれの呉座勇一からしたら相当先輩なのにこの言い草、呉座は予想以上に鼻っ柱の強い面白いやつなんだろう。
さて本の中身なんだが呉座は明智光秀の出自が相当下賤なもので「秀吉ほどではないものの、たとえ土岐氏の出であったとしても傍流も傍流だったろう」と書いている。従来破壊的で既存の権威をないがしろにする信長に対し、光秀は保守的で伝統を重んじるあまり信長と対立することもしばしばあったとされてきた。
しかし呉座は叡山焼き討ちなどでむしろ光秀が主導的な役割を果たしたことなどを取り上げて「むしろ2人は似た者同士だったんだろう」という。
そして肝心の本能寺の変の原因としてはこのところよく言われる四国説を有力ではないかと説く。光秀が長宗我部と織田家を取り持っていたのに、信長は三好に肩入れして長宗我部をないがしろにして、四国討伐を決めてしまい光秀の顔を潰した、のみならず四国征伐の担当からも光秀を外してしまった、その恨みが大きいというのだ。
井上章一の論考は細川ガラシャが同時代資料では頭はいいものの、美人だとは書いていないのに、現在では彼女は絶世の美女だったとされている理由を探るものだ。
井上は明治以降日本がキリスト教の影響を被ったからではないかというのだ。
うーん、どうなんだろうかね〜〜このところ井上章一は適当な思いつきばかり書き散らしている印象があるので、以前のような説得力はないな。
だいたい城を枕に討ち死にした女は判官贔屓みたいなもので美形に描かれるものではないのか?
お市の方とかそうだろうし、里見八犬伝だってね。淀君も死んだのがかなり高齢なのでさすがに深窓の令嬢扱いは無理だが若い頃は美人だと言われていたよなあ。
マスクが不足していてなかなか手に入らないそうだ。普段は一枚10円くらいなんではないだろうかね。先日嫁が風邪気味で近所の診療所に出向いた際には「熱があるということでしたらすぐにマスクをしてください、一枚100円です」と無駄なマスクを買わされました。
昨日阪急高槻市駅近くにある「スギ薬局」前を朝の8時に通りかかった同僚の話では既に40人程度が列を作っていて8時半の開店に備えていたという。おそらく並ばないと買えないんだろう、それにしても「あーすみません、このお客様のところで売り切れました。並んでもうたのにえらいすんませんなあ」と毎回言わなあかん店員もご苦労なことではある。
並んでる人もご苦労なことだよなあ。マスクには取り立てて何の意味もないし、ウィルスの侵入を防ぐことなどできやしない。それにもかかわらずまあ大半の人は会社がそうしろと命じているからなんだろうが朝の早うから並んでバカな行為なんだけど仕方ないとも言える。
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昨日は河原町の丸善に用があって京阪電車で祇園四条まで出向いた。
天気も良く気温も高いとあって人手も期待されるところだがお昼のプレミアムカーはまだ空席があってちょっとびっくりした。
さて肝心の人手は春の陽気にしては物足りないものの四条大橋から河原町に流れる人の群れはそれなりのもので、三条河原町のタピオカ屋や木屋町のうどん屋には行列までできていた。
京都は観光都市として成功しているから、まあ大してうまいものを出さなくてもかなり高額でも客は旅の開放感につられて払ってくれる。そのため値段につりあった味を提供しない店も数知れずある。
ただまあいくら観光客相手とはいえ身内でもそんな値段はを取るのはおかしいだろうし、そもそも数知れないほどの貧乏人も住んでいるわけで、美味しくもないのにえらい高い店には行けないだろう。
だからわれわれ、外から来る人間がよく知らないちゃんとした店もあるだろうなあ。
京都大学の総合科学部の東側には「丸二食堂」とか「丸三食堂」という極めて安価な定食屋がいくつもあった。特に「丸二」は間口が一間くらいで石段を上がって磨りガラスの板戸を開けるとコンクリートの土間なんだが、油が染み込んで黒光りしていて年期が感じられる作りで、テーブル席の他に奥に擦り切れた畳にちゃぶ台を置いた席もあった。籐の本棚には手垢がびっしりついてページも張り付いているマンガ雑誌が積み上げてある。ベニヤの壁にはカレンダーの裏紙とおぼしきものに「ハンバーグ定食 350円」「唐揚げ定食 290円」「焼肉定食 350円」「刺し身定食 500円」とかが黒いマジックで手書きされていて驚かされる。年末には「感謝セール」と称して500円でどの定食でもいくらでも食べ放題というのをやっていた。
近所に黒谷があってたくさんの無縁墓の墓じまいを山岳部の連中に依頼してやらせていたが、いつもそのメンバーは決まって1人で黙々と墓石を持ち上げて、骨壷などを回収してという孤独な作業を続けていて、その後「丸二」に来て散々食い散らかしていた。
こういう店は不思議だよなあ、だってすぐ横に大学の生協の食堂がいくつもあってかなり安い値段であれこれ提供しているわけだから、それに対抗しようと思ったらさらなるダンピングで応えざるを得ず、そんなことをしていたら経営が成り立たないだろう。
わしが思うにはこれらの店はよほど学生が好きなのか、まあ確かに京大生の大半はバカだから面白いことは間違いなかろう。
あるいは社会奉仕みたいな使命感や宗教的な情熱なのではなかろうか。新興宗教の中には現生利益をあまりに追い求めることを戒める教えもある。ごくまともな人間なら、自分が成功したことはたまたまであり、いろんな人やモノから有形無形の恩恵を受けて初めてなったことぐらいはわかるだろうから、「恩返しをしないと夢見が悪い」と考えても少しも不思議でない。
先日から耐震強化工事が実施されていた京阪電車の萱島駅だが、ようやく工事も終わり、狭かった通路も旧に復し、合わせて新しいタイルが出現した。
1980年に高架線となっておそらくその当時に貼られた深い緑色のタイルは既に入手できなくなっているせいなのだろう、西口正面の高架柱には少し浅めのグリーンで従来より横広のタイルが採用されている。
この駅は構内に楠の大樹を取り込んでいるわけで、その伝で緑のタイルとなっていると考えられる。外側は緑のタイル、駅の内側は白いタイルとなっていてなかやかコントラストも鮮やかで、今回また新たなライトグリーンのものが加わり喧嘩するのか、時とともに調和の度を増すのか今はよくわからない。
大阪大学の鉄道研究会が。2018年に出した鉄道雑誌「パンタグラフ」の京阪電車特集号を入手しました。京阪電車の全駅を紹介するとともに後半は車両の細部にわたる言及があります。ぜひお求めください。
ピアからはるき悦巳の「じゃりん子チエ」のアニメのDVDが全6巻で刊行中だ。
1巻に10話程度収録で現在3巻まで出ていて改めて大笑いしながら見ているとテツのひつこさが今さらながら感じられる。
40がらみの健康な大の大人が仕事もせずにぶらぶらしていて、相撲大会には張り切って参加して大怪我を負ってしまい、入院する。見舞いに来たチエはヤクザのおっさん達と病室にいるテツを楽しませようと花火を打ち上げるのだが、誤って花火が病室に飛び込んでテツはひたいを火傷してしまう。
テツは「べんきょうノート」なる帳面を作り、鉛筆ナメナメ何事かをあれこれ書き込んでいるのだが、これは退院後誰を何発どつくかという細かい算段なのだ。
入院中ヤクザの若い衆にはしもの世話になったのだが「こいつらが花火に火ぃつけたんわかってるから3発ずつどつく」「世話になったことはありがとうゆうけど、これはこれ、それはそれや」てなことをいう。
チエが小学校のマラソン大会でぶっちぎりの先頭を走っている時もテツは「あかーーんあかーーん、そないに早走ったらバテてまうがな、おさえぇー」と絶叫しながらいつまでもいつまでもチエの後をおわえてくる。
面白いことは間違いないけど、実際問題やられた側にたったら鬱陶しいでしようなあ。人間関係が濃密な社会の嫌なところですよね。
評論家の呉智英はこの作品は実は大阪の部落の現実をリアルに描いた作品ではないかという。確かに差別されているがゆえにテツは仕事にありつけない、テツは警察をポリと呼んで蛇蝎のごとく嫌っている。まあそうなのかもしれない。しかし世間がもてはやす昭和へのノスタルジーなるものの実態はこれなんだよなあ。
やたらに干渉してくるおかしな大人、近所の連中、プライバシーのプの字もない日常、ヤクザとの濃密なもたれ合い、清潔などとはお世辞にもいえない環境ともう少し思い浮かべただけで嫌になってくる。