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 中国で日本産水産物への期待が高まっている。場合によっては「倍の高値でも買いたい!」との声も現地にはあるという。そんな期待に応える、三菱ケミカルが手掛ける付加価値向上策とは。

 「品質が良く、文句なし。コスト次第だが取引量を増やせる」。中国・大連にある日本料理店「政宗」の店主は、日本から送られてきたマダイやブリの品質の高さに、思わず表情を緩めた。

 2019年11月、三菱ケミカルやNTTデータが手掛けた魚の輸出の実証実験。三重県や鹿児島県の養殖場で水揚げされたマダイやブリを空輸し、中国の大連や北京向けに輸出した。

 一般的な輸出との大きな違いは、デジタル通貨の発行などに使われてきたブロックチェーン(分散型台帳)技術を応用したこと。魚を詰めた発泡スチロールに貼られたQRコードを基に、いつどこを経由して届けられたのかを追跡できる。保冷温度などの記録もブロックチェーンで管理した。

出荷前に、魚や発泡スチロールにQRコードを貼って識別する
QRコードを読み取れば、出荷日だけでなく、養殖場での投薬履歴なども確認できる
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 ブロックチェーンの最大の特長は、データの書き換えが難しい点にある。NTTデータなどは、どのような管理下で輸入されたのか、QRコードを読み取れば現地の業者や客も確認できる仕組みを作った。日本料理は海外でも人気が高く、鮮度の高さは大きなウリになる。だが、トレーサビリティー(生産履歴追跡)をきちんと証明するものがこれまではなかった。

 事前の現地調査では、「トレーサビリティーがきちんと管理されたものであれば、倍の値段でも買いたい」という声がバイヤーや料理店から多く寄せられていた。「高く売れれば、それだけ漁師や養殖業者の実入りが増える」と三菱ケミカルのインフラ・アグリマテリアルズ本部の吉田重信プロジェクトマネジャーは胸を張る。

現地に着荷後、通関履歴やどのような経路で運ばれたかの位置データ、温度管理のデータも一目でわかる
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 三菱ケミカルは魚の養殖を成長市場の1つと捉えている。養殖に使うエサで、三菱ケミカルが持つ食品機能材などの売り上げ増を期待する。日本は四方を海に囲まれ、恵み豊かな海流も通る、世界でも屈指の漁場を抱える。資源が乏しい日本にとって、水産物は世界に売っていける数少ない資源と言える。水産物は水揚げから加工、運送などのシステムが確立されており、鮮度の高さは海外でも評価が高い。

 だが、農林水産省「漁業経営調査報告」によると、沿岸漁船の漁労所得は年間で200万円程度と低い。高齢化が進む一方で、次世代の担い手不足に慢性的に悩まされる。いかにして水産業従事者の所得を増やすか。

 その課題解消策の1つとして、三菱ケミカルはより高く海外で売るスキームの構築が不可欠と考える。水産白書によると日本の水産物の輸出は2018年に前年比26%増の75万トン、金額ベースでも同10%増の3031億円と増えている。海外で高く売れば、漁師や養殖業者などへの実入りも増えるというわけだ。そのためには、履歴をきちんと証明するプラットフォームを整備する必要がある。

大連の日本料理店の店主は、鮮度の高さに驚いた

 今回の実証実験では、QRコードを活用してトレーサビリティーを確保できることは証明できた。ただ、中国内でのコールドチェーンの確立などの課題も見えた。将来的にはチップを活用した個体管理も視野に入れるが、チップの価格が高いと、利用できるのが高級魚種など一部に限られるといった問題もある。

 政府は農林水産品の輸出を19年に1兆円とする目標を掲げている。香港や韓国への輸出の減少もあり、19年の達成は難しそうだが、経済連携協定(EPA)を発効した欧州や環太平洋経済連携協定(TPP)発効国向けの輸出は好調だ。農林水産品の輸出増加には、付加価値を高めるためのプラットフォーム整備も欠かせない。